前回のあらすじ:個人的プレ取材まで敢行して臨んだ、台湾取材旅行。圧倒的無理感漂うスケジューリング、多すぎる取材先、増える一方の不安要素……著者池澤春菜、編集T嬢、そしてカメラマンI氏を待ち受けるものは、果たして。
そこにあったのは、そう……幸せな地獄だった。
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その1:自業自得のスケジュール地獄
これはもう始まる前からわかっていた。
タイムスケジュールをなるべく直視しないように、薄目でぼんやり見たりしてたけど、明らかに分刻みの移動だった。来日したハリウッドスター並だった。
ハリウッドスターと明らかに違うのは、移動が全部自力だってこと。
MRTという地下鉄&モノレール5割、レンタサイクル4割、バス0.5割、タクシー0.5割。普通なら「いやいやいや!! そこはロケ車1台チャーターじゃないの?!」ってなるけど、著者自ら「さ、自転車乗りますよ。次のお店は自転車なら5分ですからね」とぐいぐいみんなを引っ張って行っちゃうから、誰も文句言えない。
朝早くから夜遅くまで、台北の街中を走る走る。毎日虚ろな目で「頑張ろう、今日はあと7軒で終わりだから……」「……あと、7軒……はい……」と交わされるやり取り……いやぁ、ほんとよく誰も離脱しなかったよなぁ。数年前にギリシャにテレビ番組の取材で行ったときは、2日目の朝にしてロケバスの運転手が脱走するというトラブルがあったけど、今回はスタッフ全員でもって感動の完走だった。
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その2:理由なく休む地獄
これももう台湾あるあるで仕方がないのだけど、定休日&営業時間を二重三重に調べて赴いたお店が閉まっている。何度も、シャッターの前で呆然とした。
理由はわからない。
たぶん、気分が乗らなかったんだと思う。
もしくは家を出ようとしたら、黒猫が横切ったとか。
前髪切りすぎたとか。
理由はわからない。わかってもそもそもどうしようもない。閉まっているシャッターという厳然たる事実の前には、何もかも無力。
毎日どこかしらお休みだったので、毎夜宿で血走った眼でスケジュールを組み直してました。
その3:台湾あるある接客地獄
台湾の人たちは、感情に素直。
なんて言うの、ありのままの姿見せちゃう感じ?
相手がお客だろうがなんだろうが、忙しいときに来たら舌打ちするし、面倒くさかったら面倒くさい顔するし、なんなら怒鳴りつける。
悪気はない。
余裕ができれば、打って変わって満面の笑みでおまけしてくれたりする。
でも中には、取材当日あまりに態度が悪くてリストから外したお店も。どれだけ美味しくても、初めて台湾に遊びに来た人に悪い印象を与えてしまうお店はダメだ。舌打ちと仏頂面とお皿投げてよこすのの三段コンボ食らったら、さしもの私もやや心が波立つもの……。そしてその度に、毎夜宿で血走った目で(以下略)
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その4:優しさが私たちを追い詰める地獄
そして最大の敵がこれ……優しさ。
紙面には限りがある。そして私たちは、1日にできるだけたくさんのお店を回らなきゃいけない。なので、1店で取り上げるメニューは、これぞという数点のみ。
でもね。
お店の人が優しいんです。
「あんたたち、そんなに人数いるのにそれっぽっちじゃ足りないだろ? これもお食べ、これも美味しいよ。遠慮なんてするんじゃないよ、全部サービスだよ!!」
これが、行く先々で。
優しさが、辛い。
優しさが、重い。
40回以上台湾に行った中から選りすぐった、ベストオブベスト、いやむしろベステスト、美味しいことは重々承知。だからこそ辛い。私たち、こんな形で会いたくなかった、せめてもっとお腹空いてるときに出会いたかったよね……ていうか、予備の胃袋が欲しい!!
1日にどれくらい食べたかな……いつも台湾に行くとちょこちょこ食べで8食くらいはいくんです。でもさすがに今回はその比じゃなかった。鋼鉄の胃袋を持つ私も、最終日には舌が荒れていた。むしろ痩せてた。
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でも、おかげで撮れた写真の美味しそうなこと!! いや、プロって凄い。私も小籠包を載せたレンゲの端っこ持って、微動だにさせずホールドする係としていつでも再就職できるくらいに上達した。
タレント本じゃないので、私は大きさ比較のために置いとくiPhoneくらいの扱いで良いです、って言ってた割には私の出番も多いです。でも、そのほぼ全ての写真が目線なし、食べ物しか見ていない。本気食べしすぎてて、ヘンテコな口の形になってる。
だけど、楽しそうなんです。
そして美味しそうによく食べてる。
「こんなに食べ物しか見てない人の薦めるお店なら、美味しいのかも」ってきっとあなたも思うはず。でもって、個人目線のガイドブックで大事なのって、そこじゃないかな、と思うのです。
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これが私の初めてのガイドブック。なので比較はできないけれど、現時点で、絶対最高。もし私が読者なら、布教用に3冊買うくらい、究極の台湾ガイドになっていると思う。
でも、載せきれなかったお店があるんだ、どうしても滞在中に開かなかったシャッターがあるんだ。
2冊目を出したいんだ。
そしてその時こそは、スケジュールと胃袋に余裕を持った取材旅行にする。振る舞われる優しさも、全て広い胃袋で受け止める。「今日はもうお腹いっぱいだから、残りの取材は明日にしようか」とか言っちゃう。なんならもう、1ヶ月くらい台湾に住んじゃう。
そんな2冊目を出すためにも、どうか。
1冊目が売れますように。
撮影者:伊東 武志