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レビュー

前作に勝るとも劣らぬ、ド直球の、圧倒的エンターテインメント 『凶犬の眼』

 大ヒットした小説の続編を書くのは難しい。日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)にも輝いた『孤狼(ころう)の血』のように、骨太でインパクトがあり、ミステリ的興趣にも富んだ傑作の続編なら尚更だ。
 私見だが、傑作の続編は前作と同程度の出来では物足りないものだ。百パーセントではなく、私に言わせれば百二十パーセントの力を発揮して初めて、前作同様の満足感を得られる。新作を上梓するごとに進化を続ける柚月裕子(ゆづきゆうこ)といえども、さすがにハードルが高いのではないか。読む前は、そんな不安が頭を(もた)げた。
 しかし、続編『凶犬の眼』を読了して、それが杞憂に過ぎないことを悟った。本作は、前作に勝るとも劣らぬ、ド直球の、圧倒的エンターテインメントに仕上がっている。前作以上の暴力性と緊迫感——「警察vsヤクザ」小説の、新たなる傑作の誕生と言っていい。
 プロローグからして素晴らしい。真冬の北海道、旭川刑務所の底冷えする面会室。ヤクザと思しき受刑者と、互いを「兄弟」と呼び合う頬に傷を持つ面会人。カメラ目線で、ふたりの男の只ならぬ佇まいを冷徹に映し出す筆致には、もはや風格すら漂っている。謎めいた会話がなにかしらの伏線であることはわかるが、それが物語にどう絡んでいくのか。のっけから読者は、身を乗り出して展開を見詰めることになる。
 本編は平成二年、前作でお馴染みの小料理屋「志乃(しの)」で、日岡秀一(ひおかしゅういち)がある男と遭遇する場面から幕を開ける。男の名前は国光寛郎(くにみつひろお)。日本最大の暴力団、明石(あかし)組四代目暗殺の首謀者として、警察と明石組が血眼になって追っている武闘派組長だった。変装を見抜き、男が世間を震撼させた事件の指名手配犯ではないか、と疑念を抱いた日岡に、国光は自ら名乗りを上げたうえで、こう言い放つ。

わしゃァ、まだやることが残っとる身じゃ。じゃが、目処(めど)がついたら、必ずあんたに手錠(ワッパ)()めてもらう。約束するわい

 指名手配犯と知りながら、なぜ日岡は男を見逃したのか。また、国光の意図と目的は奈辺にあるのか。説得力ある筆致で、それらの喉に刺さった小骨を取っていく作者の技量には、まったくもって唸る他ない。
 二章では、広島県県北の駐在所に詰める日岡の日常が描かれる。事件らしい事件もない長閑(のどか)な田舎町で、淡々と仕事をこなしながらも、鬱屈と焦燥を抱える日岡の内面の苛立ちを、作者は細やかな筆遣いで、見事に掬い上げていく。が、その田舎町に、偽名を使った国光が現れるところから、物語は一転、風雲急を告げる。
 ここからは息も吐かせぬ展開で、ページを繰る手が止まらない。有無を言わせず、エピローグまで一気呵成(かせい)に読まされてしまう。激烈な暴力団抗争。警察とヤクザのせめぎ合い。手に汗握る迫力満点のクライマックス。息を呑むラスト。読後、多くの読者が長い溜め息を漏らすことだろう。
 前作では広島抗争がモデルとなっていたが、本作でモデルとなっているのは、山口組と一和会の、いわゆる山一抗争だ。この、日本最大の暴力団抗争を、駐在所勤務の日岡とどう結びつけていくか。これが、本書の最大の読ませどころだ。作者は、虚と実を巧みに織り合わせ、枝葉のエピソードにまで心血を注いでいる。いつもながらの綿密な取材が、抜群のリアリティを生み出す最大の要因だろう。
 本書の牽引(けんいん)力の第一は、何と言っても、国光の造形である。『孤狼の血』の悪徳警官・大上章吾(おおがみしょうご)に匹敵する濃厚かつ圧倒的存在感は、忘れ難い印象を残す。昭和の匂いを(まと)った残侠(ざんきょう)のヤクザ——大上が『仁義なき戦い』の菅原文太だとすれば、国光は『昭和残侠伝』の高倉健を彷彿させるのだ。
 誤解なきよう書いておくが、作者は決して、暴力団を礼賛しているわけではない。

暴力団は所詮、社会の糞だ。

 のちに「ヤクザの鑑」と称される国光は、同じ糞でも例外的な、堆肥になる糞であった。
 しかしそれにしても、残侠を描いて、これほど心震わせる傑作アウトロー小説が、かつてあっただろうか。
「男」を描かせたら今、著者の右に出る女流作家はいない、と断言するに(やぶさ)かでない。


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