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レビュー

死んだように生きる兄、異能に悩む妹。彼らは血塗られた街の過去に対峙する。青春アンデッド・ストーリー

 ハロウィンの晩などに、盛り場を練り歩く若者たちのゾンビウォークをよく見かける。ふと気がついてみれば、ゲームやコミック、テレビドラマなど、今の世の中、ゾンビだらけではないか。
 そもそもはブードゥー教の怪しい言い伝えが、一九七〇年代のサブカルチャーにリビング・デッドとして命を吹き込まれ、ホラームービーの流行とともに伝搬されていったのがゾンビだ。この死者が蘇り、人肉を食らうという暴力的なガジェットには恐るべき感染力があって、鳥インフルエンザやSARSなどの疫病をめぐるパンデミックにも喩えられる。アメリカ国防総省が、極秘で地球全体がゾンビに襲われる緊急事態を想定したシナリオを用意しているという、トンデモなニュースをCNNが真面目に報じたのは、つい数年前のことだ。
 テロの恐怖や戦争への不安感にも後押しされるように、生ける屍たちの行進は、二十一世紀のフィクションの世界をも席巻している。記憶に新しいものだけでも、マックス・ブルックス『WORLDWARZ』、セス・グレアム=スミス『高慢と偏見とゾンビ』、M・R・ケアリー『パンドラの少女』、梶尾真治『黄泉がえり』、伊藤計劃・円城塔『屍者の帝国』等々、注目を浴びた作品は枚挙にいとまない。感染が遍く映画界に広がっていることは、既にご存じの通りである。
 さて、このように巷に溢れるゾンビの物語だが、ここにご紹介する雪富千晶紀の『黄泉がえりの町で、君と』も、この分野に新機軸を打ち立てた注目の作品と言っていいだろう。

 本作は、『死呪の島』で第二十一回日本ホラー小説大賞を受賞した雪富千晶紀の第二長編で、二○一五年十二月、KADOKAWAから『黄泉がえり遊戯』というタイトルで刊行された。『死呪の島』(受賞時は『死咒の島』)が『死と呪いの島で、僕らは』となったのと同様に、今回の文庫化にあたり改題がなされているが、既に単行本や電子書籍で旧バージョンを読んでいる読者も、この機会に再度本書を手に取るよう強くお奨めする。その理由については、改めて後述したい。
 物語は、北関東の連峰のはざまにある経良町という長閑なローカル都市で幕を開ける。江戸時代から過去二度に渡って繁栄のピークを迎えたこの鉱山町も今ではすっかり寂れ、住民たちの間では町おこしが重要な課題となっている。
 町で葬祭業を営む主人公の古谷遼一は、高校を卒業して八年目。亡くなった父親の跡を継ぎ、膠原(こうげん)病に苦しむ母親と高校生の妹佐紀を養っている。しかし葬儀社の経営には身が入らず、もっぱら従業員頭の伸治が社長の後ろ盾として現場を切り盛りしていた。
 ある日のこと、ありえない事態が持ち上がる。葬儀のさ中、心不全で亡くなった享年六十二の男が、棺の中から忽然と起き上がったのだ。騒然とする式場を横切り、地下の安置室に入り込んだ男は、猛獣さながらの吠え声をあげながら、葬儀を待つ女性の死体を貪り食ってしまった。
 さらに、その二日後。今度は 縊死 いし した銀行員が、荼毘(だび)に付された直後に生き返るという事件が起きる。死者は、折悪しくその場に居合わせた遼一を襲い、夜の闇に紛れて姿を消してしまう。椿事(ちんじ)では済まされないこの異常な事態の連続に、町は平静さを失っていく。

 プロローグとして冒頭に置かれたエピソードは、古典的な短編『早すぎた埋葬』を思わせる。ポーの小説は、全身が硬直するという奇妙な持病の持ち主の物語だったが、本作のテーマを覗かせるこのインパクトある一シーンは、のちに事件の一部として物語の中に組み込まれていく。
 心肺停止で搬送された男が病院で蘇生したり、生命反応のなかった嬰児が棺の中で泣き始めるなど、一旦は死の判定を受けた者が再び息を吹き返す例は、稀とはいえ現実にも起こっている。しかし、それが同じ町で連続するとなると、もはや日常の出来事とは言えない。『黄泉がえりの町で、君と』は、そんな田舎町の非日常が描かれる。
 事件の渦中に置かれた古谷葬祭は、いわれのない醜聞のせいで、新規参入の格安フランチャイズ店に客を奪われる。まさに踏んだり蹴ったりだが、その葬儀社の若社長こと遼一が、この物語の主人公であり、実は一連の出来事の鍵を握る人物なのである。
 平凡で退屈な、覇気のない二十六歳の男は、同じ屋根の下に暮らす九つ下の妹、佐紀からも疎んじられている。二人の関係は、数学用語でいう〝ねじれの位置〟で、家でもほとんど口をきかない。自分に備わった不可思議な力に悩む佐紀は、幼い頃に、それを兄に打ち明けたが、取りあおうとしない遼一の態度に傷つき、今もそれを引きずっている。
 遼一にイライラを募らせるのは、妹だけではない。病院の医師、原田あゆみもその一人だ。遼一の高校時代の同級生で、彼女のボーイフレンド澤口秋人を交えた三人組は、地学への興味で結びついた仲間で、夜空に星を見る時も、化石を探しに行く時も一緒だった。しかしある時、秋人は自ら命を断ってしまう。ほのかな恋心を封印した遼一は、以来彼女とも疎遠になっていた。
 このうじうじと悩み、考えすぎて行動を起こせない主人公のアンチ・ヒーローぶりは、ややもすると主人公の成長の物語へと繫がっていく前ぶれのように映るかもしれない。事実、一連の騒動をきっかけに遼一の消極的な人間関係にも変化の兆しが現れ、医学的な説明を仰ぐことを口実に医師のあゆみを訪ね、かつて告白を突っぱねたことの自戒から、妹にも声を掛けようとするのだ。
 しかし、読者の胸に浮かぶ安易な展開は、一蹴される。そして、ぼんくらと侮られ、生きていても死体同然と自嘲せざるをえない自分の人生からの脱出の機会は、思いもかけなかった形で訪れる。前作『死と呪いの島で、僕らは』の後半では、いきなり目の前に広がる壮大なスケールに息を吞んだが、その驚きが本作では別の形となって読者の前に現れるのだ。とてつもない恐怖とともに。

 デビュー作との関連でもう一つ忘れてはならないのが、本作を裏打ちしているミステリの要素だろう。
 日本ホラー小説大賞は、過去に何度か審査員の顔ぶれをかえてきたが、作者が見出された第二十一回(二○一四年)はメンバーの入れ替えがあって、綾辻行人、貴志祐介、宮部みゆきの三氏による現在の体制がスタートした。ミステリの分野でも図抜けた技量の持ち主たちに、伏線やミスリード、ミッシングリンクといった定石をミステリ・プロパー顔負けに使いこなすスキルの高さがアピールしたことは想像に難くない。
 そんな作者の手腕は、この『黄泉がえりの町で、君と』でも、依然冴えている。町民病院の院長で、町の名士でもある原田あゆみの父親は、地元出身のイベンター柴田紀博をプロデューサーとして招き、町おこしの事業を先導していた。紀博とは旧知の仲の遼一も、お義理で事務局に参加していたが、スタッフから言われるままに取材をするうちに、郷土史の内容が一連の死者の蘇りと奇妙に符合することに気づく。
 暴力沙汰を次々起こす死者たちに脅やかされながらも、遼一は江戸期から昭和にかけて、二人の英雄と一人の大量殺人者を生んだ経良の歴史に分け入っていく。一方妹の佐紀も、颯太という自分と同じ能力を持った恰好の相棒を得て、死者の記憶をたどるフィールドワークにのめり込んで行くのだ。
 並行する兄妹の調査は、やがてこの土地の呪われた過去をあぶり出していく。町のシンボルである重要文化財の十一面観音像や旧街道に佇む苔むした山伏塚、老人たちが口ずさむ謎の古謡など、ジグソーパズルでいう小さなピースが収まるべきところに収まって行くが、それが〈ぬしょび〉という昔遊びと結びつきながら、大きな絵柄を浮かび上がらせる展開は、ミステリの醍醐味溢れるものだ。

 主人公の二十六歳は、自分の来し方をふり返り云々する年齢とは言い難いが、彼の胸中にくすぶり続けた長年のわだかまりは、人生に悔いは付きものであることを改めて思い起こさせる。秋人、あゆみ、遼一の三人が、自分たちの関係に対しそれぞれ違った見方をしていたことが浮き彫りにされていく物語は、互いに理解し合うことが容易ではない世の慣いを、淡い苦味とともに映し出していく。
 この『黄泉がえりの町で、君と』は、そんな男女の悔恨と再生の物語だが、第四章で三人を遠くから見つめる四番目の人物の存在を暗示するくだりが、とりわけ心に刺さる。十代という多感な年頃を思い返さずにはおれない印象的な一場面だろう。本作は、哀惜の情に満ちた青春小説でもある。
 最後になったが、文庫化にあたり本作は大幅な加筆・修正がなされている。基本的なアイデアはそのままに、ディテールを磨いてアップデートされ、完成度の高い別の小説として蘇った。先に再読を強くお奨めした所以である。神は細部に宿るというが、例えば、繰り返し登場し、読者に本作のテーマを印象づけずにはおかない「自分がいない世界ってどんなだと思う?」という秋人の言葉も、より鮮明なものとなった。
 ゾンビの如く別の作品として蘇った、世にも恐ろしいこのメタモルフォーゼを、とくとご賞味いただきたいと思う。


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