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特集

史実に基づく説得力があるからこそ 小説は今を生きる手掛かりになる 『父がしたこと』青山文平

取材・文:立花もも
写真:種子貴之

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2024年2月号からの転載となります。



『父がしたこと』青山文平インタビュー

全身麻酔を用いた乳がん手術を世界ではじめて成功させた医師・華岡青洲。その死から七年後の1872年、華岡流のなかでも高い技術を誇る名医・向坂清庵に、地方藩主の手術を依頼するところから本作は始まる。
「医療の話を書きたい、と思っていたわけではないんです。たまたま、江戸時代の旅の本を読んでいたら、華岡青洲に痔瘻の手術をしてもらうために、越後の名主が和歌山まで歩き通したという記述を見つけた。なんか、すごい。ああ、ここに人間が居る、と感動しました。で、青洲の医業を調べてみると、乳がんの他にも幅広く手術を施している。そのなかに、鎖肛という乳児の病がありました。お尻の穴がない、つまり、肛門が形成されないまま生を受けるのです。当時の医療技術で治療できたかどうかは確証がありませんが、鎖肛の名付け親は青洲です。医療の対象としたことは確かでしょう。そのとき、ふっと、向坂清庵という実在しない医師を軸に据える、この物語の構図が降りてきました。私は英雄ではなく、市井の人々が生き生きと立ち上がる創作を志す者です。この話なら、それができると思いました」
語り手は、向坂が痔瘻手術することになる藩主の目付をつとめる、28歳の永井重彰。身辺御用をとりしきる小納戸頭取の父・元重とともに手術に立ち会うことになるのだが、いまだ漢方医の勢力が強く、とくに地方では外科医を蔑む声もあるなかでの全身麻酔手術は、あらゆる面でリスクが高い。失敗すれば全員が命や立場を危うくする。しかも向坂は、1年前に生まれた重彰の息子・拡の鎖肛を治してくれた恩人でもあった。
「人の手で肛門をつくるには、まず尻の皮膚を切開して直腸の腸管を引っ張り出します。しかる後に腸管の端を開き、尻の皮膚と縫い合わせるのだそうです。さぞかし大手術だっ
たでしょうが、たとえ成功しても、鎖肛の治療はそれで終わりではありません。肛門の狭窄を防ぎ、排便を習慣づけるためには、指入れや浣腸といった手入れの継続が重要になるのです。おのずと、術後も主治医は不可欠で、絶対に失ってはならない存在と言えます。一方で、父と藩主との関わりからすれば、痔瘻の手術をしないという選択肢もありえない。その葛藤が、主人公家族の居る世界をどう変容させていくのか、私自身、知りたくて書き進めました」

願うしか救いようがない
ままならなさを生きるなかで

父が藩主に尽くすのは主従関係にあるからだけではない。父と藩主のあいだには、痛みを我が事のように感じとってしまう深い結びつきがあったことも、やがて明かされていく。
「忠義とかいった、お仕着せの価値基準でつながった主従にしたくなかったのです。現実の暮らしでは、出来合いの基準はお題目でしかない。どちらとも決めきれぬ気持ちをなんとか整理して、あるいは整理できぬまま、判断を迫られるケースがほとんどでしょう。で、父と藩主のつながりも、痛みという人間の原初の感覚で表すことにしました。藩主の疼痛は分かち合えるけれど、家族の疼痛はわからない。そのアンビバレントなつながりが、父に“父のしたこと”をさせるのです。作中に、この世には「願うしか救いようがない」ことがあるという台詞が出てきますが、人はどうにもならなさを抱えながら、自分や大切な人のために、目の前の問題に答を出し続けなければなりません。小説家としては、そのように格闘する姿を描くことで、今を生きる人たちに、“それでも前を向く”手掛かりを届けたい。江戸の世を生きた人々の足跡を素材に使えるのは時代小説ならではの強みで、この物語でも華岡青洲の事績をはじめとして徹底して史実を追求しています。そのリアリティが、読み手のみなさんの心を打てたら嬉しい」
その想いは、重彰の母・登志にも現れている。武家の妻らしい肝の据わり具合を見せる彼女は、唯々諾々と慣習に従うようなこともない。鎖肛の子を産んだ己を自責する重彰の妻・佐江を誰よりも支え、「常と異なる子が生まれたら女親のせい」とする風潮にも断固として異を唱える。
「古事記と日本書紀には、イザナギとイザナミのあいだに手足の萎えたヒルコが生まれ、海へ打ち棄てられたことが書かれています。天津神によれば、原因はイザナミが陰である女の分を忘れたから。以来、赤子になにかあったら女のせいという盲信は、ヒルコ神話としてずっと継承されてきました。だからこそ、記紀を信用しないと言い切り、『生きる力が弱い子を海に流す神がどこに居りますか』と憤る登志の存在が重みを増します。鎖肛は直腸端の位置によっては現代でも乗り越えるべき課題の多い病です。お母さんが読まれたとしても、わずかでも心を傷めることがないよう、元気につながるよう、気を張り詰めて指を動かしました」
現代の価値観におもねるのではなく、あくまでその時代の生きざまを通じて、読者が自分と照らし合わせる物語へと変えていく。その手腕が発揮されるのは、青山さん自身に膨大な見識があってこそ。
「藩主就任に功あった父が重職に就くのを拒んだのは、動けば出世できるのが前例になると、次の藩政の曲がり角でも必ず動く者が出て、常に政争を抱えるようになるからです。これは、天狗党の乱につながる水戸藩の前例を下敷きにしています。数多の資料から説得力ある心の動きを抽出できるのは時代小説の強みです」

非正規雇用の多かった
江戸時代後期を描く意義

登志のようになりたくて、褒められたいから逆らえないと佐江は言う。人が痛みに耐えるのは、自分のためだけではなく、大切な誰かに認めてもらいたいからでもあるのだということも、本作では折々で描かれる。
「人間は他者という鏡に映った自分の姿を見て己れを確認していく生き物であるという説があります。承認欲求は人間の本能であり、誰もが持っていると言えるでしょう。けれど、海と水溜りが同じではないように、程度が変われば本質が変わります。己れを壊さぬように、鏡を選ばなければなりません。自分の頭で考え、動いている人を選ぶということです。私の書いている江戸後期も、そして今も、お手本のない時代です。これをしていれば大丈夫という、これ、がない。あっても、すぐに陳腐化してしまう。お仕着せに頼らず、時代との格闘を厭わない者だけが輝きを放ちます。組織にも頼れません。江戸後期の武家屋敷は、今で言う非正規で溢れていました。下男下女はむろん、千石規模の旗本の家でも譜代の家臣は珍しかった。町奉行などの在職時にだけ雇われる、専門職の用人だっていたくらいです。だからこそ私は、さまざまな場で、自力で時代と格闘する個を描きたい。それが、一人ひとり条件の違うなかでどう生きるべきかの解を得る、手がかりになってくれたらと思っています」
英雄を描かない青山さんの小説には、わかりやすい壮大な事件は起きない。かわりに、地に足を踏みしめる人々の悲哀と、個人の生の重みがずっしりと迫り、読後の私たちが生きる指針ともなってくれるのである。
「忠臣蔵のように着地点をわかった上で、展開のエンタメ性を楽しむのが時代小説の王道でしょう。けれど私は、じっくりエピソードを積み重ねた先でしか見られない情景を描きたい。それに、いわゆる大人物にも関心が持てません。スケールという定規を使うなら、世界と競わなければならなくなって勝負にならない。でも、個に焦点を当てれば、国も時代も関係ない。個と個。遥かに普遍性を備えた作品になるはずです。“父のしたこと”が重彰だけでなく、読んでくださったみなさんの心にも何かを残すものであれば幸いです」

プロフィール



青山文平(あおやま・ぶんぺい)
1948年、神奈川県生まれ。2011年、『白樫の樹の下で』で松本清張賞を受賞しデビュー。著作に『鬼はもとより』(大藪春彦賞)、『つまをめとらば』(直木賞)、『底惚れ』(中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞)など多数。近著に『本売る日々』。

作品紹介



父がしたこと
著者 青山 文平
発売日:2023年12月19日

8 年にわたる藩主の痔瘻を治すため、全身麻酔を用いる名医・向坂清庵に手術を依頼すると父から聞かされた永井重彰。漢方の藩医を差し置いたその手術が失敗すれば、へたすれば向坂の首が飛ぶ。1年前に息子を難病から救ってくれた向坂は、永井家にとって大恩人でもある。父子は、執刀医の名を伏せて極秘で手術を進めるなか、父と藩主の深い繋がりが明らかになり……。

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322304000754/
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