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レビュー

遺体の顔にはピエロのメイクが施されていた――『県警猟奇犯罪アドバイザー・久井重吾 パイルドライバー』

 二〇〇〇年代は警察小説が隆盛を誇った時代であるといっても過言ではなく、その隆盛は現在も続いているといってもいいだろう。少し古いデータだが、二〇一二年に刊行された「この警察小説がすごい!」(宝島社)のメイン企画である警察小説オールタイムベスト20を見てみよう。ランキング第一位の横山秀夫『第三の時効』以下、佐々木譲『警官の血』、今野敏『隠蔽捜査』、黒川博行『悪果』、貫井徳郎『後悔と真実の色』、香納諒一『贄の夜会』、西村健『地の底のヤマ』、雫井脩介『犯人に告ぐ』、誉田哲也『ジウⅠ警視庁特殊犯捜査係』など、二〇〇〇年代に入ってからの作品が多くランクインしている(複数作品がランクインしている作家もいるが、一作家一作品を挙げた)。
 ジャンピングボードとなった作品、文学賞を取った作品、ベストセラーを記録した作品など、作家自身にとって大きな転機となった作品が並ぶだけではなく、警察官が事件を捜査するという警察小説の基本的な枠組みを押しひろげた作品が多いことも、このジャンルに詳しい読者ならご理解いただけると思う(これらの作品を未読の方は、ぜひご一読されることをお勧めする)。ジャンルの流行によって優れた書き手が集まり、マンネリを潔しとしない創意工夫によって、警察小説という一ジャンルが発展し続けている現況を感じ取れるだろう。
 警察小説は「英語でpolice proceduralという。警察の実際の集団捜査をさまざまな情報を取り入れた形で再現したミステリーで、常に特定の個人の警察官が名探偵として活躍するのではなく、警察組織の中でさまざまな捜査員が事件ごとに主役として活躍するものである」と権田萬治は『日本ミステリー事典』の中で定義をしている。一九四五年にローレンス・トリートの『被害者のV』で試みたのが最初といわれており、一九五六年のエド・マクベインの『警官嫌い』から始まった87分署シリーズで完成を見たとある。
 トリートが先鞭せんべんをつけマクベインが完成させた方式をわが国で踏襲したのが、一九六八年の『新宿警察』から始まる藤原審尓の新宿警察シリーズだろう(電子書籍で十巻が刊行されているので、お勧め)。現在ではこれらの警察捜査小説に加え、逢坂剛の禿鷹シリーズなどの悪徳警官ものや、警察組織内の一匹狼という、ハードボイルド小説のヒーローに近い大沢在昌の新宿鮫シリーズなど、特定の警察官キャラクターを中心に描く作品も目立つ。つまり集団捜査を主体に描くだけでなく、シリーズの中心となるキャラクターを据えた上で、ある程度現実に近い警察の捜査活動に則って進んでいく作品群を多く含むのが、現代の警察小説というジャンルなのだ。
 そしてここにまた一人、このジャンルに才能ある書き手が登場した。長崎尚志である。それほど漫画業界に詳しくない筆者でも、この名前は知っていた。元漫画雑誌編集者であり、現在はフリーの漫画原作者である。最も有名なのは原作や脚本、スーパーバイザーとして漫画家の浦沢直樹と組んだ仕事の数々だろう。『MASTERキートン』、『MONSTER』、『20世紀少年』、『PLUTO』、『BILLY BAT』……。連載をリアルタイムで読んだり、全巻を単行本で揃えている作品ばかり。どれもが忘れがたい傑作である。
 その漫画界の寵児が小説の分野に打って出たのが二〇一〇年に刊行された『アルタンタハー東方見聞録奇譚』(講談社)だった。編集者とクリエイターとの関係に言及したり、歴史への強い興味がうかがえる、宝探しを中心にした二中編が収録された作品集である。
 長崎尚志が一躍ミステリーファンの注目を集めたのは、その二年後に上梓された『闇の伴走者』(現・新潮文庫)からであろう。サブタイトルに《醍醐真司の博覧推理ファイル》とあるように、フリー漫画編集者の醍醐だいごが、元警察官の水野優希みずのゆきとコンビを組んで、漫画家の画稿をめぐる謎と、過去の連続女性失踪がからみ合った事件を解決していく。ジャンクフードをむさぼり喰らう、容貌魁偉ようぼうかいいで傍若無人な醍醐の存在が強烈な印象を残すとともに、醍醐の漫画に対する深い知識と、さまざまな物事に関する博覧強記ぶりによって事件に肉薄し、意外性に満ちた真相をあぶり出す傑作だった。
 二〇一五年にはシリーズ二作目の『黄泉眠る森』(現・新潮文庫、文庫化に際し『邪馬台国と黄泉の森』と改題)が刊行された。全四話からなる短編集なのだが、最終話に第一話の人物が関係する事件が再浮上し、連作長編とも読める変則的な構成を持った作品である。タイトルからもわかるように邪馬台国をめぐる歴史的な考察のほかに、映画に対する蘊蓄もたっぷりで、《博覧推理ファイル》というサブタイトルが伊達ではないことを証明している(なおシリーズ三作目『編集長の条件』(新潮社)も二〇一八年一月に刊行されている)。
 この二作の醍醐シリーズに続いて、翌年の二〇一六年に書き下ろし作品として刊行されたのが本書『パイルドライバー』なのである。
 神奈川県横浜市の住宅地で凄惨な事件が起きた。四十一歳と三十八歳の夫婦と九歳の男児の一家三人が、侵入犯によって惨殺されたのだ。凶器は刃渡り三十センチはある特殊な形状の大型刀で、夫婦は身体中を何カ所も刺されていた。現場には物色された跡があり、壁には家族のものではない血染めの手形あとがあった。さらに犯人のものと思われる血まみれの衣類など、大量の遺留品も残されていた。そして、三人の被害者の顔にはピエロのようなメイクが施されていたのだ。
 この手口を見た県警に衝撃が走った。十五年前に、近隣でそっくりな事件が起きており、しかも未解決のままだったのだ。県警本部は以前の事件の捜査に関わっていた退職刑事の久井重吾くいじゅうごを嘱託として採用する。久井とコンビを組むことになったのは、捜査一課の若手刑事・中戸川俊介なかとがわしゅんすけだった。だが久井は現在の事件ではなく、十五年前の事件関係者を中心に聴取を行っていく。はたして久井の狙いはどこにあるのか。
 六十二歳になる久井は「細面、切れ長の鋭い目。鼻は高いというより長い。唇は薄く酷薄そう。野生のキツネのような風貌」をしている。そして「百七十五センチの俊介より十五センチは高かった」という長身の持ち主なのである。まさに日本人離れしたキャラクターである。しかも身体は細いが筋肉質のいわゆる「細マッチョ」で、格闘にも長けている県警の名物刑事だったのだ。ホラー映画の大スターであったピーター・カッシングのような風貌を持った、スレンダーな総合格闘技選手。そんな風貌を想像しながら読んだものだった(はたして映像化された時、久井にふさわしい役者が日本にいるのだろうか)。
 タイトルのパイルドライバーとは、久井に付いた綽名あだなである。初対面の中戸川に、脳天唐竹割りを食らわしたこともあるので、てっきりプロレスの技かと思えばさにあらず、本来の意味である建設機械のくい打ち機のことである。久井は取り調べの天才で、訊問じんもんに際して彼の言葉が被疑者の脳天に響いたという逸話がある。そのことに由来するニックネームなのである。
 久井は事件を解決することが好きで好きでたまらない性分で、それ以外にはなんの興味も持てない男だ。そのため早くから家庭は崩壊していた。そんな久井を指して、離婚後に亡くなった妻は、軽蔑を込めた笑いを浮かべながら「あなたは人が残酷な目に遭ったり不幸な目に遭うと、生き生きしてくるのね」と指摘したこともあった。実は大学では心理学を専攻したインテリで、退職後は家で心理学の専門書を読んでいる。だがそれは事件解決の場から離れてしまったことの代替行為でしかなく、もちろん彼の無聊ぶりょうを慰めることにはならないのだ。
 だが外見とは似合わず、事件関係者には深い洞察力をもって対峙する。中戸川は昔の事件関係者の偽善的な態度や自分勝手な言い分を見て憤慨するが、それに対して久井は「お前は刑事として、人間の表に出た醜悪な部分ばかり見ているんじゃねえの」「もちろん、あいつらはいやなやつらだよ」「しかし刑事ってのはさ、わずかに残った人間の裏の……むしろ、いい部分を見つけてやる職業なんだぜ」という言葉をかけるのだ。
 一方の中戸川俊介巡査部長は久井とは正反対の今どきの若者だ。交番勤務の時に組み入れられた殺人事件の捜査で、犯人逮捕に貢献した功績によって県警の捜査一課に抜擢されたのだ。だが警察官になったのも成り行きで、父親が大きくした家業の豆腐製造業を継ぐために辞表を出すタイミングをうかがっているという、敏腕とはほど遠い三十歳の若手刑事である。
 この二人のコンビの行動がメインになって物語は進んでいく。久井と中戸川はいわば遊軍的な立場で動くのだ。だがもちろん背後には大勢の捜査員たちの捜査も存在する。このような脇役がもたらす情報も取り入れ、警察捜査小説の味わいを加えながら、二人は現在と過去の二つの事件に肉薄していくのである。さらに二つの事件の真相の裏に横たわる「闇」をめぐり、警察上層部の駆け引きがからんだ人間模様も物語の重要なファクターとして浮かび上がるのだ。
 このように本書は引退した伝説のベテラン刑事と駆け出し刑事の相棒小説であり、若手の成長小説であり、警察捜査小説であり、警察内部の人間模様の相克を描く組織小説であるという、欲張った作品なのだ。しかも二人が暴いた「闇」のスケールは一個人や一組織が抗えないようなスケールなのである。この「闇」が浮上した時、さすが『MONSTER』や『BILLY BAT』の原作を書いた作者である、と深くため息をついたものだ。
 長崎尚志は「マンガの場合、スジを優先するとキャラが薄くなり、キャラを優先するとスジが薄くなる(中略)でも、小説ならどちらも成り立たせることができる」(『黄泉眠る森―醍醐真司の博覧推理ファイル―』刊行記念特集インタビュー、新潮社「波」二〇一五年四月号)と語っていた。本書は二つの類似事件の関連と意外な真相という「スジ」と、個性的な二人の「キャラ」の創造という二つの要素を拮抗させて、ストーリーの面白さだけに流されない、厚みのある物語を構築することに成功している傑作なのだ。
 二〇一八年四月には続編の『ドラゴンスリーパー』(KADOKAWA)が上梓されている。捜査のイロハを教わった先輩が残虐な方法で殺され、久井は嘱託として再び中戸川とコンビを組む。やはり過去に起きた未解決の幼女殺人事件、中国系日本人の惨殺事件がからんだ国際的なスケールの謎が待ち構えている。
 漫画界だけでなく、小説の世界でも長崎尚志は目の離せない存在となった。それを証明する傑作が本書なのである。


>>長崎尚志『県警猟奇犯罪アドバイザー・久井重吾 パイルドライバー』


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