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特集

本当にそこにいるのは、誰?――大ヒットシリーズ『記憶屋』の著者から届く、切ない恐怖の贈り物

『彼女はそこにいる』織守きょうや

彼女はそこにいる』、すでにタイトルだけでけっこう怖い。夜道で耳元で囁かれたら絶叫して逃げる。若干脈が速くなったのを感じつつ本を開いて目次を見ると、3つの章題が並んでいる。

「あの子はついてない」静岡のある町、中古の一軒家に引っ越してきた茜里たち一家は、心機一転新しい生活を始めようとするが、妹、春歌の拾った古い人形がきっかけで、家では不思議な現象が起こり始める。夜中に流れる水音、勝手につく家電、バスタブに落ちている家族のものではない髪の毛、よく見ると花壇には人の顔のようなしみがあり、怖くなって捨てたはずの人形は何度も戻ってくる――思い余った茜里は霊感があるという友達のおばあちゃんに相談するが、おばあちゃんは、悪いものはついてないと言うのだ。そして彼女は言う「大事なのは、向き合うことだと思うよ」。
「その家には何もない」不動産店に勤めている朝見は、頻繁に住人が入れ替わる借家に疑問を持ち、大学の先輩で怪奇ライターの高田と調査に乗り出した。最後に住んでいた母娘の話を聞くと、この家ではいろいろ説明できない現象が起こっていたことがわかる。以前住んでいた倉木という男性が何かを知っている可能性はあるが、彼とはまったく連絡がつかない。さらに調べると、かつてこの家ではガス中毒で人が死んでいるらしい。今は住人もおらずガスも止まっているはずなのに、鼻をつくガス臭を朝見は嗅ぎ取った。しかし高田は「あの家には幽霊はいない」と断言する。
「そこにはいない」茜里たちの次に、ある人物がこの中古住宅に引っ越してくる。転居から数日後の夜、彼はカーテンを閉め切り、1階の畳を上げて床下をシャベルで掘りはじめる。二年前、彼はそこに死体を埋めたのだ。
 ――3つの章題は、いずれも「存在」を否定するものだ。繰り返し、さまざまな角度から畳みかけるように「ない」「いない」と断言されているものの正体は、いったい何なのか? 
 最終章に登場した彼と、最初にこの家に住んでいた女性との思い出、あるいは、かつて彼とある住人との間で行き交った感情とふたりだけの秘密、定義できず、名づけようのない、しかし絶対に忘れられないものが、彼をこの家に縛り続ける。物語の外側にいるはずのわたしたちにも、身に覚えはないだろうか。捨てたはずなのに、「ない」ことにしたはずなのに、いつまでも自分を追いかけてくるもの、春歌の拾った人形のような。
 そう気づくと、こんなに怖い話はない、と震えるのだ。そして、こんなに切ない話もない。いちばんなかったことにしたい記憶は、いちばん手放したくなかった存在とのつらい別れだから。往々にしてわたしたちは、その別れを自ら選び取ってしまったりもするものだから。
 誰にとっても、なにひとつ、取り返しのつくことなどないのだと思う。
 しかし、作者・織守きょうやは言うのだ。『彼女はそこにいる』と--。
 大切な何もかもが失われたあと、そこに在るのは、往々にしてわたしたちが望んだものではない。望まれず、歪で、逃げだしたいほど恐ろしいものかもしれない。けれどもわたしたちは「それ」と生きてゆくしかないのだ。そしてひょっとしたら、「それ」の中には絶望と恐怖とともに、わたしたちの最も深い望みのかけらが、どうしても語りたい思いが、息づいているのかも、しれない。

(カドブン季節労働者K)

書籍紹介



彼女はそこにいる
著者 織守きょうや
定価: 1,980円 (本体1,800円+税)
発売日:2023年06月30日

「人が居つかない家、というものは存在する」恐怖が3度襲うホラーミステリ
第1話「あの子はついてない」
母と共に庭付きの一軒家へ引っ越してきた中学生の茜里。妹の面倒を見ながら、新しい学校に馴染んでゆく茜里だが、家の中で奇妙なことが起こり始める。知らない髪の毛が落ちている。TVが勝手に消える。花壇に顔の形の染みが出来る。ささやかだが気になる出来事の連続に戸惑う茜里。ある夜カーテンを開けると、庭に見知らぬ男性の姿が――。
第2話「その家には何もない」
不動産仲介会社に勤める朝見は、大学の先輩でフリーライターの高田に「曰わく付きの物件」を紹介して欲しいと頼まれる。次々に貸借人が入れ替わる家の話をしたところ、「内覧したい」という高田に押し切られて現地へ向かうことに。そこは最近まで中学生の娘と母親が暮らしていた庭付きの一軒家だった。
第3話「そこにはいない」
その家にはなぜ人が居つかないのか? 新たな住人をきっかけに、過去の「ある事件」が浮かび上がる。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322210001446/
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