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レビュー

若き美貌の藩主はなぜその座を追われたのか。心の闇をめぐるミステリー

 作家生活三十周年を迎えた宮部みゆきの記念すべき作品だ。帯にはこうある。「サイコ&ミステリー長編作品」。しかし、時代小説である。ミステリーはともかくサイコとは? 一体どんな小説なのだろう。
 舞台は江戸時代。徳川綱吉の治世が終わって間もない宝永七年から始まる。舞台は下野(しもつけ)(栃木県)北見(きたみ)藩。名君だった前藩主が亡くなり、まだ二十代の若き藩主、北見重興(しげおき)が後を継いでいた。藩政そのものは安定していたが、一部に不協和音が起きていた。重興に重用された伊東成孝(いとうなりたか)が家老衆を差し置いて政務を取り仕切り、専横が目に余ったからである。しかし、唐突に伊東が失脚。それどころか、重興の病重篤による隠居が発表される。何が起きたのか。やがて明らかになったのは家臣たちによるクーデター「主君押込(おしこめ)」だった。
 若き藩主と野望を持った成り上がりの側近と、彼らに対抗する旧体制派や不満分子たちとの権力闘争を描いたお家騒動ものなのだろうか、と思いながら読んでいくと、まったく違う展開がまっていた。重興は事実、病気だった。それも心の病の。だとすれば、それはどんな病で、何が原因で、どうすれば快復するのか。たしかにこれは「サイコ」の領域である。
 しかし、時代小説であるため、科学的な解を一直線に求めるわけにはいかない。たとえば「御霊繰(みたまくり)」という解釈が登場する。御霊繰とは霊魂と遺志を通じ合わせる術であり、北見藩内のある村に住むその資質を持つ血脈に伝えられてきた。失脚した伊東は御霊繰が伝えられた村の出身であり、その秘術をよく知っていた。しかも、御霊繰を行う一族が根絶やしにされ、村が焼かれていた事実が明らかになり、新たな謎が生まれる。誰が何のために村を消滅させたのか。一方、長崎で蘭学を修めた若き医師が重興の治療に当たり、西洋医学的な見地から、病の原因は何なのかを探っていく。
 伝奇的な道具立てに、謎が謎を呼ぶミステリー、病の原因を探るという点では医療小説としての一面もある。さらには、暗殺さえいとわない忍びが暗躍し、アクション、サスペンスの要素もあって上下巻を一気に読ませる。『この世の春』は時代小説という器にさまざまな要素を盛り付けた創作料理のようだ。読者は一口ごとにさまざまな味を楽しむことができるだろう。
 そして何より、この物語を支えるのは登場人物の魅力だ。主人公の重興は聡明で美丈夫の若者。周辺の人々すべてが彼に好感を持ち、その窮状から何とか救ってあげたいと考える。重興が隠棲する五香苑(ごこう)で重興の世話をする武家の娘、多紀(たき)はこの物語のもう一人の主人公。姑から虐待を受け、離縁したという過去があり、重興への寄り添い方も深いものになっていく。そのほかにも、大火で家族を失い大やけどを負った少女お鈴や、「主君押込」に当たって責任を取り家老職を離れ、その後も重興を側で見守る石野織部(いしのおりべ)など、登場人物たちが背負っているものの重みが物語に複雑な陰影を与えている。
 これまでさまざまなジャンルに挑み、幾多の傑作をものしてきた宮部みゆき。『この世の春』は記念すべき年に書かれた、読者への贅沢な贈り物である。

『お文の影』
宮部 みゆき
(KADOKAWA)

時代小説にホラーや怪談、ミステリーの要素を入れた六つの短篇。怪奇現象を描く「博打眼」、怪異を利用しようとする「討債鬼」、しんみりとした余韻が残る「野槌の墓」など宮部時代小説のバラエティの豊かさがよくわかる。人気シリーズのキャラクターも登場する。


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