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レビュー

降田 天『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』

【カドブンレビュー】

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(評者:森隆志 / 民放テレビ局在勤)

『偽りの春』は、日本推理作家協会賞短編部門受賞作を含む連作短編ミステリ集。
 かつては優秀な刑事だったが、故あって交番勤務の“おまわりさん”となった狩野雷太が、事件解決役を担う。へらへらして一見チャラいが、鋭い観察眼と緩急織り交ぜた話術を併せ持つ狩野の尋問によって、被疑者はうっかりと、あるいは追い詰められてボロを出していく。
 この短編集の大きな特徴は、被疑者の視点で描かれること。読者は狩野と対決する被疑者に感情移入して、ハラハラドキドキしながら読み進めることになる。
 中でも、ぐっと引き込まれたのは4番目の短編「見知らぬ親友」。
 被疑者となる主人公は、美術大学の4年生、美穂。同級生の天才・一沙の描く油絵を見て自分の限界を思い知らされ、純粋に美術で食べていくことを断念した。
 そんな美穂にとってのもう一人の重要人物が、やはり同級生で同居人の夏希。バカで鈍くさい金持ちのお嬢様と内心では見下している。しかし、風俗店でのバイトを夏希に目撃されて以来、それがバラされることが怖くて、彼女には逆らえなくなった。
 美穂が一沙に抱く嫉妬と、才能では劣っているはずなのに自分を支配する夏希に向かう感情とは、表裏一体。
 夏希が「一沙ちゃんはすごい!」と一見、無邪気にほめる時も、その裏に潜む邪悪さを勘ぐってしまう美穂。しかし、それは美穂自身が一沙に対して抱いている思いそのもの。
 一沙と夏希の間で翻弄され、理性を失っていく美穂。やがて、すべての負の感情は、理不尽に自分を支配する夏希への冷たい憎悪へと収れんしていく。そして遂に事件が……、夏希が駅のホームから転落したのだ。
 美穂、一沙、夏希の人物配置が絶妙! 読者の誰にでも起こり得そうな、美穂の心の動きに思わずのめり込む。なぜこんな小説が書けるのか?
 作者である降田天のプロフィールとインタビュー記事をいくつか読んで、その一端が分かった気がする。
 降田天は、プロットを担当する萩野瑛と執筆を担当する鮎川颯からなる作家ユニットで、なおかつ二人は早稲田の同級生。この関係性、美術と文学の違いはあれど、小説の中の美穂たちを思い起こさせはしないか。また、鮎川はあるインタビュー記事の中で「自分で物語を作っても面白いと思えない」というようなことを言っている(大きな犯罪であっても、犯人の動機を探っていったら根本はすごくシンプルなんです。| 小説丸)。プロットを原稿化するのに専念しているのだ。秀逸なプロットを生み出す萩野に対して大きなリスペクトはあっても、それだけではない様々な感情も生まれるはずだ。同様の想いは萩野の側にもあるだろう。人間だもの。作家二人の濃密な関係性が、物語の中の美穂の感情にリアリティと深みをもたらしているのだ……きっと。
 自分の尺度で他人を羨やんだり蔑んだりして、最後に自分の小ささに落ち込んでしまう。そんな経験のある人なら誰でも、この短編「見知らぬ親友」が、心の深いところに刺さるはずだ。
 作者の萩野様、鮎川様、勝手な邪推申し訳ございませんでした。とにもかくにも、作家ユニットという日本では珍しい形態で物語を紡ぐ二人の今後の作品からも目が離せない!

ご購入&試し読みはこちら▶降田天『偽りの春』| KADOKAWA

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