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レビュー

ミステリの帝王はホラーも怖い! 15年ぶりの新文庫『丹夫人の化粧台 横溝正史怪奇探偵小説傑作選』

 編者解説

 横溝正史の新編集本が角川文庫から出るのは、一九九三年のエッセイ集『金田一耕助のモノローグ』以来、十五年ぶりということになる。作者の名前や、名探偵・金田一耕助の生みの親であることは知っていても、日本ミステリ史の中でどんな役割を果たした作家であるのかまでは、ご存じない方も多いかも知れない。
 横溝正史は一九〇二(明治三十五)年、神戸に生まれた。小学生の頃から三津木春影、黒岩涙香らの探偵小説を愛読、中学時代には古書店で海外の探偵小説雑誌を買い集めるほどのマニアであった。自分でも短篇を執筆してさまざまな雑誌に投稿、一九二一(大正十)年には「恐ろしき四月馬鹿エイプリル・フール」が博文館の月刊誌「新青年」の四月号に掲載されている。江戸川乱歩が同誌に「二銭銅貨」を発表してデビューするのが二三年だから、いかに早かったかお分かりいただけるだろう。
 家業の薬種業に従事する傍らアマチュアの投稿作家として活動し、二六年に最初の著書『広告人形』を刊行している。この年、江戸川乱歩の勧めで上京して博文館に入社、編集者と作家の二足のわらじで活躍する。この時期の作品は、本格推理、サスペンス、恐怖小説からユーモアものまで幅広い。
 一九二七(昭和二)年には早くも「新青年」の編集長となり、同誌のモダニズム路線を推進。三二年に博文館を辞して作家専業となる。翌年の「面影双紙」で耽美ロマンの作風を開拓した矢先に肺結核を発病して喀血かっけつ。三四年には上諏訪への転地療養を余儀なくされた。
 三五年、病床で書き綴った傑作「鬼火」でカムバックを遂げ、再び旺盛な執筆活動に入る。由利麟太郎を探偵役にしたサスペンス色の強い本格ものや、〈人形佐七捕物帳〉などを発表するが、太平洋戦争の激化にともなって小説を書く場が徐々になくなっていき、四五年には一家で岡山県に疎開することになる。
 戦後、本格ミステリの執筆に意欲を燃やし、『本陣殺人事件』『蝶々殺人事件』『獄門島』『八つ墓村』『犬神家の一族』『悪魔が来りて笛を吹く』などを次々と発表、探偵小説界を力強くリードした。多くの作品に登場する金田一耕助は、名探偵の代名詞ともなった。
 戦後の作品群も怪奇色が濃厚だが、戦前の耽美ものと決定的に違うのは、作品の本質が意外性重視の本格もので、オカルトや怪奇の雰囲気は味付けやミスリードに使用されている点だ。横溝が手本としたジョン・ディクスン・カーの作品と同じである。乱歩の有名な言葉「うつし世はゆめ、よるの夢こそまこと」と対照的に、横溝は「謎の骨格に論理の肉付けをして、浪漫の衣を着せましょう」と言っているが、これはその作風を的確に表しているといえるだろう。
 昭和三十年代の松本清張ブームで旧来の探偵小説が推理小説と呼ばれるようになり、作品もリアルなものが求められるようになると、探偵小説を代表する横溝作品は時代と合わなくなり、六四年を最後に新作の発表はいったん途絶えた。この年、横溝正史六十二歳。
 七一年、横溝作品に目をつけた角川春樹が旧作を次々と角川文庫に収録すると人気に火が付き、七四年に三百万部、七五年に五百万部、七六年には一千万部という驚異的な売上を記録した。七六年に公開された映画「犬神家の一族」も大ヒット、映画化テレビ化との相乗効果で国民的な横溝ブームが到来する。いまでいうメディアミックスの成功例だが、むろん横溝作品の時代を超える面白さあってのブームであった。
 七十歳を超えてから再び新作の筆を執り、『仮面舞踏会』『病院坂の首縊りの家』『悪霊島』などを発表。八一年、現役の探偵作家のまま七十九歳でその生涯を終えた。没後四十年近く経っても、多くの作品が読み継がれており、昨二〇一七年には戦時中の新聞連載長篇『雪割草』発見のニュースが大きく報じられたのも記憶に新しい。

 角川書店が八〇年に創設した長篇公募の新人賞が横溝正史賞である(八一年の第一回から二〇〇〇年の第二十回までは横溝正史賞、二〇〇一年の第二十一回からは横溝正史ミステリ大賞)。長篇ミステリの公募新人賞は、現在でこそ、鮎川哲也賞、日本ミステリー文学大賞新人賞、『このミステリーがすごい!』大賞、ばらのまち福山ミステリー文学新人賞、アガサ・クリスティー賞、新潮ミステリー大賞と複数あるが、八〇年の段階では五五年にスタートした江戸川乱歩賞しか存在しなかった。
 どんなジャンルも、新しい書き手が登場してこなければ先細りになってしまう。その意味で新人賞は非常に重要な役割を果たしており、横溝正史賞(横溝正史ミステリ大賞)もミステリ界を支える有力な書き手を数多く輩出してきた。
 第五回佳作『画狂人ラプソディ』の森雅裕は同年の江戸川乱歩賞を受賞、第七回『時のアラベスク』の服部まゆみは二〇〇七年に亡くなったが『罪深き緑の夏』『この闇と光』など幻想ミステリの逸品をいくつも遺している。
 第十三回優秀作『灰姫 鏡の国のスパイ』の打海文三は『ハルビン・カフェ』で第五回大藪春彦賞を受賞したが、やはり二〇〇七年に惜しまれつつ亡くなった。第十四回佳作『おなじ墓のムジナ』の霞流一はバカミスを標榜し、特異な本格ミステリの作家として活躍中。第十五回『RIKO―女神の永遠―』の柴田よしきは、本格、ハードボイルド、ユーモア・ミステリからSFまで、多彩なジャンルを手がける実力派の人気作家だ。
 第十八回『直線の死角』山田宗樹は映画化された『嫌われ松子の一生』、第六十六回日本推理作家協会賞受賞のSF大作『百年法』と、スケールの大きな作品を連発している。第二十回『葬列』の小川勝己は技巧を凝らした犯罪小説を発表。第二十一回優秀作『中空』の鳥飼否宇は奇抜な設定の本格ミステリを得意とし、『死と砂時計』で第十六回本格ミステリ大賞を受賞している。第二十二回『水の時計』初野晴は青春ミステリの分野で活躍、〈ハルチカ〉シリーズはテレビアニメ化もされた。第二十三回の候補となった岸田るり子は『密室の鎮魂歌』で第十四回鮎川哲也賞を受賞。第二十五回『いつか、虹の向こうへ』伊岡瞬は現代的なサスペンスの書き手として活躍している。
 第二十九回『雪冤』の大門剛明は弁護士や検事を探偵役とした本格もの、第三十回『お台場アイランドベイビー』の伊与原新は理系ミステリ、同優秀賞『女騎手』の蓮見恭子はトリッキーなサスペンスを、それぞれ得意としている。第三十一回『消失グラデーション』の長沢樹は本格ミステリ、第三十四回候補作『人間の顔は食べづらい』白井智之は本格とホラーの融合で、今後の活躍が期待される。

 第十回横溝正史賞の候補となった鈴木光司『リング』は、べらぼうに面白い作品であった。ただ、探偵役が事件を捜査していく構成にはなっているものの、本質的にはホラーであり、ミステリを対象とした横溝正史賞ではカテゴリーエラーとみなされたのも無理はなかった。
『リング』は九一年六月に単発のハードカバー単行本として、ひっそりと発売されたが、口コミで評判を呼ぶことになる。そして九三年四月、新たに創刊された角川ホラー文庫の一冊として刊行されるや大ベストセラーとなり、日本にホラーブームを巻き起こすのである。
 こうした状況を承けて角川書店が九四年に創設したのが日本ホラー小説大賞であった。第一回が受賞作なしというエンターテインメントの新人賞としては異例の結果で読者を驚かせたが、一定のレベルに達していない作品には授賞しない、という確固たる意志の表れでもあった。
 第二回の大賞受賞作である瀬名秀明『パラサイト・イヴ』もベストセラーとなり、『リング』とともに国産ホラーブームは過熱していく。『パラサイト・イヴ』はSFとホラーの要素を併せ持ち、瀬名秀明は第二作『BRAIN VALLEY』で早くも第十九回日本SF大賞を受賞している。ホラー大賞は、当時、新人賞のなかったSFの書き手にとってもデビューのための貴重な受け皿として機能していくことになる。
 第二回短編賞「玩具修理者」の小林泰三と第四回大賞『黒い家』貴志祐介は、SF、ホラー、ミステリの各ジャンルを横断・越境して活躍している。第五回候補作の高見広春『バトル・ロワイアル』は太田出版から刊行されてベストセラーとなった。
 第六回大賞の岩井志麻子『ぼっけえ、きょうてえ』は短篇作品でありながら、あまりの怖さに大賞を受賞してしまった傑作。第六回佳作の牧野修はSF、ホラーの両ジャンルで活躍中だし、第十回短編部門「白い部屋で月の歌を」の朱川湊人は『花まんま』で第百三十三回直木賞を受賞している。
 第十二回大賞『夜市』恒川光太郎はホラーとファンタジーの分野で活躍し、『金色機械』で第六十七回日本推理作家協会賞を受賞。第十四回短編部門「鼻」の曽根圭介は同年の江戸川乱歩賞も受賞して話題となった。
 二〇〇八年の第十五回大賞『庵堂三兄弟の聖職』の真藤順丈は、この年に第三回ダ・ヴィンチ文学賞大賞、第三回ポプラ社小説大賞特別賞、第十五回電撃小説大賞銀賞も受賞しており、こんなに一度に新人賞を獲った作家は前代未聞。同年長編部門『粘膜人間』飴村行は、『粘膜蜥蜴』で第六十三回日本推理作家協会賞を受賞しているし、同年短編部門「生き屏風」の田辺青蛙は怪談作家として活躍している。
 第十七回長編部門『バイロケーション』の法条遥はSFミステリを中心に活躍、同年短編部門「少女禁区」の伴名練も切れ味鋭いSF短篇をコンスタントに発表している。第二十二回大賞『ぼぎわんが、来る』澤村伊智と同年読者賞『記憶屋』織守きょうやは、いずれもホラーとミステリの両ジャンルを横断して活躍中だ。

 二つの新人賞の沿革について長々と述べてきたのは、もちろん本書の成立に関係しているからで、日本ホラー小説大賞は二〇一八年度の第二十五回を最後に横溝正史ミステリ大賞と統合され、二〇一九年度から横溝正史ミステリ&ホラー大賞にリニューアルされることになったのである。ミステリとホラーの両ジャンルを対象とし、回数は横溝賞を踏襲して第三十九回となる。
 これを記念して、横溝正史のホラー短篇を角川文庫で新たに出せないか、という依頼が編者のもとに来たのだ。先述したように、戦後の作品はいかにおどろおどろしい雰囲気であろうとも本質的には本格ミステリであるため、ホラー短篇というオーダーにはふさわしくない。
 必然的に戦前の作品が対象となる訳だが、「面影双紙」以降の耽美ミステリ、「鬼火」「蔵の中」「かいやぐら物語」「蝋人」などを一挙に収録した角川文庫版『鬼火』が衆目の一致するベスト作品集ということになるだろう。だが、この短篇集は『蔵の中・鬼火』として本書に先駆けて復刊されることが決まっていた。そこで同書との重複を避け、戦前の短篇から怪奇的な雰囲気の作品十四篇を選んだのが本書なのである。
 各篇の初出は、以下のとおり。

  山名耕作の不思議な生活 「大衆文芸」昭和2年1月号
  川越雄作の不思議な旅館 「新青年」昭和4年2月号
  双生児         「新青年」昭和4年2月増刊号
  犯罪を猟る男      「現代」大正15年10月号      ※江戸川乱歩名義
  妖説血屋敷       「冨士」昭和11年4月増刊号
  マスク           「週刊朝日」昭和11年6月特別号
  舌           「新青年」昭和11年7月号     ※阿部鞠哉名義
  白い恋人        「オール讀物」昭和12年5月増刊号
  青い外套を着た女    「サンデー毎日」昭和12年7月特別号
  誘蛾燈         「オール讀物」昭和12年12月号
  湖畔          「モダン日本」昭和15年7月号
  髑髏鬼         「文芸倶楽部」昭和5年12月号   ※河原梧郎名義
  恐怖の映画       「週刊朝日」昭和6年1月特別号
  丹夫人の化粧台     「新青年」昭和6年11月号

 角川文庫旧版では、「犯罪を猟る男」は『恐ろしき四月馬鹿』、「山名耕作の不思議な生活」「川越雄作の不思議な旅館」「双生児」「丹夫人の化粧台」は『山名耕作の不思議な生活』、「妖説血屋敷」「面」「舌」「誘蛾燈」は『誘蛾燈』、「湖畔」は『悪魔の家』、「恐怖の映画」は『殺人暦』、「白い恋人」「青い外套を着た女」は『青い外套を着た女』に、それぞれ収録されていた。
「髑髏鬼」は横溝正史の現代ミステリとしては珍しく角川文庫から漏れており、春陽文庫版『殺人暦』(95年6月)にしか入っていなかった。その後、出版芸術社の『横溝正史探偵小説コレクション1 赤い水泳着』(04年9月)にも収められたが、いずれも品切れとなって久しいため、今回、初めて角川文庫に入れた次第。
 由利先生や金田一耕助などのシリーズ探偵が出てこない短篇については、柏書房の〈横溝正史ミステリ短篇コレクション〉に百篇以上をまとめておいたので、本書で初めて横溝作品に触れて興味を持たれた方は、ぜひそちらにも手を伸ばしていただきたい。

 それにしても古いものは今から約九十年も前の作品であるのに、この読みやすさ、面白さは驚異的だ。昭和三十年代生まれの綾辻行人、有栖川有栖らは昭和末期に大挙して作家デビューし、現在の本格ミステリ隆盛の礎を築いたが、彼らが昭和四十年代の横溝ブームの洗礼を受けた世代であることは注目に値する。
 横溝作品のストーリーテリングの上手さ、本格ミステリとしての技巧の数々は、これからも若い読者を魅了し続け、そしてまた、彼らの中から未来のミステリ界を担う新しい書き手が生まれてくるに違いないのだ。

>>横溝 正史 / 編者:日下 三蔵『丹夫人の化粧台 横溝正史怪奇探偵小説傑作選』


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