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レビュー

叙述トリックの魔術師からの挑戦状!反転の妙技8連発に、あなたの頭脳はついていけるか『女が死んでいる』

 本書『女が死んでいる』は、貫井徳郎ぬくいとくろうの五冊目の短篇集である。しかも、表題作以外の七篇は、いずれも著者の単独著書に入るのは初めてだから、実質的には、ほぼ文庫オリジナル作品集といっていい。
 一九九三年、第四回鮎川哲也あゆかわてつや賞の最終候補となった長篇『慟哭どうこく』を十月に東京創元社から刊行してデビューしてから、本書が刊行される二〇一八年八月まで、その作家活動は二十五年に及ぶが、長篇作品三十一作に対して、短篇集四冊は、あまりにも少ない。
 その一覧は、こうだ。

  •  A 崩れる 結婚にまつわる八つの風景 97年7月 集英社 → 00年7月 集英社文庫 → 11年3月 角川文庫
  •  B 光と影の誘惑 98年8月 集英社 → 02年1月 集英社文庫 → 10年11月 創元推理文庫
  •  C 被害者は誰? 03年5月 講談社ノベルス → 06年5月 講談社文庫
  •  D ミハスの落日 07年2月 新潮社 → 10年3月 新潮文庫 → 16年9月 創元推理文庫

 Aは副題にもある通り「結婚」をテーマにした作品集、Bはトリッキーな四つの作品をまとめた中篇集である。Cはミステリ作家・吉祥院慶彦きっしょういんよしひこが探偵役、後輩の桂島刑事がワトソン役を務める連作、Dの収録作品は、すべて海外を舞台にしている。
 こうして見ると、テーマ、スタイル、キャラクター、分量などに統一感を持たせた作品集ばかりであり、本書のようにバラエティ豊かな中・短篇が並ぶ本は、一つもないことが分かる。当然、そこには著者自身の意向が強く働いていたはずだ。
 おそらく貫井徳郎と同じ方針の持ち主だったと思われるミステリ作家の都筑道夫つづきみちおは、短篇集『アダムはイヴに殺された』(80年4月/桃源社)のあとがきで、こう述べている。

 一冊分たまりましたから、本にしました、というような短篇集は、つくりたくない。そんなことを考えていると、どうしても、はみ出す作品が出てくる。長いあいだに、それが一冊分になって、桃源社が持っていった。近年の作もあれば、二十年まえに書いたものもある。それでも、本にするのは、いずれも初めてのはずで(以下略)

 解説を書くために本書の収録作品を知らされた時、まっさきに思い出したのが、この短篇集であった。まさに本書も「近年の作もあれば、二十年まえに書いたものもある」うえに、「本にするのは(表題作以外は)初めて」だったからだ。
 貫井徳郎も都筑道夫と同様、デビュー当初から完成された「上手い」ミステリ作家であった。読者を騙すためのテクニックに全力で磨きをかけてくるタイプの書き手であり、記述に工夫を凝らして読者に事実を誤認させる「叙述トリック」を得意としたのも、「どんでん返し」の名手であることが強調されがちだったのも、その現れといえる。
 だが、ひとつの事件に対してすべての章でちがう解決を提示してみせる『プリズム』(99年10月/実業之日本社→創元推理文庫)で技巧の極致というべき実験精神を発揮してからは、その方向性に若干の変化が現れたように見える。
『神のふたつの貌』(01年9月/文藝春秋→文春文庫)、『追憶のかけら』(04年7月/実業之日本社→文春文庫)、『空白の叫び』(06年8月/小学館→文春文庫)と並べてみれば明らかなように、まずは物語の圧倒的な熱量で読者を作品世界に引きずり込み、しかる後に作中にミステリとしての仕掛けを施す。つまり、小説としての面白さが、トリックの効果を最大限に発揮するためのブースターとなるようなスタイルである。推理小説の「推理」の部分を前面に出すか、「小説」としての部分を前面に出すかの違いといってもいい。
 従来、トリック重視の本格ミステリにおいては、意外性こそがもっとも大切とされ、物語としての面白さ、読みやすさは多少犠牲にしてもやむを得ない、とする風潮があった。例えば古典的名作のひとつ、島田荘司しまだそうじ『占星術殺人事件』は冒頭に素人の書いた(という設定の)手記が数十ページにわたって置かれていて、読みにくいことこのうえない。むろん、ミステリ・ファンは、そのパートの後に奇想天外なトリックが堪能できると知って(期待して)読み進むわけだが、当の島田荘司自身が、現在では、ああいう書き方はしないだろう。
 推理小説の「小説」の部分に力を入れる、と文章で書くのは簡単だけれど、実際に作品として完成させるとなると、大変な力量が必要となるであろうことは、容易に想像がつく。だが、その困難を達成したからこそ、『後悔と真実の色』(09年10月/幻冬舎→幻冬舎文庫)が第二十三回山本周五郎賞を受賞したり、『愚行録』(06年3月/東京創元社 →創元推理文庫)、『乱反射』(09年2月/朝日新聞出版→朝日文庫)、『新月譚』(12年4月/文藝春秋→文春文庫)、『私に似た人』(14年4月/朝日新聞出版→朝日文庫)が次々と直木賞にノミネートされたりと、一般の文学賞でも評価されるようになったのである。
 現在、貫井作品の新作を楽しみにしている読者の中には、特にミステリ・ファンという訳ではなく、単に、「面白い」からこの作家が好き、という人が、大勢いるはずだ。それは、かつて、多くの推理作家が目指した理想の境地でもあるのだ。

 本書の表題中篇は、A5判ソフトカバーの書下し単行本として刊行されたもの。小説と写真のコラボによる「ダ・ヴィンチ ビジュアルブックシリーズ」の第一弾で、お笑いコンビ・ライセンスのひとりで俳優としても活躍する藤原一裕ふじわらかずひろのカラーグラビアがふんだんに収録された洒落た一冊であった。小説自体も藤原をモデルとして書かれているが、本書では小説部分のみの収録となっている。
「女が死んでいる」は文庫本の組だと八〇ページ足らずなので、単独で文庫化は出来ない。そこで未収録作品七篇が加えられたのだろうが、この増補分が三〇〇ページを超えるというサービスぶりに驚くし、うち五篇までが九七年の作品であるのも面白い。
 初出誌のうち「EQ」は光文社のミステリ専門誌で、現在の「ジャーロ」の前身である。「憎悪」の掲載時には、「作者のことば」として以下のコメントが添えられていた。

 小さい頃からミステリーが好きでした。  初めて読んだのは、忘れもしない子供用にリライトされた『813の謎』。面白いなぁと思いながら読みすすめ、そして最後にあの犯人を明かされたときは、大袈裟でなく人生が変わるほどの衝撃を受けました。結局、そのときの衝撃を忘れられず、こうしてミステリー作家になったのですから、やはり私の人生は『813の謎』にねじ曲げられたのです(笑)。  そんな私にとって、ミステリーに最も大事なのは《驚き》です。テーマもキャラクターもそれは大事でしょうが、ミステリーに欠かすことのできないのは、『813の謎』を読んだときに受けたあの衝撃だと思っています。私の書く作品はどれも、閉ざされた空間内の事件ではないし、神の如き名探偵も登場しません。むしろテイストとしては、従来そういった遊び心に満ちた作品とは水と油と見られていたものです。それでも私は、ミステリーが大好きです。読者を騙してやろうという努力を常に続けていこうと思っていますが、さて、果たしてうまく引っかかっていただけますでしょうか。

 九〇年代の作品が多くを占めたことによって、本書は、どちらかというと初期の、どんでん返しを多用していた頃の作風に近い印象を受ける一冊となっている。したがってこのコメントは、単に「憎悪」一篇に対してのものというだけでなく、本書全体に通じる著者の決意表明とも読める。
 あと一篇、「殺人は難しい」については特に触れておかなくてはならない。これはケータイ小説とコラボしたNHKのミステリ・ドラマ「探偵Xからの挑戦状!」のために書かれたもの。メールマガジンに登録すると、六日間毎日、問題編となる小説が配信され、最終日には犯人を推理して投票することができる。七日目に解答編となるドラマが放映され、そこで正解者数が発表されるというもの。
 本篇の場合は、犯人が最初から分かっている倒叙形式なので、「犯人はどこでミスをしたのか?」と、その理由を当てさせるのが問題であった。投票者の総数は九二五八人。そのうち理由まで含めて正解したのは八三〇人であった。
「殺人は難しい」はSeason3の第一話として、二〇一一年四月二十一日に解決編が放映されたが、この放送は地震によって中断されたため、二十七日の深夜に改めて放映がやり直された。配役は、妻が内田亜希子うちだあきこ、夫の拓馬たくまが永岡佑であった。
 原作小説は、北村薫きたむらかおる「ビスケット」、米澤穂信よねざわほのぶ「怪盗Xからの挑戦状」、島田荘司「ゴーグル男の怪」の三篇と共に、小学館文庫のアンソロジー『探偵Xからの挑戦状!3』(12年5月)に収録された。前述したように、著者自身の作品集に収録されるのは、今回が初めてとなる。

 都筑道夫が(そして、おそらく貫井さんも)「一冊分たまりましたから、本にしました、というような短篇集は、つくりたくない」と思ったのは、逆に言うと普通は「一冊分たまれば本になる」ものだからだ。
 都筑道夫は短篇をため過ぎたおかげで、七四年から翌年にかけて、桃源社から「都筑道夫新作コレクション」というシリーズを五冊も出して、一気に単行本化したことがある。(『アダムはイヴに殺された』は、このコレクションからも漏れていた短篇をまとめたもの)
 実は貫井さんにも、まだ三十本近い単行本未収録短篇が残っていて、二冊か三冊の短編集は余裕で作ることができる。どんなにいい作品であっても、本の形にならなければ、いずれは散逸してしまうものだ。本書を楽しまれた読者の皆さんならば、残る短篇も何とか書籍化してほしい、という筆者の希望に、必ずや賛同していただけるものと確信している。


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