文・門賀美央子
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ライブハウス「ドゥ・アップ」のホールは、かなり深い地下一階にある。白い漆喰みたいな壁の、わりと洒落た雰囲気の階段を下りていって、受付がある踊り場も通過してさらに下りて、今は開けっ放しになっている、あの分厚い黒い扉の中が、そうだ。(P289)

4月27日に出たばかりの新刊『あの夏、二人のルカ』のこんな一節がふと頭をよぎるライブハウスで、刊行記念イベント「誉田哲也 LIVE SHOW 2018」が開催されたのは5月13日のことだ。
知る人ぞ知る話だが、誉田哲也はかつてプロのミュージシャンを目指していた(この辺りの事情は著者自身が半自伝的小説と認める『レイジ』をご参照)。残念ながらその夢は叶わず、本人いわく“仕方なしに”小説家へと転身したわけだが、培われたギターやボーカルの腕、そして曲作りのセンスは文字通り玄人はだしだ。
『あの夏、二人のルカ』は、アラサー女性の自分探しパートとガールズバンドに熱中する女子高生パートの二つが絡み合って進む小説なのだが、女子高生たちがバンド活動中で経験するあれこれのリアリティが半端ではないのは、こんな事情あってのことなのである。
だから当然、刊行記念にふさわしいのはライブ。
ファン垂涎のイベント、とはまさにこのことだろう。

定刻は午後1時。会場には新刊を手にする人の姿も見える。
この日は、第一部が誉田さんの音楽友達で自らも音楽制作集団「inspire:tion」の一員である瀬木ヤコーさんとのトーク&セッション、第二部が誉田さんのレギュラーバンドである「誉田哲也&ザ・ストロベリーナイト」のライブ、第三部が『あの夏、二人のルカ』サイン会として構成されていた。
ほぼオンタイムで、第一部がスタート。
「こんにちは! 始まってしまいました」
口火を切ったのは瀬木さんだ。どうやら、瀬木さんが聞き手として話を引き出すという趣向らしい。実は瀬木さんの本職は共同通信の記者。インタビューはお手の物なのだ。
はじめに二人の馴れ初めや、一緒に音楽を楽しむようになった経緯が語られた後、一曲目の「Any Longer」の演奏が始まった。
2本のギターが奏でる哀愁を帯びたアップテンポのメロディに重なる、誉田さんの艷やかなボーカル。高すぎも、低すぎもせず、フワーッと伸びて耳に届いた後、空中に引き返してそこですっと消えていくような、不思議な歌声だ。ギターのカッティングはハードなのだが、なぜか切なくも穏やかな空気がライブハウスを包む。
二曲目は一転語るように歌われるバラードの「no man's land」。ファンならこのタイトルに目を奪われるだろう。そう、誉田さんの代表作「姫川玲子」シリーズの一作と同じなのだ。
タネ明かしすると、誉田さんは自作小説からインスパイアされた曲を多く作っていて、当日演奏されたものの中にも複数含まれていた。単に曲を楽しむだけでなく、小説世界との関連を想像できるなんて、とても贅沢な話ではないか。
次のMCでは、いよいよ新刊の話題に。
これまでの音楽小説ではプロ直前やプロデビュー後のミュージシャンを主人公にしてきたが、今回はバンドを始めたばかりの時期の話を書いてみたかったこと、そこにアラサー男女が距離を縮めていくストーリーを絡ませたことなどなど、制作秘話が語られる。
瀬木さんは「バンドがコミュニティであることがとてもよく表現されているのと同時に、自己形成の途上にいる女の子たちの瑞々しい初期衝動が描かれた物語に、心揺さぶられつつも気持ちよく読んだ」と感想を述べた。観客の中には、その言葉に深く頷く姿も。
最後はinspire:tionの「tiny dance」をカヴァー。透明感のある曲で第一部が閉じられた。
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そして、第二部。ザ・ストロベリーナイトはギター&ボーカルの誉田さんの他、ベースのチハラヒデユキさんとドラムスのノジリオサムさんのトリオ・バンドだ。このシンプルな編成が成り立つのは、プレイヤー一人ひとりの確かな技術があってこそ。全曲誉田さんの作詞作曲で、全体的にはミドル・テンポのストレートなロックが多いが、曲によってはファンキーだったり、優しいフレーズが印象的だったりと、初見でも十分楽しめる。
とりわけ、今回見どころだったのは『あの夏、二人のルカ』の物語から生まれたという「Sweet Dreams」と「Love can not」の二曲だった。作中では両曲ともにメインキャラクターであるヨウが作ったオリジナル曲という設定になっている。

  誰かが求めれば 誰もが求めるだろう
  憂う言葉は届かないだろう
  綺麗事を並べて 夢を見ていればいい
  世界は愛では救われない
  (Love can notより)

  あなたの前で その目の前で
  世界は壊れ始めている
  その手を伸ばしても 届くところに
  愛する誰かはいない……
  (Sweet Dreamsより)

天才肌だが不器用で、“世界”との関わり方に悩み惑う高校生のヨウが、やり場のないイラつきと、居場所を渇望する心をぶつけて生まれた曲だ。歌詞は、キャラクターの声に耳に傾けた末に生まれたのだろうか。
聞きながら、ふと思った。ヨウたちのバンド「RUCAS」の演奏は、きっともっと稚拙だったはずだ。だが、伝える力はどうだっただろうか……。フィクションの中にしかいないはずの少女たちの息遣いが聞こえたような、そんな瞬間だった。
そんなわけで、今回演奏されたのは全11曲。アイドルをイメージしたという「Only Girls」をはじめ、各曲にはすべて何らかの背景があるという。物語世界をより深めてくれるサウンドに浸る楽しさは格別だった。
今回のライブを逃したあなたも、ライブは時々開催されるからまだチャンスはある。情報はTwitterのバンド公式アカウント「誉田哲也&ザ・ストロベリーナイト」@T_Honda_E3で得られる。誉田作品のファンなら、ぜひ一度はこの音楽を体験してみてほしい。
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