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レビュー

小松エメルが妖怪と共に、新境地を示した。 『梟の月』

 小松(こまつ)エメルといえば、妖怪時代小説である。そもそも、ジャイブ小説大賞を受賞したデビュー作の『一鬼夜行』が、妖怪時代小説であった。強面(こわもて)で人間嫌いの古道具屋・喜蔵(きぞう)と、彼の家の庭に天から落ちてきた小鬼の小春(こはる)。成り行きで同居することになったふたりが、妖怪絡みの事件や騒動を解決する物語は、たちまち人気を集め、シリーズ化された。以後、京の蘭学塾の塾生たちが、奇怪な事件を追う「蘭学塾幻幽堂青春記」シリーズや、父と弟を助けるために九百九十九の妖怪を捕まえようとする娘の苦難を描いた「うわん」シリーズなどを発表。妖怪時代小説家の地位を確かなものにした。
 だからというべきか、最新刊となる『(ふくろう)の月』にも、妖怪が登場する。小袖の手・暮露暮露団(ぼろぼろとん)目目連(もくもくれん)・瀬戸大将・川赤子・枕返し……。メジャーからマイナーまで、妖怪尽くしなのだ。手元に妖怪事典のたぐい(イラスト付き)を置いて、それと照らし合わせながら読んでも面白いだろう。しかし本書は、時代小説ではない。妖怪の国になぜかやって来た人間を主人公にした妖怪ファンタジーなのである。
 物語は主役である〝私〟の語りによって進行する。なぜか妖怪の国にやって来た彼は、狭くて(かび)臭い屋敷で暮らしている。手習いの先生のようなことをして、妖怪たちから野菜や米などを貰って食いつないでいた。人間の世界にいた頃の記憶は失っており、時折、断片的に浮かぶのみ。東京という言葉が出てくるので、明治以降の日本で暮らしていたようだが、いつの時代の人かは分からない。なぜ、妖怪の国に来たのか、自分でも分からない。(ホー)と名付けたアオバズクと、いつも一緒にいるが、やはりどこで出会ったかも分からない。さりとて、そんな境遇に怒りを爆発させることもなく、ぼんやりと日々を過ごしている。
 ところが、出かけてはいけないと妖怪たちにいわれた祭りの日、朧車(おぼろぐるま)に乗った無心(むしん)さまという妖怪に導かれ、塔の上から、ふたつの月に手を伸ばす。ふたつの月に触れれば、人間の世界に戻れるというからだ。だが私は失敗し、湖へと落ちていく。
 というのが第一話「湖底の都」の粗筋だ。続く「仮の宿り」では、ストーリーの時間が巻き戻ったのか、湖から助けられた私が、狭くて黴臭い屋敷で暮らすことになる経緯が綴られる。ここは、江戸時代に稲生武太夫(いのうぶだゆう)が体験したという、有名なエピソードを意識したのだろう。妖怪マニアなら、喜んでしまうはずだ。ついでに付け加えると、本書には作者の妖怪時代小説とリンクしていることを匂わせる箇所が、幾つかある。小松マニアをも喜ばせてくれるのだ。
 話を内容に戻そう。私が妖怪と騒動を繰り広げる話は、どこかあやふやなところがある。ストーリーが進むと、それが明確になっていく。同時に、主人公に対する興味も深まる。内省的で自罰的。問題があったらしい家庭で育ち、人格を形成した私に、何があったのか。ヒーローとは縁遠いが、現代人と通じ合う弱さを持った人間として、しだいに存在感を増していくのだ。主人公として動かしづらい私を、巧みに妖怪と絡めて、興趣に富んだストーリーを創り出す腕前は、さすがとしかいいようがない。
 そして最終話「梟の月」で、私の事情を始めとする、幾つかの事実が明らかになる。しかし一方では、読者の解釈に委ねられている部分も多い。ゆえに、いつまでも物語から離れられない。あれこれ考えさせるのも、本書の魅力といっていい。
 妖怪という自家薬籠中の題材を使いながら、作者は新たなファンタジー・ストーリーを見せてくれた。滞る水は腐り、停滞した作家は飽きられる。本書で示された、作者の挑戦的な姿勢は正しい。小松エメルが妖怪を使って、あるいは使わずに、どこまで自分の世界を広げていくのか。これからの、さらなる飛躍を期待させる秀作なのだ。


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