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レビュー

人々の溝に忍び込むホラー

 二〇一五年、第二十二回日本ホラー小説大賞を受賞した『ぼぎわんが、来る』(応募時のタイトルは「ぼぎわん」)。選考会でも高評価を獲得し、受賞作やその後の作品も話題となり、いまや著者の澤村伊智はホラーの新鋭として期待を一身に背負っている。なにがそこまで注目されているのかというと、なんといっても怪異の描き方の上手さ、そして構成の巧みさが図抜けているからだ。そしてその才能は、新作『ししりばの家』でも十二分に発揮されている。
 東京郊外の住宅街。〈僕〉の小学校の同級生家族が夜逃げした後、空き家となったその建物は幽霊屋敷と呼ばれていた。仲間に誘われて嫌々ながら忍び込んだ後、友人二人は不幸な人生を辿り、〈僕〉は引きこもりになった。その日一緒に行動していた同級生の比嘉琴子は、あの家の中で、「ししりば」という声を聞いたという。
 一方、地方から夫婦で東京に越してきた笹倉果歩は、仕事が忙しい夫に放っておかれ、退屈な日々を過ごしていた。ある日新宿で同郷の幼なじみ、平岩敏明に偶然再会。後日平岩が妻と祖母と暮らす郊外の一軒家を訪問するが、奇妙なことにその家の床にはうっすらと砂が積もっていたのだった。不審に思いながらも引き止められて長居しているうちに、女の人の泣き声が聞こえてきて……。
〈僕〉の視点と果歩の視点から交互に物語を読み進むうちに、読者は二人が不気味な体験をしたのは同じ場所に建った家だろうと察しがつくはずだ。だが、〈僕〉がこの家で見かけたのは小さな女の子の霊で、果歩の前に現れたのは長い黒髪の若い女性。そこに繋がりはあるのか——と思ったら二転三転してページをめくる手が止まらなくなる。とにかくあまりに怖いので、解決するまで気が気でなくなってしまうのだから、一気読み必至とはこのことだ。
『ぼぎわんが、来る』の時も、怪異の実像をなかなか明かさないことで恐怖を煽るテクニックが冴えていたが、本作も〝ししりば〟の具体的な像や来歴が見えてこずに恐怖心を煽る。ただ、それ以上に、その化け物が何を企んでいるのかが分かった時は、もう……心底ぞっとする。
 興味深いのは、ただ怖さを煽るだけではなく、現代人の家族の在り方の難しさを問う内容になっていることだ。思えば『ぼぎわんが、来る』でも、周囲からすると〝イクメン〟に見える夫の落とし穴が描かれている点が強烈な印象を残していた。本作でまず気に障るのは果歩の夫だ。仕事が忙しく妻のことはなおざりなくせに、彼女が外に働きに出ることは許さない。どうせ子どもが出来たらすぐ辞めるからというのが理由だが、決して出産計画を立てているわけではない。このあたりの男の独善的な物言いのなんとリアルなこと。さらに、平岩家を包む不穏な空気の原因も、一部は夫にあったことが判明するのだが、この時も、彼の身勝手さにゾーッとした。そのように、どこかしらで気持ちがすれ違い、溝が生まれてしまっている人間同士の間に、すーっと怪異が忍び込むのが澤村ホラー。もしかすると読者の意識下の恐怖心を呼び起こしているのは、身近な人と分かり合えない虚しさの、こうした生々しい描写なのかもしれない。
 ところで比嘉琴子は、『ぼぎわんが、来る』や『ずうのめ人形』にも登場する霊能力者だ。今回は〈僕〉のパートで小学生時代の彼女も登場しているのだが、かなりの地味っぷりで、こんな子だったのか……! となんだか愛おしくなってしまう。妹の比嘉真琴にも少しだけ言及されているが、それにしてもこの比嘉家、どんな壮絶な運命を辿っているのであろうか。怪異の正体と同じで、著者はこの姉妹についても、なかなか全貌を見せないつもりだろうか。いずれにせよ、この姉と妹のカップルは、今後も著作のなかでお目にかかれそうなので、楽しみである。


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