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レビュー

「踊る食、混交する世界」

 You are what you eat.
 という言い方がある。人は食べたもので出来ている、ということ。ブリア=サヴァラン風にいえば、「きみが食べているものを言ってみたまえ、きみがどんな人間か中てみせよう」。
 さて、さしもの食通サヴァラン氏でも、長坂道子さんのこの本に出てくる食べ物を聞いて、どんな人か中られるだろうか?

 ピクルスとマヨネーズで和えたライスサラダ、大根の短冊切りに貝割れを載せ、鰹節をふりかけ醤油をかけたもの、アーミッシュ集落に近いペンシルヴァニアの奥地で摘んだヨモギで作った蒸しパン、バハラットを使い鶏一羽まるごと蒸し焼きにする安息日の料理タビット、スイスの寒い午後、厚手の琺瑯のココット鍋で煮こむおでん、風邪のとき、簡便な中華スープの素で作る生モヤシと香菜たっぷりのフォ、つわりを救ったリージェントパーク近くのハイナニーズチキン(海南鶏飯)。

 イラクのユダヤ教徒の伝統的な料理もあれば、出自不明の創作料理(?)もある。ひとつの料理のなかにも、東洋と西洋、昔日と現代、いろいろなオリジンが混ざりあっている。トルコとアメリカ、パリと日本、ロンドンと東南アジア。長坂さんは雑誌編集部を経てパリ滞在、ペンシルヴァニア、ロンドン、チューリッヒ、ジュネーブと移住。夫はスイス育ちのイラク系ユダヤ教徒、義父はバグダッドでアメリカンスクールに通ったのち祖国を追われた難民、義母ベティはユタ州のモルモン教徒で、夫婦でスイスに永住した。ベティの父は故郷リトアニアでのポグロム(ユダヤ人迫害)を逃れ、ローデシア(現ジンバブエ)を経由して米国西部に渡ったユダヤ教徒だとか。

 食生活がバラエティ豊かなのは、作者自身あちこちに移り住み、家族が複雑なバックグラウンドを抱えていることもあるが、それぞれの土地で移民が郷土食をアレンジした「変奏」料理が登場するからでもある。これらはオリジナル料理からかけ離れていることも少なくない。かくして、前世はパリに住んでいたと感じる作者は、「移民のフォ」を食べながら、自分はヴェトナムからの政治難民としてパリに来たのではないかなどと夢想する。

 作者のイマジネーションと連想は自由奔放に羽ばたく。じゅうじゅういう牛ステーキが踊っているように見えると、話はタンゴ・アルヘンチーノに飛ぶ。アフリカからの移民労働者たちのダンスが現地のミロンガ音楽と融合し、東欧のマズルカの要素も混交して生まれたというタンゴ。それがベルエポックのパリで富裕層の若者たちを虜にしたという話題を経由し、「踊る」という言葉から、実にさまざまな料理がたぐりよせられてくる。「立ち食い蕎麦で熱いお湯に解き放たれて踊る蕎麦玉」もあれば、「おつゆの中で息をひそめるジュンサイ」、「ウンブリアの丘の店で大道芸人のようにおどけたダンスをする黒トリュフ」……。

 食べ物がなぜこんなに人を虜にするのか、その理由が「踊る肉とタンゴの男」の章には、端的に書かれている。「多くの踊りのモチーフは、誘惑と愛であり、別れや死である。/「踊る肉」はだからあんなに美味しいのだ〈中略〉シンプルな美味しさとは、これすなわち、交歓であり、気配であり、躍動である。食べ物など、いくら美味しくてもどのみち、すぐに消えてなくなってしまう。明日をも知れぬはかなさの中に、人は踊り、恋をし、〈中略〉束の間の美味しさを宿らせるものなのである」

 食の美味の正体をずばり指摘している。食べ物の魅力とは、生物のモータリティ(死すべき運命)の暗喩であること。死と接しているから、こんなに官能的でもある。
 ひとつの料理に、ひとりの人間、ひとつの民族、ひとつの共同体が歩んできた道のり、対立と融合が反映される。ちなみに、先に列挙した二番目の料理は、失恋の気力減退にてきめんに効くと紹介され、長坂さんが、よし、これを食べて元気になるぞ、と決意するところまでが書かれている。ほんとに食べたか、ほんとに効いたかは不明だ。


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