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特集

作家生活を15年続けてきた中で、一番面白い作品が書けました――湊かなえ『人間標本』インタビュー

取材・文:吉田大助
写真:干川修

湊かなえが、作家生活15周年記念となる書き下ろし長編『人間標本』を発表した。ここ数年は高校の放送部を舞台にした『ブロードキャスト』『ドキュメント』(KADOKAWA)や『残照の頂 続・山女日記』(幻冬舎)など、明度が高くさわやか寄りの作品が続いていたが……本作はデビュー作『告白』(双葉社)を彷彿させる、(湊かなえにとっては)王道ど真ん中のイヤミスだ。



湊かなえ『人間標本』インタビュー

人間標本を単なる猟奇犯罪ではなく
アートに仕上げるんだということはテーマにしていました


――本を開くとまず飛び込んでくるのは、「人間標本 榊史朗」というタイトルと著者名です。蝶の学者である榊史朗(「私」)が書いたその手記には、「私」が5人の美少年たちを殺害し、死体に加工を施して、さまざまな蝶に見立てた「人間標本」を作製したことが告白されていました。しかも最後の仕上げとして、自分の子どもにまで手をかけた……。「私」の美への傾倒や蝶に対するフェティッシュぶりを前にして、江戸川乱歩作品を思い出しました。湊さんはアンソロジーの選者を務めたこともありますが(『江戸川乱歩傑作選 鏡』)、乱歩っぽさは今回意識してらっしゃいましたか?

湊:もちろん意識していました。タイトル自体、乱歩の「人間椅子」へのオマージュです(笑)。手記に関しても、私は乱歩の「一寸法師」という中編が大好きなんですが、子供の頃初めて読んだ時に「えっ、デパートのマネキンの腕をよく見たらアリンコが這ってるってどういうこと? 本物の人間の腕やぁ!」となった、あの雰囲気が出せたらいいなと思いながら書いていったんです。実は、私はこの本を書くまで、蝶のことはまったく詳しくなかったんですよ。自分が普段考えることのない世界の人に置き換えた方が、今までと違う作品が書けるんじゃないかなと思い、ふと「蝶の研究者とかどうかな?」と。自分の子どもを標本にしちゃう父親がいたらどうなるかな……と、発想が膨らんでいったんです。



――「私」が少年たち一人一人をどの蝶に見立てどう標本化していったか、手記の後半で詳細に綴られていく制作プロセスは鳥肌ものでした。書いていて大変だったのではないかと思ったのですが……。

湊:自分の中に画が浮かんでいなければ、読者も画が浮かばないだろうなと思っていました。死体の解体や処理の仕方など細かいディテールをちゃんと調べて、人間標本を作るプロセスをきっちり最初から最後まで想像するようにしたんですが、おっしゃる通り本当に大変でした。文字で書くと頭の中から出ていくのでいいんですけど、書くまではその画が頭の中にずっとあるんですよ。史朗の手記を書いていて、標本作りのパートに入った時は、毎晩夢の中で人間を解体していました(苦笑)。ちょうどその頃、娘の家へ泊まりに行っていたんですよ。寝言で私が「内臓出てきた」と言っていたらしく、朝起きたら娘に「どういうこと!?」と訊かれましたね(笑)。


――湊さんがパーソナリティを務めていた、FM大阪のラジオ番組の記録集『湊かなえのことば結び』(角川春樹事務所)のなかで、「作品を書くときに決めていること」についてこう語ってらっしゃいました。「妥協しない。このままバッドエンドに向かうより、どこかで救いがあった方がいいんじゃないか、とか、明るいラストになった方がいいんじゃないか、と思っても、自分がこの問題を突き詰めていきたいと思った内容については、小説の中でしっかり向き合おう、と。(中略)逃げるな、逃げるな、と自分と戦っています」。湊ミステリーの真髄だな、と感じました。

湊:今でもよく覚えているんですが、『告白』を書きながら鼻血が出てきたんです。作品世界の中に相当、入り込んでいたんだなと思うんですよね。怖くてもしんどくても「逃げないぞ」って気持ちで書かなければ、見えないものがあるんです。そこまで書いてもついてきてくれる人はついてきてくれるし、「これが見たかった」と言ってくれる人がいる。だから、今回も妥協はしませんでした。


――文字だけで構成された小説という表現ジャンルである、というのも大きいのかなと思うんです。ビジュアルがないからこそ、グロテスクな描写もすんなり受け止めることができたように感じます。

湊:読者の方々も自分でグロテスクな想像にストッパーをかけながら読むというか、ギリギリ美しいものを想像してくれるんじゃないかなと思うんですよね。それと、人間標本を単なる猟奇犯罪ではなく、アートに仕上げるんだということはテーマにしていました。一目で少年たちが特定の蝶に見える、なおかつ少年たちそれぞれの性格や才能が分かる。それをどう表現しようかなって考えること自体は、すごく楽しかったんです。例えば、「作品1」のレテノールモルフォは、翅の表側は鮮やかな青色で綺麗なんですが、裏は焼け焦げた色の中に目玉模様があってちょっと気持ち悪いんですね。じゃあ、その蝶のモデルとなる少年には、こんな裏の顔があって……と想像していきました。


――特にお気に入りの人間標本はありますか?

湊:モンシロチョウですかね。モンシロチョウは紫外線を色として感じることができる視細胞を持っていて、その「目」で見ると、メスの翅は白いんですが、オスの翅は赤黒く見えるんです。モンシロチョウに見立てた少年は、そういう「目」に憧れる男の子にしようと思いました。彼は色を識別することが苦手で、だからこそ水墨画という白黒の世界に自分の表現の可能性を見出して……と。美術的な才能と、蝶の特徴を結びつけたかったんです。


まったく知らない世界との出会いによって
これまで書いたことのないような作品が生まれる


――「私」の手記は、雰囲気的には乱歩っぽさ全開でもありつつ、本作は仕掛け満載の本格ミステリーでもあります。手記の乱歩っぽさも、その仕掛けに関わっている。これ以上は何も語れませんが……読み進めるうちに幾度となく度肝を抜かれました。そもそも本作の着想は、どこから生まれたのでしょうか。

湊:今年開催した、『告白』が文庫300万部を突破した記念のサイン会で、読者の皆さんからいろいろなリクエストを頂戴した経験が大きかったんです。ここ最近、私が書くものは明るい話が多かったんですが、何人もの方から「イヤミスを待ってます」と言われたんですね。15周年の原点回帰にもなるし、人間の暗部とか負の感情をテーマにしたものを久しぶりに書きたいなと思ったんです。もう一つ、多くの方からリクエストをいただいたのは、父と息子の話を書いてほしいということでした。私はこれまで母と娘の話を書くことが多かったんですが、確かに父と息子の話にすることで、何か変化が起こるかもしれないな、と。それで……自分がずっと遠ざけていたテーマに向き合ってみてもいいんじゃないかな、と考えるようになりました。


――そのテーマとは?

湊:親の子殺し、です。元を辿ればデビュー直後ぐらいに、編集の方から「次は親が子どもを殺す話はどうですか?」と言われ、お断りしたことがあるんです。自分が子を持つ身として、たとえ作品の中であっても、親が子どもを殺すなんてあってはならないことだと思っていたからです。言い換えると、そんな想像は自分でしたくなかったんですよね。ただ、現実を見てみると、親が子どもを殺す事件は珍しいものではありませんよね。なぜそんなことが起こるのか、一度自分なりに考えてみたくなりました。何があったら自分はそうするかな、究極のところ“これ”かな、と。


――「私」が息子を手にかけたのはやむを得ないことだった、と感じさせる筆致が素晴らしかったです。でも……その先があるんですよね。

湊:親の子殺しを、美しいだけの話で終わらせるつもりはありませんでした。親の子殺しに正しいもやむを得ないもない。絶対に肯定してはいけない。父親のことをちゃんと責めて終わりたかったので、その先へ進んでいくことにしました。重いテーマに向き合いながらもエンターテイメントとして、ドキドキしたなとかワクワクしたなとか、びっくりしたなと感じてもらえるものにしたいという思いも強くありました。やっぱり本って、面白くなきゃいけない。ページをめくるごとに、色が変わって見えるような本にしたかったんです。



――書き終えた今、どんなことをお感じになっていますか。

湊:私が今まで出してきた本には、ほとんど参考文献がついていないんです。人生で通ってきたことや既に見たことがあるものを素材に書いていたんですよね。でも、今回はたまたま蝶の世界を書いてみたくなって、ほぼ知識がゼロの状態からたくさんの参考文献に触れる、ということを初めてしてみました。そうしたら、蝶の世界の中にミステリーの要素をいっぱい見つけられたんですよ。例えば、擬態という性質があるんですが、毒がない蝶が、毒がある蝶のふりをしている。「そんなの絶対、ミステリーと親和性高いじゃん!」と(笑)。それまで全く知らなかった世界に触れることで、想像がどんどん広がっていく楽しさを今回、思いっきり味わうことができました。次もまたまったく知らない世界との出会いによって、これまで書いたことのないような作品が生まれるかもしれないと思うと、ワクワクします。


――湊さんにとって、大事な一作になったようですね。

湊:15周年に間に合わせるために、約2ヶ月で書き上げたのもいい思い出です(笑)。実は、執筆を1年間休んでいたんです。ネタもないし体力もなくなってきて、このまま引退なのかぁと思ったこともありました。でも、やっぱり自分は書きたいんだと思って、再スタートのつもりで書いたのが今回の作品なんです。書き終えた今思うのは、この作品に関しては、誰に何を言われても傷付かないなぁと。作家生活を15年続けてきた中で、一番面白い作品が書けたと思っているんです。

書籍紹介



人間標本
著者 湊 かなえ
発売日:2023年12月13日

人間も一番美しい時に標本にできればいいのにな
蝶が恋しい。蝶のことだけを考えながら生きていきたい。蝶の目に映る世界を欲した私は、ある日天啓を受ける。あの美しい少年たちは蝶なのだ。その輝きは標本になっても色あせることはない。五体目の標本が完成した時には大きな達成感を得たが、再び飢餓感が膨れ上がる。今こそ最高傑作を完成させるべきだ。果たしてそれは誰の標本か。――幼い時からその成長を目に焼き付けてきた息子の姿もまた、蝶として私の目に映ったのだった。イヤミスの女王、さらなる覚醒。15周年記念書下ろし作品。

『人間標本』特設サイト:https://kadobun.jp/special/minato-kanae/ningen-hyouhon/
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322306000662/
amazonページはこちら


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