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特集

松岡圭祐の小説はなぜ面白いのか。 「高校事変」3ヶ月連続刊行記念。松岡作品人気の秘密を徹底ガイド!

2023年5月から松岡圭祐「高校事変」の3ヶ月連続刊行が始まりました。19年5月に1巻が発売された同シリーズは、昨年3月の12巻で第一部が終了。1年間の充電期間を経て今年3月から新章がスタートしました。待ち望まれていた第二部の開始に、SNS上では多くの読者から喜びの声が上がりました。現在は「高校事変」に並んで、「écriture(エクリチュール)」シリーズが巻を重ねています。他にも「万能鑑定士Qの事件簿」「特等添乗員αの難事件」をはじめ、多くの人気シリーズのある松岡さん。作家生活が四半世紀を超えてなお、読者を引きつける作品の魅力に迫ります。

松岡圭祐シリーズ特設サイト:https://promo.kadokawa.co.jp/matsuokakeisuke/

松岡圭祐作品人気の秘密を徹底ガイド!

書評家/ライター タカザワケンジ

 鮮やかなデビュー。まさにその言葉を体現するような登場だった。
 松岡圭祐は1997年に最初の長編小説『催眠』を発表した。当時無名の作家だったにもかかわらず、たちまちミリオンセラーに。私も書店で買って読み、すぐに引き込まれた。
 テレビ局で女性タレントに催眠術をかけようとして失敗したインチキ催眠術師。彼の前に現れた女性がいきなり「ワレワレハ、 友好的ナ、ウチュウジンデス」と話しはじめる。そして、全身みどりいろの猿からかけられた催眠術を解いてほしいと言い出すのだ。しかも彼女はその場で予知能力を発揮して催眠術師を驚愕させる――。
 ホラー? オカルト? ミステリ? サスペンス? そのどれにも分けられるようで分けられない。いや、それぞれの要素が含まれながら、そのつながり方が、読み手の予想を裏切る展開を見せる作品だった。
 『催眠』から26年。松岡圭祐は驚異的なペースで作品を発表し、押しも押されもせぬ人気作家になった。
 松岡圭祐の小説はなぜ面白いのか。それが本稿のテーマである。

 デビュー作にその作家のすべてが詰まっている。よく言われることだが、松岡も例外ではない。
『催眠』には松岡の作品の重要な要素がすでに見て取れる。以下、初版を改稿した『催眠 完全版』を元に見ていきたい。
 1つめは主人公の職業。『催眠』はインチキ催眠術師の視点で始まるが、本当の主人公は臨床心理士の嵯峨敏也である。嵯峨は催眠療法を研究する臨床心理士。人は誰でも多かれ少なかれ「心」に興味を持っているし、心のメカニズムを知りたいとも思う。『催眠』は一人の女性を通して、人の心の不思議さ、可能性の大きさを読者に知らしめる作品でもあった。
『催眠』に続くベストセラー、『千里眼』の主人公、岬美由紀もまた臨床心理士だ。しかし、前歴が自衛官で戦闘機のパイロット、「千里眼」の異名を持つという派手なキャラクター。彼女が巻き込まれる事件もまた国家レベルのスケールの大きなものになっている。
『万能鑑定士Q』の凜田莉子はタイトルの通りに何でも鑑定できる鑑定士。高校を出るまでは落ちこぼれだったが、ロジカル・シンキング(論理的思考)を学んだことで、その才能を開花させる。
『特等添乗員α』の主人公は浅倉絢奈。彼女は型にはまらない自由な発想の持ち主だ。直感に基づくラテラル・シンキング(水平思考)を会得したことで超一流の「特等添乗員」に急成長する。
『万能鑑定士Q』と『特等添乗員α』は登場人物たちが相互乗り入れし関係が深い。片やロジカル、片やラテラル。対照的な思考法を駆使する莉子と絢奈は、互いの弱点を補い合える存在でもある。
『探偵の探偵』の紗崎玲奈は探偵学校で鍛えられ、そのまま学校を運営する探偵社に入社した。しかし、ただの探偵ではなく、悪徳探偵の犯罪を暴く「対探偵課」の課員。ゆえに探偵稼業の裏の裏までのぞく楽しみを読者に提供する。しかも『探偵の鑑定』では、紗崎玲奈と『万能鑑定士Q』の凜田莉子がコラボするという試みも。復讐から始まるダークなトーンの『探偵の探偵』と、「面白くて知恵がつく 人の死なないミステリ」がキャッチフレーズの『万能鑑定士Q』との組み合わせは、それぞれの物語の展開にさらなる広がりをもたらした。
『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論』は駆け出しの小説家が主人公。純文学、エンタメを横断し、文学の世界に起こった事件を次々に解決する。作家にして探偵という設定は珍しくないが、ここまで出版業界の内幕を描いたシリーズは珍しい。
 どの職業についても、事実とフィクションを巧みにブレンドして、仕事の内容と、その業界に入り込んだかのような没入感を読者に提供するのが特徴だ。
 2つめは固有名詞を効果的に使うこと。松岡の作品には、しばしば実在の固有名詞が登場し、現実の事件や事故を連想させる描写がある。『催眠』では実在の漫画を引用して、視線の向きと内心とを関連付ける俗説を否定していた。
 たとえば『高校事変』シリーズ。主人公は高校生の優莉結衣。父は7つの半グレ集団を率い、銀座にサリンを撒くテロ事件を起こして逮捕され死刑になった最凶のテロリストだった。少女時代に父とその取り巻きたちから悪の英才教育を受けた結衣は、いまも公安から監視されている。
 荒唐無稽な話だと思うかもしれない。しかしそれは箱庭のように平和なこの国の「常識」にすぎない。東京にサリンを撒いた集団は実在するし、世界には十代で銃を持ち、戦場に送り込まれている若者が大勢いる。稀代の悪党を親に持ち、殺しと犯罪の知識をたたき込まれた結衣が常識破りなのは道理なのである。
 そして、そのことを証明するように、作中で『ダイ・ハード』『沈黙の戦艦』『ザ・ロック』など数々のアクション映画のタイトルが引用され、現実とのギャップを明らかにしていく。人口に膾炙する有名フィクションの「嘘」を作中人物に暴かせることは、小説世界がより本物らしいという印象を読者に与えることになる。
 そして3つめ。「驚き」だ。松岡の作品は「え! まさかそんなことが!!」という衝撃がある。『催眠』における「ウチュウジン」「全身みどりいろの猿」がそうだ。
 フィクションだからといって単純にありえないことを書けばいいというわけではない。「ウチュウジン」「全身みどりいろの猿」の裏に理由があるように、読者が納得できる何かがなければ期待外れだ。
 たとえば『JK』シリーズ。両親を目の前で殺され、自身もレイプ被害に遭って死に直面した女子高生が復讐の牙をむく物語だ。
 有坂紗奈は優莉結衣に劣らぬほどの身体能力の持ち主である。とにかく強い。JKとは女子高生(JK)であると同時に伝説の武闘家、ジョアキム・カランブー(JK)を指す。紗奈はJKの教えを胸に心身を鍛えてきた。とはいえ、なぜ、十代の少女が卓抜した身体能力を発揮できるのか。その理由の1つはこれだ。
「アスリートのピークはみな十代といわれる。ダンスのため体幹トレーニングもおこなってきた。それなりに持久力はあるし、敏捷性にも自信がある」(『JK』)
 奇想天外な発想は、科学的な知見や現実の類似例があることで、「ありえない」から「ありえるかも?」に変わり、気がつくと物語の中に没入している。固定観念が破壊されたとき、人は目の前にあるものを信じたくなるものだ。
 松岡作品のリアリティへの希求は奇想にのみ奉仕しているわけではない。事実を土台に想像と推測を展開する作品群があることも忘れるわけにはいかない。
 たとえば『出身成分』。驚くべきことに北朝鮮の警察小説である。脱北者から聞き取った情報を元にしたこの作品は、徹頭徹尾、北朝鮮を舞台に描かれる。超監視社会の中で誰も信じられず、つねに裏切りの気配を読み取ろうと神経を張り詰める登場人物たち。ミステリとしてのスリルと、どんでん返しの鮮やかさに唸らされるのは、フィクションならではの醍醐味だ。
 あるいは『ウクライナにいたら戦争が始まった』。たまたま父の仕事の都合でウクライナにやってきたばかりの女子高生とその一家が、ロシアのウクライナ侵攻に遭遇する。
 複数の日本人の経験を元にしているとのことだが、主人公はごく普通の女子高生。おかげでもしも自分の家族がこの状況に陥ったら、という想像が膨らみやすい。ニュースは情報を提供するが、小説は読者の情緒に訴えかける。ニュースをより深く、興味を持って読むきっかけになるだろう。
 また、歴史的事実に材をとった作品もある。『義和団の乱 黄砂の籠城・進撃 総集編』では清朝末期の義和団事件を日本の駐在武官の目でダイナミックに描き、『八月十五日に吹く風』ではキスカ島からの大胆な日本軍撤退計画を描いている。どちらもこの国の「いま」を考えるために、忘れられてはならない事実に光を当てた作品だ。むろん、松岡作品である以上、エンターテインメントとしての盛り上がりも存分に味わえる。

 さて、こうして松岡作品の一部を振り返るだけでその視野の広さ、知識の深さ、そして、着想のユニークさに驚かされる。いったいこの作家の脳内の容量には何人分の情報が詰まっているのだろうか。
 『催眠』にはまだなかったが、その後の松岡作品の特徴となった要素がある。アクションだ。その源流は『千里眼』にあるが、『万能鑑定士Q』で、人の死なないコージー・ミステリのブームを牽引したあとだけに、『高校事変』は衝撃的だった。
 そしていままさに人が滅多に死なないミステリ『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論』シリーズと並行して、『高校事変』『JK』で、死体の山を築くようなバイオレンスとアクションを詰め込んだ作品を発表している。その描写の冴えには新作のたびに驚かされる。たとえば最新刊『高校事変15』のこんな一節。
「瑠那は散水ホースを投げ縄のように振り回し、シャワーヘッドを錘代わりに、祥子の後ろ姿めがけ放った。一直線に飛んだホースにひねりを加える。シャワーヘッドが激しく横回転しつつ、祥子の首にホースを何重にも巻きつけた。ホースが張り切った次の瞬間、祥子はのけぞり地面に転がった」
 散水ホースとシャワーヘッドが凶器に転じる鮮やかさ。日常から非日常へのさりげない移行と、簡潔で無駄のない描写が松岡作品のアクションシーンを唯一無二のものにしている。
 それにしても、松岡作品のリーダビリティ、スピード感はどうだろう。たたみかける言葉の連打は私たちの脳内スクリーンにドラマチックな「画」を浮かび上がらせる。そう、きわめて映像的なのだ。事実、松岡が書いた小説指南書『小説家になって億を稼ごう』で松岡は以下のような小説観を述べている。
「すべての現代小説は映像世代の脳を前提に書かれており、映画が登場する十九世紀以前の文学とは明確に異なります。もはや文学は、漫画や映像作品と対立するものではなく、それらがあってこそ成り立つ芸術です」

 さて、そろそろ冒頭で示した問いに戻ろう。「松岡圭祐の小説はなぜ面白いのか」
 松岡圭祐が書いているのはまさしく私たちの時代の私たちのための小説だからだ。そのために松岡は旧作を「完全版」に改稿してきた。完全版では、情報をアップデートするとともに、登場人物たちにシリーズを越境させ、緊密なネットワークをつくりだしてきた。さらに新作が出るごとにその網の目はより細かく、ますます広がっている。
 しかも、松岡の作品は本当にどこから読んでもかまわないのだ。1つの小説を読んでその登場人物の過去を知りたくなれば過去を、未来を知りたければ未来を読めばいい。どこからでもアクセスできる物語世界。それが松岡のめざすものなのではないだろうか。それも、すべては読者を楽しませるために。
 もてなしの心を持った物語世界の創造主。それが松岡圭祐なのである。

書籍情報

松岡圭祐「高校事変」3 ヶ月連続刊行!

高校事変 14



著者 松岡 圭祐
定価: 924円 (本体840円+税)
発売日:2023年05月23日

魔の体育祭、ついに開幕!
梅雨の晴れ間の6月。凜香と瑠那が通う日暮里高校で体育祭が開催されようとしていた。それより少し前の放課後、瑠那宛てに怪しげなメモリーカードが届く。同様のものは、複数の闇カジノにもばら撒かれていた。当日は尾原輝男文部科学大臣が訪問視察することも報じられ、武蔵小杉高校事変と似通った状況に2人は危機感を募らせる。偶然か必然か、すべては仕組まれたことなのか――? 疑惑渦巻く魔の体育祭、ついに開幕!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322302001012/
amazonリンクはこちら

高校事変 15



著者 松岡 圭祐
定価: 924円 (本体840円+税)
発売日:2023年06月13日

JK無双の衝撃のベストセラーシリーズ!
巫女としての技術向上のため、夏期巫女学校に通うことになった瑠那。学校は山奥にあり、全国から多くの少女たちが集まった。四方を緑に囲まれ、十代女子ばかりが整列する風景は平穏そのものに見えたが、瑠那は辺りへの警戒を怠らなかった。実は直前、この学校に参加予定の女子高生から一通の手紙を受けとっていたのだ。そこに書かれている内容は、驚くべきことだった……。期間は25日。無事に講習を終えられるのか!?

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322302001013/
amazonリンクはこちら

高校事変 16

著者 松岡 圭祐
定価: 924円 (本体840円+税)
発売日:2023年07月21日

衝撃のJKハードボイルド、新章スタートで3ヶ月連続刊行!
夏休み明けの初日。全国の小中高の学校で大規模な爆発が発生。瑠那と凜香が通う日暮里高校にも事前に爆破予告があり、校内を調べるとプラスチック爆弾が見つかった。2人の機転により最悪の事態は回避されたが、爆発騒動は新たな戦いの序章に過ぎなかった……。生死が分からなくなっていたあの女生徒も登場で、瑠那たちとの対立は激化。危機に次ぐ危機――果たして彼女たちの向かう先は!? JK無双の人気シリーズ、新展開!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322302001014/
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