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試し読み

【試し読み②】三浦しをん・松本清張が描く、女同士の関係『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』

『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』より、第1章を特別公開!
>>第1回「三浦しをん、筋金入りのテツ=原武史に息を呑む」

――三浦の描く女性同士の関係性と、
松本清張の描く女官同士の恋愛感情。
この二つが同時に語られる日が来ようとは――。

 三浦さんの小説には、女子高生同士の性愛が描かれていますが、未完に終わった松本清張の長編小説『神々の乱心』(文春文庫)にも、宮中の女官同士の「愛」が描かれています。

三浦 原さんが絶賛されているので、私も『神々の乱心』を読みました。すっごく面白かった! この小説で書かれている女官同士の恋愛やいじめは、清張先生のファンタジーも入ってそうですけどね(笑)。宮中は組織なので、同性の上司を「旦那様」と男に擬して呼ぶのだろう、と登場人物が論考している箇所など、「なるほど」と思いました。これが組織じゃなかったら、恋愛感情が絡んでいたとしても、女性同士の関係はここまで湿度感たっぷりにはならないような……。現実の女子校って、もっとさばけてるというか、「おっす!」って感じだった気がしますからね。女だけの世界に慣れきって、みんな身なりも気にしないおっさんになってく。

 この小説は、宮内省皇后宮職の女官が、埼玉県梅広の「月辰会研究所」から出てきたところを、埼玉県警察部特高課警部の吉屋謙介に目撃され、尋問されるところから始まります。梅広というのは架空の地名で、実際には現在の東松山を指すと思われます。女官は尋問されたあとに奈良県吉野の実家に帰り、吉野川で投身自殺します。女官は、源氏名を「深町」という高等女官の萩園彰子に仕えていたため、二人の性愛関係も疑われます。
 女官の世界は上から下まで階級で、つぼねは男子禁制です。高等女官が下級女官に旦那様と呼ばせる社会で長く生活したら、擬似恋愛の芽生えもないわけではないでしょうが、清張が想像をふくらませて書いている気はしますね。

三浦 先輩後輩とも異なる序列やピラミッド構造のある点が、女子校とは違うところですよね。
 女子校と言えば、日本にはなかった女子教育を始めたのは、キリスト教が入ってきたときだと思うんですが、結局その内実は花嫁修業なんですよ。でも時代に合わせてとりあえず受験対策の授業もする。その矛盾に、先生がたは気づいていたんだろうか? 良妻賢母を目指し、かついい大学いい会社に行って働け、というのは無理が多すぎるだろ、と当時から思っていました。
 この問題は、今も結論が出ていないですよね。産んで育てて、家事もほとんどやって、社会でもバリバリ働いて輝いてねって、そりゃ無茶な要求だろう! 女性一人一人の中では、「自分はどう生きたいのか、何を選択するのか」と、悩んだ末の結論があると思いますけれど、社会全体の中で女の人をどう位置づけるかは、学校教育も政治家も何も考えていないような気がします。

 この小説の中で、高等女官の「深町」に対してのみ、「こんな女が出世できるもんかな」と疑問を持ちました。のし上がるときに露骨にきりきりしていて、こういう人は女だけの世界では支持が得られないと思うんです。深町、戦略が間違ってるぞ、と(笑)。でも、全体として女性の描きかたは、今読んでも違和感がない。謎が謎を呼ぶ展開で、「どうなるんだろう」とわくわくしましたね。未完なので原さんが三通りの結末予想をしていますが、それも面白かった。
 清張自身の結末アイディアの一つに、雷がありますね。人形浄瑠璃の『菅原すがわら伝授でんじゅ手習てならいかがみ』も皇位簒奪さんだつをめぐる陰謀の話で、ラストは宮中での落雷です。清張先生ももしかしたら浄瑠璃がお好きで、悪者が陰謀を打ち砕かれるとなったら、ラストは雷だろうと思われたのかもしれません。
 それにしてもこの小説には、現実の天皇が出てきませんよね。『菅原伝授手習鑑』でも法皇の存在は語られますが、天皇はほぼ登場しません。なぜなんでしょうか。

 三島由紀夫の『豊饒ほうじょうの海』(新潮文庫)では、第一部『春の雪』に一瞬だけ大正天皇が出てきますが、第二部『奔馬』になると昭和天皇が出てきません。特に昭和天皇については、天皇そのものを描くことに対するタブー意識、はばかりがどこかにあるような気がしますね。

三浦 「今、天皇の位にある人のことは、畏れ多くて書けない」ということですか?

 清張はむしろ反体制寄りで、共産党にシンパシーを感じる種類の作家です。それでも戦前までの教育によって、タブーの感覚が骨の髄まで染みわたっている。頭で撥ねのけても、いざ描こうとしたときには自由には描けないのでしょう。

三浦 ふうむ。基本的には言論の自由があるはずですが、現在の若い作家でも、天皇制や近代以降の天皇について小説にしようという人は、あまりいないですものね。心理的規制が働くのか、「そこは触れないほうがいい」という一種のタブーと化しているのか……。

 清張が『神々の乱心』を書いたのは平成になってすぐの頃で、天皇の戦争責任について言及した本島もとしまひとし長崎市長が右翼団体幹部に銃撃される「長崎市長銃撃事件」があった時代です。そういった幻影に怯えたのは、充分に理解できる。

三浦 『神々の乱心』を読んで知ったんですが、戦前は南朝のほうが皇統として正統だとされていたんですね。

 そこには水戸学の影響が考えられます。江戸初期に『大日本史』の編纂が始まると、その歴史観が次第に優勢になっていく。南朝正統論も『大日本史』に依るものです。
 それまでは教科書でも並立表記だった南北朝のとらえかたが、明治の末に急に問題となって、明治天皇の勅裁で南朝正統としてしまった。しかし天皇家自体は北朝の系統です。こういった問題は今に至っても解決されていません。敗戦後、熊沢天皇を名乗る皇位僭称者が現れ、自分こそが南朝正統だと言い出したこともありました。現天皇明仁あきひとは百二十五代といいますが、これは北朝の天皇をカウントしていないので、そういう意味では未だに南朝正統なんです。
 そもそもなぜ、清張は埼玉県梅広を舞台としたのか。この架空の町の命名には、大本おおもとの開祖出口でぐちなをの最初のお筆先、「三千世界一度に開く梅の花、うしとら金神こんじんの世になりたぞよ」が効いています。艮、すなわち鬼門である東北の方角に押し込められていた神が表に現れ、世の中が一新されたというこの筆先を、宗教団体・月辰会を起こした主人公の教祖が覚えていて、梅広に本部を置くことにしたという設定になっています。
 昭和の初期には大本のほかに、大本から分かれた神政しんせい龍神会りゅうじんかい天津教あまつきょうという宗教団体がわっと出てきて、自分たちこそが本物の三種の神器を持っていると主張した。このような史実のほか、満洲の道院や、道院が始めた乩示チシといった妖しげな占いも取り入れている。清張が今の時代に生きていれば、『昭和天皇実録』を読み、また違った作品が書けたのではないかと思います。

三浦 清張先生にこんなことをいうのもおこがましいですが、『神々の乱心』は構成が少々いびつですね。週刊誌連載という事情もあったでしょうけれど、謎解きものとしては、もっと端正な構成にすることも可能だっただろうと思います。

 後半では、架空の町、梅広が、武州松山、つまり現在の東松山になっている箇所もありますね。

三浦 あれは意図的に、梅広とは別の土地として東松山を出しているんじゃないですか?

 地理的な条件からいうと、池袋から東武東上線で向かう比企郡の中心というのは東松山しかあり得ないんです。

三浦 そっか……。いや、きっと梅広駅は、東松山駅の隣にあるんですよ。歩いても遠くない、向ヶ丘むこうがおか遊園と登戸のぼりとくらいの距離に(笑)
 この小説には探偵役が二人いますね。華族の萩園泰之と、埼玉県警察部特高課警部の吉屋謙介。二人のストーリーがいつまで経っても交わらないのが構成上の問題で、せめて渡良瀬わたらせ遊水地で再会したところで、互いに腹を割り、共同戦線を張って月辰会にスパイを送り込む、と展開していかないとおかしいのではないかと。それに後半、いきなり月辰会側の視点になって、満洲を舞台にした来し方が語られ、しまいには寝物語で、犯人が殺人の方法を説明しちゃっている。探偵がまったく役に立っていないという、斬新な展開(笑)
 清張先生が遺された構想によると、連載はあと十回ほどの予定だったそうですが、はたして一五〇枚で終わるだろうか……。このあとどういう展開が待ち受けていたのか、すっごく気になる! 乩示の術を使う巫女に先生の霊が乗り移って、砂に続きを書いてくださらないかなあ。そしたら私、文字を解読しますよ!

 スケールをでかくし過ぎて収拾がつかなくなったんでしょうね。これ以上進められなくなって、犯人が不自然なゲロりかたをしている。

三浦 そこも含めて、不穏な魅力にあふれていますよね。残念ながら未完に終わったとはいえ、人生の最後に書いた小説がこの作品って、清張先生の偉大さを改めて実感しました。
 それにしてもなぜ、宮中では常に女性が神がかって、問題を起こすのでしょうか? そもそも、女性のほうが神がかりやすい印象がありますよね。神功じんぐう皇后もそうだし、女帝である称徳しょうとく天皇に仕えた和気広虫わけのひろむしも、宇佐八幡宮の神託と深く関わりがあります。

 それに対しては、女性史の研究家から批判が出ています。シャーマンには男性もいるのに、シャーマン=女と考えるのは、男性の過剰な思い入れ、男性から見た一つのイデオロギーに過ぎないと。

三浦 なるほど。そうなると、女性=神がかりという「物語」が求められ続けてきた背景には、人々のどういう思惑や理由や期待があったのか、考えてみなければいけませんね。
『神々の乱心』でも、月辰会の巫女的存在である静子は性欲旺盛で、それを抑圧されたところから神がかりの力を得たのだ、とほのめかされています。考えてみれば、これも「男性の過剰な思い入れ」っぽいですね。ま、静子のエロスシーンのおかげで、月辰会の黒幕である秋元氏に胸毛が生えてることが判明したので、私は満足いたしましたが。

 三浦さんは毛むくじゃらの人が好きなんですか?

三浦 ええ、体毛全般に高まる傾向にありますね。特に、胸毛の描写にうるさい。原さんが鉄道の描写に敏感なのと同じです。……違うか(笑)。とにかく、創作物に胸毛が出てくると、「ほほう」とすかさず脳内にメモします。


第3回へつづく####
究極の女性社会である「女官の世界」。三浦は震え、原は興奮した。

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書誌情報はこちら>>『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』

☆発売中の「本の旅人2019年3月号」では、第2章を一部をお読みいただけます!


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