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レビュー

金融市場にカリスマがいた頃

 最初に断っておくと、私が投資に夢中になっていたのは一九九〇年代だからずいぶん前のことだ。きっかけはビル・ゲイツの本を読んだことで、「世の中にこんな天才がいるのなら、彼が経営する会社に投資すればものすごく儲かるのではないか」と思いついた。さっそく日本でいちばん大きな証券会社の支店にマイクロソフト株を買いにいったのだが、「そんな株扱ってませんよ」と笑われ、追い返された。
 この体験から、「世界じゅうの商品が輸入できるのに、なぜアメリカの株は買えないのだろう」と疑問に思った。その当時はインターネット・ビジネスの黎明期で、アメリカではじめてのオンライン証券会社が誕生したばかりだった。試行錯誤でそこに口座を開き、念願のマイクロソフト株を買ったのがはじめての投資体験だ。
 その頃から金融市場に興味をもっていろいろ調べはじめたのだが、この本に登場するジェシー・リバモア、ジョージ・ソロス、ジム・ロジャーズ、フィリップ・フィッシャー、ピーター・リンチ、ウォーレン・バフェット、ベンジャミン・グレアムは当時からカリスマだった。それが二十年たったいまも「伝説の7大投資家」なのは、彼らの実力が抜きん出ていると同時に、それ以降新しい「伝説」が生まれていないことも示している。
 金融取引というのは、煎じ詰めれば、金融機関のサーバーに格納された電子データを別の金融機関のデータに転送することで、金融業は純化した情報産業だ。テクノロジーの急速な進歩によって、「データ交換」はますます安価かつ高速に行なわれるようになった。
 ジェシー・リバモアのような伝説的な投機家は、市場の歪みをいち早く見つけ、大きなリスクをとってそこに大金を賭けるギャンブラーだ。だがムーアの法則で半導体の集積密度が一年半ごとに倍になると、数学や物理学の博士号を持つエリートたちが市場の歪みをコンピュータで監視することが可能になった。こうしてHFT(超高速取引)のヘッジファンドが続々と登場し、トレーダー=ギャンブラーたちを駆逐していった。
 それに対してウォーレン・バフェットのような長期投資の戦略は、四半期ごとに市場平均を上回る利益を出さなくてはならないヘッジファンドでは使えないから、高度化する金融テクノロジーにも対抗できた。だがこれも、市場全体に投資するインデックスファンドのコストが大幅に下がったことで、高い成績をあげることが難しくなってきた。アクティブファンドの最高峰はいまだに一九八〇年代のマゼランファンドで、近年のファンドマネージャーはインデックスファンドにほとんど勝てない。
 もちろんだからといって、「伝説の投資家」たちの投資手法が役に立たなくなったわけではない。個人の資産運用は数十年という超長期にわたるから、「よい株を長く持ちましょう」という格言はまだ有効だ。——というよりも、言い古されたこの格言だけが、AIがトレードする時代になっても生命力を保っている。
 本書の魅力は、資産運用についてのアドバイスにも増して、「伝説の投資家」たちの人間味にある。私が魅かれるのは〝ヘッジファンドの帝王〟ジョージ・ソロスで、この本には出てこないエピソードをひとつ紹介したい。
 ハンガリーでナチスのユダヤ人虐殺を逃れ、アメリカで大富豪となったソロスは、それでも自らの人生に満足できなかった。中年の危機に陥ったソロスは、四十八歳のときに妻子を置いて家を出て、小さな家具つきアパートを借り、そこに服を詰めた数個のスーツケースと何冊かの本を運んだ。
 その後、ソロスは近くのテニスコートで知り合った若い女性と再婚することになるのだが、ソロスから「自分はウォール街で成功した富豪だ」と打ち明けられたとき、彼女は「絶対ペテン師だと思ったわ。小銭も持っていない男だってね」と決めつけた。
 それほどまでに、ソロスのアパートは質素だったのだ。


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