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レビュー

「自由剥奪の刑」を下された男を支えたもの 『シベリア抑留最後の帰還者』

 絶望的な環境におかれたとき、人はどう生きるのか——。本書を読みながら、そんな問いがつねに頭に張り付いていた。
 シベリア抑留は、戦後ソビエト連邦が行った日本人に対する違法な強制労働である。約六十万人が拘束され、六万人が寒さや飢え、重労働で命を落とした。いかに過酷な生活を強いられていたかが想像できる。
 そんな抑留を生き抜き、最後の集団帰国船で帰った一人に、福島県出身の佐藤健雄さとうたけおがいた。南満州鉄道株式会社に勤務していた民間人。その佐藤が抑留期間中に家族と交わした五十二通のハガキを元に、あの抑留がどういうものだったかを描いたのが本書だ。
 シベリア抑留は国際法違反だが、ソ連は手紙などを検閲し、実情を表沙汰にするのを避けてきた。日本政府やアカデミズムも実態解明に取り組んでこず、「体系的かつ継続的な研究はない」のが実情だった。毎日新聞学芸部の著者はこの問題に十年以上取り組んできた。そんな著者だからこそ、佐藤のハガキの重要さに気がついた。
 本書は、戦前の佐藤の生い立ちからソ連各地での抑留体験、その抑留期間の家族とのハガキの往復へと進むが、決して佐藤家だけの話にとどまっていない。多くの資料や著者自身の厚い取材経験からシベリア抑留の実態を広く解き明かしていく。
 衝撃的なのは抑留者の扱いだろう。
「飢えと極寒、重労働と日本人同士の相克という『四重苦』」に抑留者は苛まれた。パンの食べ残しはごちそうで、馬糞ばふんに含まれる麦の粒やウジ虫までも食べる振る舞いからは、人間の尊厳の極北を思い知らされる。一方、そんな過酷な状況にありながら、同胞も信じることができない。旧軍秩序を解体する「民主運動」も起きるが、抑留者には密告が奨励されていたからだ。
 一九五六年十二月の帰国まで佐藤は六カ所の収容所を転々とした。佐藤は恣意的な裁判にかけられ、「二十五年間の自由剥奪の刑」と判決を下されていた。四十九歳だった佐藤が判決をどのように受け止めたのか、その絶望は想像に難くない。

家族全員、無事に本土に帰国しているだろうか。

 
 家族の元に佐藤のハガキが届いたのは一九五二年夏。生死も不明だったので家族は驚き、喜んだ。そして妻はすぐに返事を書いた。

どんな苦しい時にも、どこかで貴夫が見守ってくださるようで、力づけてくれます。なにとぞ一日も早いお帰りを待つのみです。

 
 佐藤が送ったハガキは十七通、家族が送ったのは三十五通。次第に写真を送りあうようにもなるが、帰国までには至らない。一年あまり後、妻はハガキにこう記す。

私共、家の中でラジオで残留組の貴夫の氏名を発表された時は地獄の底に落ちる思いでした。子供の前では力をつけますが、一人になると涙が出て泣いてしまいます。

 
 結局、佐藤が帰国の途についたのは、一九五六年十月の日ソ共同宣言の二カ月後のことだ。日ソの国交は回復、抑留者も帰国できることになったが、北方四島の帰属の混迷など、その代償も払うことになったのは、いまわれわれが知る通りだ。
 行政の消極性も明かされる。厚生労働省が保有する佐藤の抑留者データにしても、著者が伝えるまで家族はその存在を知らず、請求によって開示された情報にも黒塗りがあったり。
 それでも本書を読み進める中、過酷な体験の中で浮かび上がるのは、人はどう生き、どう希望を抱くのかという根源的なあり方だ。非人道的な扱いを、自分だったらどう受け止めるのか。安否も不明な、長く便りのない家族にどう心を寄せればよいのか。読者は切実な重い問いを突きつけられていく。
 そして、その重さを感じるとき、歴史に埋もれたノンフィクションという枠を超えて、読者は何かを発見するだろう。そしてもう一つ。いつかは——。そう信じ続ける大切さもあらためて心に刻むことになるはずだ。


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