角川文庫キャラ文通信

大人気シリーズ「遺跡発掘師は笑わない」。前作より1年の時を経て、待望の第9巻「縄文のニケ」が刊行されました。“鬼の手”を持ち、驚異的な頻度で国宝級の重要遺物を掘り当てる天才発掘師・西原無量が今回訪れたのは、長野・諏訪。作者の桑原水菜さんに本作への思いをうかがいます。

――待望のシリーズ第9巻の刊行です。毎回、どこが舞台になるのか楽しみなシリーズですが、今回は長野県の諏訪地方が舞台です。ここを舞台に選んだ理由を教えてください。
桑原:前回が海での水中発掘だったので、今回は山と決めてました。信州・諏訪は、諏訪大社をはじめとする謎多き土地でしたので、担当さんに「諏訪はどうでしょう?」と持ちかけたら、すぐに乗り気になってくださって。さっそく題材探しをしていたところ、たまたま近所で井戸尻考古館の学芸員さんがミニ講演会を開いておられ、そこで縄文図像学というものを初めて知り、「これは面白いものができそうだ」と確信しました。
中部地方も縄文時代も、まだ取り上げていなかったし、五千年前の土器や土偶と現代を繋ぐお話とは? と俄然、気持ちが盛り上がりました。
――今作をお書きになるにあたり、取材はされましたか? 面白かったことや裏話などありましたら教えてください。
桑原:例のミニ講演会で見知った富士見町立井戸尻考古館さんに足を運び、興味深い縄文文化や縄文遺跡の発掘調査のお話を聞きました。縄文のイメージを覆す土器との出会いやそこにこめた縄文人の世界観に圧倒されましたし、学芸員さんが石器を自作して実際に畑を耕してみるなど、当時の人々が何を思って生きていたかに迫ろうとする姿勢に感銘を受けました。
そうそう。諏訪大社上社本宮からの帰り道、担当さんが、私のダウンの背中にぐしゃぐしゃと誰かからいたずら書きされたような異様な痕跡を見つけ「桑原さん何ですかそれ!」と大騒ぎに。背負ってたリュックからボールペンの芯が飛び出していて歩くごとに背中を汚してたようなんですが、神様にいたずらでもされたかと思いました(笑)。
――今作で、一番書いていて楽しかった部分、読みどころだと思われる部分はどのあたりでしょうか。
桑原:古い諏訪信仰と縄文図像学が絡み合う「お宝探し」のシーンでしょうか。自分が実際に宝探しをするようにワクワクしながら書きました。諏訪に根付く古い土着信仰には知的好奇心をかきたてられますし、文字に残るものだけが歴史ではないことを教えてくれます。
祖父の捏造事件に関わった「無量の初恋のひと」や、忍の鳳雛学院時代を知る友人が出てきます。動揺する無量がどんな答えを見つけるか、そして忍と同級生とのやりとりもぜひ。
なんとあの萌絵が今回美味しいところを持っていきますので、お楽しみに。
――逆に今作で、苦労された部分はありますか?
桑原:縄文時代は文字がないことです!
いつもは文献に残る記録を遺物の裏付けに使えるのですが、今回は固有名詞も人名も残っていない縄文時代。遺物にまつわる史実のエピソードが残っていないため、話作りには苦労しました。道のない森を彷徨っているような心許なさの中、文字の記録がなくとも過去の真実に迫る考古学の奥深さや難しさを噛みしめました。
――次の巻で、舞台にしたい地方や時代はありますか? あったら教えてください。
桑原:そろそろ四国を舞台にしてみたいです。安徳帝がらみなども面白そうですね。
あとは吉備で鬼ヶ島(?)を発掘、とか、淡路島などもいいですね。
意外に近世の発掘を取り上げていないので、江戸の町なども掘ってみたいです。
――さらに、シリーズが次からどのような展開になっていくのか、構想がありましたら明かせる範囲で教えてください。
桑原:無量の父・藤枝との父子対決、そして無量を手に入れようとするGRMやバロン・モールの影がちらつく中、無量と忍と萌絵の関係がどうなっていくのか、注目してください。
――最後に、読者に一言メッセージをお願いします。
桑原:丸一年、大変お待たせしました! 諏訪編、面白いお話に仕上がったと思います。
諏訪という土地の遺物、伝承、信仰が織りなす魔力を感じてもらえたら嬉しいです。
考古学は、土から出てくる遺物そのものがミステリー。無量たちと一緒に過去と現代を繋ぐ謎を解き明かしましょう。
そして「うちにはこんな面白い遺跡があるよ!」というのがありましたら、ぜひぜひ教えてくださいね!