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レビュー

【7日連続!『AX』カドブンレビュー⑥】伊奈利「優しい『殺し屋』小説だ」

藤沢金剛町駅そばのスクランブル交差点で、寺原長男の背中を槿(アサガオ)が“押した”瞬間から始まる、殺し屋たちの生存競争を描いた『グラスホッパー』。その続篇、『マリアビートル』から7年。
連作短篇集というかたちで帰ってきたシリーズ最新作の殺し屋は、“仕事”を辞めようとしていた。

主人公・兜は、40代半ば。文具メーカーのベテラン営業社員だが、業界では一目置かれた凄腕の殺し屋でもある。妻子があり、“仕事”を辞めたいが、仲介業者から「辞めるにはお金が必要」と言われ、そのお金を稼ぐために殺し屋業に勤しむ不本意な状況が数年来続いている。

『マリアビートル』で登場した、蜜柑・檸檬の果物コンビ再来の表題作「AX」は、兜の恐妻家ぶりを堪能するお話である。
妻の機嫌を損ねないよう、日々気遣いを忘れず、失敗を重ね、息子である克巳の進路も気にかける。でも“仕事”が長引き、大事な三者面談に遅刻したりと、努力はイマイチ報われない。それでも兜はご近所の平和と克巳の身の安全のために、陰ながら活躍するのだ。
続く「BEE」。『グラスホッパー』でおいしい獲物をかっ攫い、『マリアビートル』でも登場していたスズメバチ(♂)が登場。その頃兜は、家族が刺されたら一大事と、自宅の庭木にできたスズメバチ(虫)の巣を駆除しようとがんばっていた。
「Crayon」では、兜に初めてパパ友にして恐妻家仲間ができる。一緒にボルダリングを楽しみ、呑みに行き、妻の愚痴を言いあう。しかし楽しい時間はあっという間に過ぎていき……。

書き下ろしの「EXIT」「FINE」。
兜を狙う同業者、彼もまた家族のために足を洗おうとしていた。業界を自己都合で辞めることの難しさを嘆く中年男たちの姿には、ブラック企業の社員もかくやの悲哀と笑いが同居する。
夫で、父親で、殺し屋。家族と共に歩む人生を望んだ、罪深い男の“仕合わせ”とはなんだろう。
兜が戦う様は、“蟷螂(とうろう)が斧を取りて、隆車(りゅうしゃ)に向かう”風情だ。その結末は、はたして“哀れなる”ものとなるのか。

昨今、世の中がバラバラになりつつあると感じる。社会も、家庭も。たとえ家族が相手でも、自分以外の人間に対しての許容が狭く、受け入れ難く、繋がりを保てなくなるような不寛容さに満ちている。『AX』はそんな風潮に一筋の瑕(きず)を刻むような小説だ。夫婦や父子の、分かち難く繋がり、途切れない愛情を描く。ハードボイルドに始まってハートフルに終わる、優しい「殺し屋」小説だ。


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