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レビュー

作家としての将来性を感じる、小説デビュー作!! 『よたんぼう』

 小説は内容を知らずに読んだほうが絶対に面白い。たとえば本書、かつら歌蔵うたぞう『よたんぼう』は、三分の二までは普通の小説だ。いいのかね、こんなこと書いちゃって。ま、いいや。いや、少しだけ補足しておく。
 三分の二のところまでは、若き落語家の奮闘記で、それなりに読ませることは書いておかなければならない。私は落語界の決め事などに詳しくないので、修業がこんなに厳しいとは知らなかった。プライベートがまったくないのだ。鏡介きょうすけの師匠である鏡生きょうしょうが特に礼儀作法に厳しい人であったという事情もあるかもしれないが、これでは次々に前座がやめていっても無理はない。そういう前座の日々を、丁寧にわかりやすく書いていくから、興味深いのである。二つ目になってからは、やや派手な日々になる。テレビに出るようになるからだ。酒も覚え、遊びも覚え、破天荒な生活を送るようになり、師匠から破門される。ここまでで三分の二。ルール違反をおそれずに、なんと、全体の三分の二までの内容を紹介してしまったが、本書の場合は特別に許されると判断する。
 というのは、このあとが予想外の展開になるのだ。私は何も知らずに読み進めたので、なにこれ! と楽しくなった。だから、出来れば帯の惹句などは読まずに(どういう帯コピーがつくのかは今の段階ではわからない)、いきなり読み始めることをすすめたい。
 ラスト三分の一の怒濤の展開こそが本書の読みどころである。それをここに紹介してしまったら、読書の興を削いでしまうので我慢するけれど、ヒントがないこともない。
 本書の冒頭は、「噺家を生業にして、こんな地方の演芸場にまるでヤモリのようにへばりついて生きている」主人公のところに、かつての兄弟子・風月亭ふうげつてい鏡扇きょうせんが訪ねてくるシーンである。鏡扇は言う。「師匠がな、亡くなったんだよ」。で、師匠の自宅を訪ねていくことになるのだが、初めて師匠の家にやってきた十五歳のときのことを(それは二十六年前だ)思い出して、回想が始まっていく。
 つまり、師匠が亡くなったこと、福島県郡山こおりやま市の演芸場で昼から夜まで一人で落語をやっていること(客は右半身が不自由な八十代後半のじいさんとその介護をつとめる六十代の娘さんだけだ)が、最初から読者には知らされている。
 師匠に破門されたところから、どうやってこの郡山の演芸場にたどりついたのか。その間のドラマを描いたのがラスト三分の一なのである。この構成がうまい。
 落語家の書いた小説としては、立川たてかわ談四楼だんしろうの数々の傑作がある。特に、『シャレのち曇り』『ファイティング寿限無』の二作は今も記憶に残るほど鮮やかだ。立川談春だんしゅんには『赤めだか』というエッセイというか私小説というか絶妙な作品がある。話芸の名人たちは文章を書かせても名人なのである。
 こういう偉大な先達の作品に比べると、桂歌蔵の本書はまだ甘いと指摘されても弁護しにくい。気になる箇所もあるのだが、なあにこまかなことを気にすることはない。なんといっても、これが小説のデビュー作なのだ。いまは欠点をなくすことよりも、美点を全開することに集中したほうがいい。
 いまはこれだけを書いておく。兄弟子の鏡扇を始めとする人物造形の見事さに、作家としての将来性を感じることが出来る。前述した構成のうまさもその一つだ。あるいは出番は少ないものの、きらりと存在感を示すイメクラ嬢の花凜かりんもいい。初めての小説で、ここまで書けるのなら将来が楽しみだ。
 ちなみに書名になっている「よたんぼう」とは、江戸言葉で酔っぱらいという意味だそうだ。だから最後にこう言い換える。本書は、いつも酒に逃げていた男が逃げることをやめ、自分の人生に真摯に向き合うまでの話であると。いつかこの作家が傑作を書いたとき、デビュー作を読んだことを思い出すに違いない。その日が来るのが楽しみだ。


書誌情報はこちら≫桂歌蔵『よたんぼう』


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