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特集

「〝とらえどころのないもの〟を表現するのは、難しいけれど楽しい」 『怪談未満』三好愛インタビュー【お化け友の会通信 from 怪と幽】

取材・文:三田ゆき 写真:鈴木慶子 イラスト:三好 愛(『怪談未満』より)

ほわんとした輪郭、小さな黒いふたつの目─かわいいけれど、ちょっと「ぞわっ」とするイラストはもちろん、エッセイも高い評価を受けている三好愛さん。
〈日常の不気味〉がテーマの二冊目の著書『怪談未満』にこめられた思いを、三好さんにインタビュー!

『怪談未満』三好愛インタビュー

『某』(川上弘美/幻冬舎)、『私は幽霊を見ない』(藤野可織/KADOKAWA単行本)の装画、グッズデザインなどで活躍する、イラストレーターの三好愛さん。〝この世には存在しないもの〟を描いてきた彼女が、自身二冊目となるエッセイを刊行した。
タイトルにもなっている「怪談未満」─「怪談とまではいかないけれど、今もわからないままのこと、ずっと腑に落ちずにいること、少しゾッとしたときのこと」─というテーマは、編集者から提案されたものだという。

「私自身は怪談やホラーに詳しいほうではないのですが、『怪談未満』という言葉を聞いたとき、『これだったら書けそうな気がする』と思ったんです。小さいころから、腑に落ちないことや納得できないと思ったことを、自分の中で反芻しながら生きてきたので(笑)。そんなふうに腑に落ちないことや納得できないことって、たしかに怪談とまでは言えないけれど、それらを感じているときは、『怪談が生まれるとき』に近いんじゃないかなと」

 本書には、三好さんがこれまでに感じてきた、「腑に落ちない」27篇が収録されている。第一部〈日常の不気味〉で綴られているのは、冷蔵庫と収納棚との狭い暗闇にいるものの正体、夜になるとすごい喘ぎ声をあげる隣人が残していったもの、仕事でメールだけを交わしているうちに生まれていたまぼろしの人格、祖母の死と結びついたあたたかなスープの記憶……。どれも、いわゆる心霊現象ではないけれど、誰もが日々の暮らしを送る中で一度は経験したことがあるような、ちょっと「ぞわっ」とするできごとだ。

「エッセイのネタは、記憶に残っている腑に落ちないことや、『あのときああ言われて嫌だった』『なんであんなことをしてしまったんだろう』と落ち込んだり反省したりしていることの中から、アウトプットしなければ落ち着かないなというものを、担当編集者さんに選別してもらいました」

 ひとりの女性の中に残るもやもやを見つめ直し、あいまいな輪郭をていねいに文字にしてゆく。そうして書き上げられたエッセイは、私たちの「あるある」「わかる」を呼び覚ますだけでなく、体験を語ることで胸のうちにあるものを消化、あるいは昇華していく怪談のひとつのジャンル、「実話語り」の効能まで感じられる。


「言葉で伝えるときのこと」という項のイラスト。
文章を書くときは「言葉を研ぎ澄ます」という感覚、
イラストを描くときは「自分の想像力を解放する」という感覚があるという。


 そして、彼女の半生でも最大級のもやもやとなったのが、本書第二部のテーマとして掲げられている〈産むことの不思議〉だ。

「友だちが妊娠、出産したときは、ほぼ自動的に『おめでとう』という気分になっていたのですが、いざ自分がその立場になってみると、ものすごく複雑な気持ちになったんです。自分の中に『自分ではないなにか』がずっといて、しかもその姿は見えない、触ることもできないという状況は、まさに怪談そのものでした。それは、生まれてみればただただかわいい我が子だったのですが、たとえばつわりの期間は、『自分の中にいるよくわからない生きものが吐き気を誘導してくる』という感覚でしたし、お腹の中で、自分の意思とは無関係に動くものの存在も怖かった。『変なものがお腹を突き破ろうとしている』という恐怖感さえありました」

 周囲からも、妊娠したとたん、「妊婦さん」「母親になる人」という扱いを受ける。自分はなにも変わっていないのに、今までの自分はどこへ行ってしまったのか。社会は自分に、妊娠に、いったいなにを求めているのか─。

「妊娠とは、微笑ましい母性を感じられる経験だと想像していたのですが、ぜんぜん違っていましたね。こんなに不思議なことだったんだと、自分の身に起こってはじめてわかりました。でも、この経験を子育てエッセイに分類される本で書いてしまうと、私が感じた恐怖みたいなものは書きづらいし、誰も読んでくれないかもしれません。『怪談未満』という枠組みの中で妊娠の詳細を伝えることで、ふだん妊娠や出産に興味がない人にも、『こういうことなんだ』という感覚を伝えられるといいなと思いました」

 母性は、自動的に発生するものではない。子どもと自分の関係を、「母性」という言葉で片づけられるのもなんだか嫌だ。そう語る三好さんの心情が現れているのが、「胎盤のもくろみ」というエッセイに添えられたイラストではないか。


「胎盤のもくろみ」の項のイラスト。
擬人化胎盤と三好さんと子、三者の距離感が絶妙だ。
「イラストを描くのは自分にとって“ご褒美”なのですが、読者の方にもデザート的な楽しみになれば」


 イラストでは、母と子、そして擬人化された胎盤という三者が、なんとも言えない距離感で居合わせている。

「イラストは、エッセイを書き終えたあとに、『この文章をおもしろくできる絵ってどんな絵だろう』と考えて、自分にとってのご褒美のような気分で描きました。小説の装画などのイラストも同じように、文章に応答した上で、その直訳ではなく、文章をもっとおもしろくできる絵を探りながら描いています。自分の作品として絵を描くときも、iPhoneのメモに書き出すなどした文字情報をきっかけにすることが多いですね。胎盤については、妊娠中、思ったように子どもの体重が増えなくて、裏切られたような気持ちがあったんですよ。『私の栄養を子どもに届けてくれる器官のはずなのに、ぜんぜん届けてくれないじゃん』って。でも、私と子どものあいだから胎盤を外すわけにはいかないし、胎盤っていうものをもう一度見つめ直して、やるせない気持ちを文章にすることで、子どもの体重が増えないもやもやを切り抜けようとした感じです。胎盤の正座には、反省してほしいっていう思いをこめました(笑)」

「母子と胎盤の関係性」はもちろんのこと、日常に潜む「ぞわっとする」に、明確なかたちがあることはめずらしい。彼女がこれまで表現してきた〝この世には存在しないもの〟についても、イラストで、あるいは言葉で実際のかたちにすることには、相当な困難が伴うのでは?

「人間の感情って、『楽しい!』『うれしい!』みたいにひとことで言い切れるものは、簡単に気持ちが成仏してしまうところがあると思います。ひとことでは言い切れない複雑なもののほうが、私は魅力的だなと。その複雑さを、かたちのもやもや感、色のもやもや感に託すのは、やりがいのあることですね。しかも、そうやって仕上げた『具体的に現実にあるものではないもの』の絵は、ほかの人からはまた別の感情に見えるかもしれない。そういうとらえどころのないものを表現するのは、難しいけれど楽しいです」

 さらに本書に関しては、『怪談未満』というタイトルをつけている一方で、中身が日常エッセイなので、読んだ人がどうとらえてくれるかという点にも興味があるという。

「怪談ものとして手に取った人が、日常エッセイを読んでどう思うか。もしくは、イラストレーターとしての私を知っている人が手に取ったとき、怪談未満というタイトルを見てなにを思うか。それは、〝エッセイ〟とか、〝怪談〟というものの輪郭を探る試みでもあるのかもしれません。『怪談未満』というテーマを設けたことで、私の文章がどう伝わっていくのか、反響が楽しみでどきどきしています」

プロフィール



みよし・あい●1986年、東京都生まれ。主な仕事に、伊藤亜紗『どもる体』、高橋源一郎『誰にも相談できません みんなのなやみ ぼくのこたえ』、宮部みゆき『よって件のごとし 三島屋変調百物語八之続』等の装画、クリープハイプのツアーグッズデザインなど。エッセイの著書に『ざらざらをさわる』(晶文社)がある。)

「ダ・ヴィンチ」2022年10月号「お化け友の会通信 from 怪と幽」より転載

書籍紹介



『怪談未満』
三好 愛:著
柏書房 1650円(税込)

装画やグッズデザインなどを手がけるイラストレーター・三好愛が、エッセイストとしても評価される軽妙な文章と、かわいいのにどこかぞわっとするイラストで、もやもやした気持ちに輪郭を与えていくイラスト・エッセイ集。


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