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連載

河﨑秋子の羊飼い日記 vol.7

【連載第7回】河﨑秋子の羊飼い日記「かわいいはこわい」

河﨑秋子の羊飼い日記

北海道の東、海辺の町で羊を飼いながら小説を書く河﨑秋子さん。そのワイルドでラブリーな日々をご自身で撮られた写真と共にお届けします!
>>【連載第6回】「おいだせ! どうぶつは森に!」

 今年も羊の出産シーズンが始まった。産まれたばかりの子羊は「ンメェー(♭)」と高い声で鳴く。顔も体も超ミニサイズで、とてもかわいい。だが、哺乳類の幼獣がかわいいのは大人の保護欲を喚起するためであり、立派な生存戦略だ。人間、特に一部女子にも通じる点があるかもしれないが、ここでは言及を避ける。世の中、あまり踏み込んじゃいけない真理もあるのだ。
 閑話休題。私が飼っているサフォークの場合、一度に産む頭数は1~2頭。平均すると1.6頭といったところだ。繁殖期に母羊の栄養状態がいいと排卵数が増え、多胎分娩の確率を上げられるが、これも実は多ければいいというものでもない。
一度に産む頭数が多ければ経営的には確かにありがたいのだが、三つ子以上になると分娩時の事故率が高くなる上、親の乳が足りなくなることがあるのだ。そうなると飼い主は様子をみながら補助哺乳をして、乳が足りない子羊を中心に栄養を補ってやる必要がある。
 今年、うちでは三つ子が一組産まれてしまった。幸い、母羊は三頭とも平等に愛情を注いでやっているので育児放棄の心配はないが、いかんせん元気な三匹に吸い付かれて乳はぺしゃんこ。一番小さい子羊が常に腹を空かせている。やれやれ。今春も臨時母をやらなければならない。
 ところで、人工哺乳をすると子羊は人間にとてもよくなつく。人の姿を見ると「メー!」と鳴いていつまでも後を追いかけてくるのだ。ただし騙されてはいけない。これも生存のための行動だ。
 そんなある日、用事で羊の小屋近くを通った兄からLINEがきた。
兄「補助哺乳のチビちゃんが追っかけてきてカワユイ~♥」
 …アラフィフのベテラン農家でこれである。かわいいは正義だが魔性でもある。かわいいと感じるのも度が過ぎると、肉として出荷するに忍びなくなり、商売が立ち行かなくなるのだ。かわいいはこわい。恐るべし子羊どもよ。(あと蛇足だが、兄には人間のカワユイ女子にもどうか気をつけてほしいと妹としては切に願う)

 
 
河﨑秋子(かわさき・あきこ)
羊飼い。1979年北海道別海町生まれ。北海学園大学経済学部卒。大学卒業後、ニュージーランドにて緬羊飼育技術を1年間学んだ後、自宅で酪農従業員をしつつ緬羊めんようを飼育・出荷。
2012年『北夷風人』北海道新聞文学賞(創作・評論部門)受賞。2014年『颶風ぐふうの王』三浦綾子文学賞受賞。翌年7月『颶風の王』株式会社KADOKAWAより単行本刊行(2015年度JRA賞馬事文化賞受賞)。


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