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レビュー

小惑星探査機「はやぶさ」に結実する技術と、それを支える良心の系譜『銀翼のアルチザン』

【カドブンレビュー10月号】

地球の引力圏を離れて宇宙を航行、他の天体に着陸してサンプルを採取し、地球に帰るという人類初の偉業を成し遂げた小惑星探査機「はやぶさ」。
このプロジェクトを統括した川口淳一郎氏の著書『カラー版 小惑星探査機はやぶさ』(中央公論)によると、「はやぶさ」という命名の所以にはさまざまな理由付けができ、“日本の宇宙開発の創始者である糸川英夫先生が戦時中、中島飛行機に在職していたときに開発した戦闘機「隼」”から、という説もそのうちのひとつにすぎないものだった。
しかし「はやぶさ」が2003年5月に打ち上げられた3カ月後、目標とする小惑星が「イトカワ」と命名された時から、「はやぶさ」の長い旅は、「隼」のルーツをたどるというシナリオに落ち着いた。
半世紀以上の時を経て、もう一度「隼」は生みの親である「糸川英夫」に出会うのだ。
7年後の2010年6月、「はやぶさ」は60億キロメートルにおよぶ旅を終えて地球に帰還した。

一式戦闘機「隼」。その設計者は「俺たちは絶対に死なせない飛行機を作るぞ」と願った。満身創痍となっても飛び続け、パイロットとともに帰還するように。

ではその設計者とは誰か。「イトカワ」の由来となった糸川英夫ではない。彼も確かに「隼」の開発チームのひとりだった。しかし中島飛行機の多くの図面に――もちろん「隼」のものにも――記されていたサインの主は「Yasushi Koyama」。中島飛行機技師長・小山悌。

中島飛行機は1917年に中島知久平らによって創業された。戦争の時代を背景に東洋最大の航空機メーカーにまで成長したが、終戦後解体された幻の大企業。
小山悌は中島のエース技師として九七式戦闘機(キ27)、一式戦闘機「隼」(キ43)、二式戦闘機「鍾馗(しょうき)」(キ44)、四式戦闘機「疾風」(キ84)などの設計を手掛けたが、メディアに登場することを嫌い、回顧録なども残していない。
本書は、日本の航空機産業と中島飛行機がたどった歴史を軸としながら、多くの資料と綿密な取材をもとに彼の足跡を追うノンフィクション・ノベルである。

外国依存の草創期、完全国産機を開発する自立期、ジェット戦闘機「橘花(きっか)」の初飛行にまで漕ぎつけた太平洋戦争期。日本の航空機産業の発展と終焉は、技師としての小山悌の人生に重なる。
時代は国家存亡の機。必死に設計し生産した飛行機は、最後には不本意ながら特攻で多くの若者を死なせ、平和への願いをこめた「富嶽」は完成しなかった。その後悔から戦後は復興に尽くし林業の研究を続け、生涯を一技術者として過ごした。彼の生き様は、自ら開発した零戦を雄弁に語り、航空界の神様のような存在となった三菱の堀越二郎と対照的だ。
影に徹した人生だが、飛行機王と呼ばれた稀代の実業家・中島知久平、型破りだが才気あふれる糸川英夫、日本初の女性水上飛行機操縦士となった松本キク、何度も墜落しては再び空へと飛び立ってゆくパイロット、共に道を歩んだ多くの技術者たちによって鮮やかに彩られている。

アメリカは戦後、占領下に置いた日本に航空機の生産、研究を禁じた。多くの技術者が空への夢を断たれたが、夢の跡からは更なる夢が芽吹き、それは純国産の新幹線、宇宙ロケット、人工衛星の実現となって花開く。自動車産業もそのひとつで、解体された中島飛行機の後身企業は富士重工業(現・SUBARU)となって今に至る。

人命が軽視された時代に、「パイロットの安全」を追求した小山悌の飛行機哲学は今も、SUBARUの安全性能追求と技術開発の根底に生き続けている。


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