阿泉来堂『バベルの古書 猟奇犯罪プロファイル』刊行記念インタビュー
生身の犯罪者を追う新シリーズ
――新シリーズ「バベルの古書 猟奇犯罪プロファイル」が2冊同時発売という形でスタートしました。
結果的に2冊同時発売という形になりましたが、もともと2話を1冊に収めるつもりだったんです。でも書いているうちに話が膨らんで、「とても文庫1冊には収まらないな」と(笑)。それで担当さんと相談した結果、2冊に分けることになりました。合わせて一冊というイメージなので、ぜひ一気に読んでもらいたいですね。
――北海道警荏原署の刑事コンビ・加地谷と浅羽が猟奇犯罪の真相を追う、というのがシリーズの大筋。阿泉さんにとって警察小説は初めての挑戦ですね。
初めてです。これまで書いてきた「那々木悠志郎」シリーズでは主に怪異を相手にしてきたので、今回はテイストを変えて、生きた人間との対決を書こうと思いました。警察小説になったのはそれが理由です。生身の犯罪者を追うには一般人では限界がありますから。性格のまるで異なる二人の刑事が、小競り合いをしながら猟奇犯罪の真相に迫っていく、というイメージは当初から頭に浮かんでいました。
――一方で、阿泉作品らしいホラー描写もふんだんに盛りこまれています。ジャンルミックス的な面白さは意図したものですか?
ホラー作家として本を出させてもらっている以上、ホラー味や超常現象はどこかで盛りこみたいと思っていました。ひとつのジャンルで堂々と勝負する自信がないせいもありますが……(笑)、一作にホラーならホラー、ミステリならミステリの要素しかないのは勿体ないとも思うんです。異なるジャンルを重ねることで、王道のストーリーにもひねりが生まれ、いい意味でのサプライズ感が出る。そういう狙いもあって、ジャンルミックス的な手法を取るようにしてきました。
タイプの異なる刑事二人の特別な関係性
――5年前に世間を震撼させたグレゴール・キラー。しばらく姿を隠していた殺人鬼が犯行を再開して……というのが『Book1《変身》』の冒頭。主人公の刑事・加地谷悟朗は、この犯人と深い因縁を持っていました。
加地谷のイメージは早い段階から頭に浮かんでいました。口が悪くて熱血漢で、中年なのに小ずるく立ち回らない。ある意味、警察官らしさのない警察官です。書いていてとても楽しかったですし、読者が「そうだ、行け!」と応援したくなるようなキャラクターになったとも思います。
――グレゴール・キラーは被害者の遺体を切断し、現場にカフカの『変身』の引用文を残していくという連続殺人犯。加地谷の元相棒に生きたまま火をつけるなど、並外れた冷酷さと残虐性の持ち主です。
猟奇犯罪者を登場させるからには「こいつはヤバい奴だ」、という強烈な印象を読者に与えなければと思いました。『ドラゴンボール』のフリーザの登場シーンじゃないですが(笑)、絶対勝てないという恐怖感と絶望感を与えようと。加地谷の過去が描かれるプロローグは、その気持ちの表れですね。それ以外の犯行もありきたりではインパクトが弱いので、思いつく限りの異常な殺人を描いてみました。
――加地谷の相棒として捜査にあたるのが、女性とオカルトが大好きな新米刑事・浅羽賢介。軽薄ですが憎めない、ムードメーカー的キャラクターです。
加地谷の相棒にするならこんなタイプ、という感じで浮かんできました。浅羽は見た目も中身も軽薄ですが、秘かに加地谷を尊敬しています。はみ出し者の加地谷とうまくやれているのは、浅羽が加地谷の最大の理解者だからなんですよ。そういう特別な関係性を、シリーズ全体を通して描いていこうと思っています。
――『Book1《変身》』にはさらに戸倉孝一という青年が登場します。ある悲劇がきっかけで幽霊が視えるようになった戸倉は、グレゴール・キラー事件に深く関わることになります。
警察小説はすでに人気のシリーズがたくさん書かれていますよね。そこに僕が新規参入しても、諸先輩方の作品に太刀打ちできるとは思えない。さっきのジャンルミックスの話とも重なりますが、心霊的な要素を加えることで、特色を出せるんじゃないかと考えました。加地谷たちは現実的な立場で犯人を追い、戸倉は超常的な視点から真相に迫っていく。異なるふたつの立場を描くことで、物語にも奥行きが生まれてきます。
謎めいた古書が不吉な影を落とす
――辛い過去に向き合いながら、加地谷はグレゴール・キラーの影を追い、ついに正体を突き止めます。現在と過去が交錯するクライマックスには、思わず手に汗握りました。
人間誰しも過去からは逃れられない、というのが僕の人生観です。しかしそれを乗り越えることで、現在や未来を変えることはできる。加地谷がズタボロになりながら、グレゴール・キラーに立ち向かっていく展開は、書いていて胸が熱くなりました。自分はこういう場面が書きたかったんだ、とあらためて感じましたね。那々木シリーズももちろん楽しいですが、人間同士の熱いドラマが描けるのは、このシリーズならではだと思いますね。
――捜査の過程で加地谷たちが目にしたのは、カフカの『変身』の古書。このシリーズでは古びた装丁の古書が、毎回事件に不吉な影を落とすことになります。
猟奇事件を象徴するモチーフとして、過去の名作を取り上げることにしました。実際に読んだことがなくても、タイトルをどこかで耳にしたことがあれば、十分興味を惹きつける要素になると思うんです。ダン・ブラウンの小説だって、ダンテの『神曲』を知らなくても興味をそそられますから。シリーズを書き継いでいくにあたって、題材探しは大きな楽しみになりそうです。
――『Book2《怪物》』で取り上げられているのは、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』。
『Book2』はコントロールできないものの恐怖を扱っているので、『フランケンシュタイン』がぴったりだなと思いました。作中、西条茜という少女が手紙を書くシーンがありますが、あれも『フランケンシュタイン』にヒントを得ています。メアリー・シェリーの小説にも、主人公が姉に宛てた手紙が引用されているんですよ。
――この巻から、御陵伽耶乃という北海道警の心理分析官が登場します。派手なファッションで、加地谷たちに対しても常にタメ口。プロファイリングに絶対の自信を持つ、個性的なキャラクターです。
警察小説はパターンが固定しがちですが、『Book2』では1巻よりパワーアップした感じ、ひと味違うなという部分が欲しくて、新キャラクターを登場させました。それも加地谷たちを手玉に取るほど強烈な人物でないと、と考えていて浮かんできたのが伽耶乃です。原稿を担当さんにはすごく驚かれましたけど(笑)。刑事のカンを頼りに動く加地谷と、プロファイリングを重視する伽耶乃の対立を描くことで、1巻とはまた違ったドラマが描けたと思います。
――『Book2《怪物》』で加地谷たちが追うのは、市内で相次ぐ殺人・死体遺棄事件。クライマックスで明かされる意外な真相にあっと驚かされました。
ミステリらしい結末は意識しましたね。ホラーだと含みを持たせた終わり方でも許されるんですが、警察小説では誰もが納得できる結論が必要。生身の犯人を捕まえなければいけないんです。『Book2』でも部分的にホラー要素を盛りこみながら、現実との折り合いがつくぎりぎりのラインを見極めるように心がけました。
デビューから3年、初心に戻って
――随所に光るユーモア要素に恐怖シーン、そしてラストのどんでん返し。阿泉さんの作品には常に読者を楽しませよう、という工夫があります。
上手くおもてなしできていればいいんですけど(笑)。よほどの活字好きでない限り、本を読んでいて「ちょっと退屈だな」と感じる瞬間って出てきてしまうと思うんですが、それをゼロに近づけたい。小説は読むのを途中で止められるのが一番痛いので、なるべく読者を退屈させないように工夫をこらしています。
――2020年に『ナキメサマ』でデビューして以来、約3年が経ちます。ホラー&ミステリ作家として順調にキャリアを重ねているように見えますが、今のお気持ちは。
いやいや、課題が山積みだなと感じています。今までは書くことだけに没頭してきたんですけど、他にもやらなきゃいけないことがたくさんある。知識や物語のストックを増やさなければ、コンスタントに本を出し続けるのは難しいなと感じています。警察組織の知識ひとつとっても、まだ知らないことだらけ。新シリーズを始めたことで、あらためて初心に戻ってがんばろうという気になりました。
――では「バベルの古書 猟奇犯罪プロファイル」を手にする読者に、メッセージをお願いします。
ありがたいことに、那々木シリーズの新作を楽しみにしてくださっている方もいると思います。その状況であえて新シリーズを始めるからには、絶対読者に満足してもらえるような作品を書かなければいけない。そういう覚悟をもって臨みました。ホラーテイストのあるミステリという部分は共通していますが、「バベルの古書」では那々木シリーズでできなかったことに挑戦できています。これまでとひと味違った阿泉来堂の作品を楽しんでください。
――加地谷の今後や、謎めいた古書の背景など、気になることがたくさんあります。シリーズの今後に期待しています!
加地谷は情熱的な人間ですが、どこかダークサイドに落ちていきそうな危うさがあります。そうした部分も、今後物語のテーマになっていくでしょうね。謎めいた古書の由来についても、追い追い明らかになっていくと思います。ぜひ応援お願いします。
作品紹介
バベルの古書 猟奇犯罪プロファイル Book1《変身》
著者 :阿泉来堂
発売日:2023年10月24日
第40回横溝ミステリ&ホラー大賞読者賞受賞作家の新境地!
札幌市近郊の町、荏原市で発生した女子大生殺人事件。遺体の首と両手は切断されて持ち去られ、現場にはフランツ・カフカの『変身』の一節が残されていた。その猟奇的な手口は5年前に発生した『グレゴール・キラー事件』に酷似しており、ほどなくして更なる被害者も現れる。グレゴール・キラーに相棒を殺された過去を持つ刑事、加地谷と新米刑事の浅羽は、事件の捜査を進めるうち、被害者の霊を目撃したという青年に遭遇する。最初は半信半疑な刑事たちだったが、青年の証言により新たな犠牲者が出たことを知り、逃走した犯人を追う。連続殺人鬼グレゴール・キラーは何故、現場に『変身』の一節を残すのか。被害者の共通点は何なのか。それらの謎を解き明かし、猟奇殺人犯へと迫る加地谷と浅羽が目にする事件の真相とは……。そして、謎の古書が導く物語は、さらなる事件とともに下巻へと続く。猟奇事件×スーパーナチュラルミステリー第一弾!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322303000850/
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バベルの古書 猟奇犯罪プロファイル Book2《怪物》
著者 :阿泉来堂
発売日:2023年10月24日
『ナキメサマ』『贋物霊媒師』の著者の新境地。古書を巡る猟奇犯罪を追う!
先のグレゴール・キラー事件から二か月。その功績を認められ、刑事課強行犯係特別事案対策班(通称 『別班』)に配属された加地谷と浅羽が新たに捜査に当たるのは、帰宅途中に殺害された女性の遺体が、まるできれいに清められたかのように安置された『エンゼルケア殺人事件』。再び道警本部捜査支援分析室の天海伶佳らとともに捜査を進めるうちに浮かび上がってきたのは、十五年前に発生した少女殺人事件と、死亡した少女の遺族である一人の青年の存在。そして、数年おきに発生している女性の不審死事案だった。伶佳の同僚であり心理分析官の御陵伽耶乃は、プロファイリングによってその青年、青柳史也こそが殺人犯であると睨む。しかし加地谷は、青柳史也がプロファイリング通りの凶悪な連続殺人犯だとはどうしても思えなかった。次第に明らかになってくる兄妹の秘密。そして、メアリー・シェリー作の『フランケンシュタイン』に心を囚われる史也と、彼を慕う一人の少女。少女の身に危険が迫るとき、二人の刑事はその手に銃を握り……。上巻に続き、奇妙な古書に導かれた殺人犯を二人の刑事が追う。猟奇事件×スーパーナチュラルミステリーの後編!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322307000534/
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あわせて読みたい阿泉来堂の既刊本
ホラー作家・那々木 悠志郎 シリーズ
『ナキメサマ』
『ぬばたまの黒女』
『邪宗館の惨劇』
タテスクコミック
『那々木悠志郎の怪異譚蒐集』(作画/鈴田ぎん)
BOOK☆WALKER、ebookjapan、コミックシーモア、まんが王国などで配信中!