北海道の東、海辺の町で羊を飼いながら小説を書く河﨑秋子さん。そのワイルドでラブリーな日々をご自身で撮られた写真と共にお届けします!
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幸運の鈍器

幸運の鈍器

『肉弾』著:河﨑秋子、第21回大藪春彦賞受賞!"

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 1月某日、夕方。私は自宅から車で2時間ほど離れた釧路空港に車を走らせていた。KADOKAWAの担当Kさんをお迎えに行くのだ。
 今回お会いする目的は仕事の打ち合わせの他にもう一つ。以前上梓した『肉弾』という拙著が大藪春彦賞という文学賞にノミネートされ、その結果連絡を二人で待とうということになった。本来は私が上京するべきところを、仕事(農作業)を休めなかったため、わざわざKさんにご足労頂くこととなった。申し訳ない。もしKさんが来て下さらなかったら、私は牛の搾乳中に結果の連絡を受け取り、打ちひしがれながら搾乳を続ける羽目になっただろう。牛は人の気持ちを忖度して泌乳を控えてはくれないのだ。
 そう、この時点では、私は落ちることしか考えていなかった。小心者と笑うなら笑え。だって、そりゃ苦労してものした我が子同然の小説が『受賞したらいいなあ!』とは当然思うけれども、結果を決めるのは自分ではないのだ。『受かったときのこと』よりも『落ちた時の覚悟』をつい考えてしまう。 (残念な結果とたっぷり向き合えるよう、帰りの車内用に鬼束ちひろの暗…いや、落ち着いたバラードばかりを集めたプレイリストまで用意していたぐらいだ。)
 とはいえ、私もか弱きアラフォー。普段の信仰心はゼロの罰当たり者だが、人事を尽くして天命を待つ時ぐらいは、お守り的な何かにすがりたい。そこで、今回釧路に持って行ったのは馬の蹄鉄。欧州では幸運のシンボルとして有名で、アクセサリーのモチーフにもなったりしている。
 ただし、私の持っている蹄鉄は、ばんえい競馬の馬が使用した冬用蹄鉄だ。体重約1トンの足下を支えるこの蹄鉄は、横幅18センチメートル。重量580グラム。鉄製。持って振り回せばたぶん武器にもなる。これを手荷物に入れていたら間違いなく飛行機の搭乗を断られるであろう逸品だ。
 実は、以前にも私はこの蹄鉄を持参して三浦綾子文学賞の審査に臨んだ結果、受賞の運びとなったことがある。一度あることが二度あるわけでもないのだが、心のよすがは一つでも多い方がいい。そう信じて、今回もこの鈍器、いや幸運のお守りをバッグに入れてきた。
 さて、辺りも暗くなった頃に空港に到着。吹雪で航空機が欠航した影響で、当初の予定よりも遅い便でKさんが空港に到着し、到着ロビーでお出迎えする。この時点で午後5時55分ごろ。選考会は午後5時開始なので、そろそろ結論が出てもおかしくない。挨拶もそこそこに、
「まだですか!」
「まだなんです!」
 と、緊張を高める。とりあえず到着ロビーではなんなので、と階上のロビーへのエスカレーターを登った途端、私のスマホが鳴った。南無三。期待1割、ネガティブな結末への心構え9割で、深呼吸して通話ボタンを押す。

……
………!
 思わず会話の途中でKさんに向かってガッツポーズ。喜ばしい結果を頂き、通話を終えた。
 その後はもう大騒ぎである。二人して空港のロビーで慌ただしく各方面へ電話連絡したり、各方面からのお祝いメッセージを頂戴したり。…その後、Kさんとお祝いの食事の最中に空がにわかにかき曇り、夜中に猛吹雪・ホワイトアウトの中で必死に車を走らせ帰宅することになったのは、また別の話である。

 今回受賞できたのは、自分の周囲や出版関係者など、色々な方のお陰だと思っております。蹄鉄のご利益の有無は分からないけれど、神頼み以外にできる人事は尽くしきらねばならない。今後も人様に読んで頂くに値する小説を書こう、と襟を正す次第です。
 ちなみにこの蹄鉄、北海道・帯広市のばんえい競馬場売店で普通に販売されている。冬用のものは特に、溝がついていて「すべらない」ということで受験のお守りにもなるらしい。別に私はばんえい競馬の回し者ではないが、ちょっとオススメしておく。


河﨑秋子(かわさき・あきこ)
羊飼い。1979年北海道別海町生まれ。北海学園大学経済学部卒。大学卒業後、ニュージーランドにて緬羊飼育技術を1年間学んだ後、自宅で酪農従業員をしつつ緬羊めんようを飼育・出荷。
2012年『北夷風人』北海道新聞文学賞(創作・評論部門)受賞。颶風ぐふうの王』では三浦綾子文学賞、2015年度JRA賞馬事文化賞を受賞。

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書籍

『肉弾』

河﨑 秋子

定価 1728円(本体1600円+税)

発売日:2017年10月06日

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    書籍

    『颶風の王』

    河﨑 秋子

    定価 605円(本体560円+税)

    発売日:2018年08月24日

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