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試し読み

【新鋭ノンフィクション作家試し読み】畠山理仁「公職選挙法VS.無頼系独立候補」

大好評の「小説 野性時代」新年号から、新人ノンフィクション作家4名の作品を随時ご紹介。本日は、昨年『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』で開高健ノンフィクション賞を受賞した、畠山理仁さんの「公職選挙法VS.無頼系独立候補」です。

 公職選挙法VS.無頼系独立候補――畠山理仁

『黙殺』で選挙戦に新たな光を当てた著者が今回注目したのは、人を食ったような名前の政治団体と女性装の有名東大教授でした。

 一生に一度でいい。どうか選挙に出てみてほしい。どうしても嫌だという人も、せめて一度は真剣に出馬を考えてみてほしい。
「もしも自分が選挙に出たとしたら……」
 このことを想像するだけでも、政治や選挙は、ぐっと身近になる。それが選挙の現場を二〇年間取材し続けてきた私の実感だ。
「立候補しても相手にされないのではないか」
「自分の考えを伝えるにはどうしたらいいか」
「そもそも公職選挙法はどうなっているのか」
 真剣に考えれば考えるほど、何をどうすればいいのかと頭を抱えることになる。その時、あなたの候補者に対する固定観念は、きっと大きく変わっているはずだ。
 日本は民主主義の国である。かつては納税額や性別による制限選挙の時代もあったが、今は普通選挙が実現している。つまり、誰もが等しく立候補する権利を持っている。
 それなのに、立候補する人は少ない。社会も政界への新規参入者に冷たい。政党や組織の支援を受けず、たった一人で選挙に立候補する者を「泡沫候補」などと揶揄している。
 私はこの風潮が嫌いだ。だから決して「泡沫候補」という言葉は使わない。私は敬意を込めて「無頼系独立候補」と呼んでいる。
 日本では、選挙のルールは公職選挙法で定められており、すべての候補者は法律に則って立候補している。だから立場は皆同じはずだ。しかし、公職選挙法の中身を詳しく知る者がそれほど多くないため、世の中には次のような誤解が蔓延している。
「あの泡沫候補は単なる売名目的。どうせふざけて立候補しているんだろう」
 私は声を大にして「それは違う」と言いたい。戦いのルールである公職選挙法を知れば、この指摘がすぐに的外れだとわかる。実際に立候補するためには高い壁がある。決してふざけて立候補できるようなものではない。
 まず、世界一高い供託金が壁となる。都道府県知事選挙や国政選挙の場合は三〇〇万円(比例区六〇〇万円)、政令指定都市の市長選挙では二四〇万円、市区長選挙では一〇〇万円、町村長選挙では五〇万円だ。
 この供託金を用意できても、選挙で一定の票を得なければ全額没収される。公職選挙法に違反すれば、懲役や禁錮、罰金や公民権停止などの厳しい罰が待っている。つまり、すべての候補者は、経済的にも社会的にも大きなリスクを負って選挙に臨んでいる。
 代議制民主主義の社会は、立候補する人がいなければ成り立たない。そんな中、自らリスクを背負って挑戦する人たちがいることに、まず私たちは感謝すべきではないだろうか。
 私がこれまで見てきた挑戦者たちは、ユニークなアイデアや底知れぬエネルギーにあふれていた。世のため人のため、明るく楽しく、公職選挙法というルールに向き合ってきた。本稿は、そんな挑戦者たちの記録である。

「支持政党なし」の本部を訪問
「支持政党なし」
 こんな不思議な名前の政治団体があることを知っているだろうか。
「そんなバカな!」と思う人は多いかもしれない。しかし、この政治団体は実在する。
 東京都大田区蒲田かまた。JR蒲田駅から京急蒲田駅に向かって延びる道をまっすぐ五分ほど歩くと、左手に見える薄茶色のビルの前に三本の幟のぼりが立っていた。
 よくあるパチンコ店の幟ではない。風にはためく布地には、こんな文言が書かれていた。
「ズバリ党名が 支持政党なし 政策一切なし 略称 支持なし」
「略称は『支持なし』 この選択肢が欲しくありませんか」
 これが政治団体「支持政党なし」の主張だ。約四五坪の土地に建てられた七階建てのビル入口には、ここが政治活動用事務所であることを示す看板も立てかけられていた。
「支持政党なし 代表 佐野さの秀光ひでみつ連絡事務所」
 赤、黄、白を基調とする看板の上部には、茶髪の男性の顔写真が大きく載っていた。少しカールしたくせ毛。やや顎を引いた顔は少しも笑っていない。口を真一文字に結び、まっすぐこちらを見つめているのが「支持政党なし」の代表・佐野秀光(四八歳)だ。
 二〇一三年七月に設立された同団体の本部は、佐野が代表取締役社長を務める株式会社情報通信ネットワークの本社ビルにあった。
 ガラスの扉を開けてビルに入ると、少し階段を上がった場所で勤務する警備員が「どちらまで?」と声をかけてきた。制服姿の警備員の待機場所は椅子一つ分の広さしかない。
「支持政党なしの佐野代表と約束しています」
 そう告げると警備員は入館者リストに時刻を記録した。小さなビルだがセキュリティには気を遣っている。入館証を受け取ると、エレベーターに乗るよう促され、後から警備員も一緒に乗ってきた。
「こちらは初めてですか?」
「いや、以前にもお邪魔したことがあります」
 これ以上の会話は続かない。あっという間に最上階に着くからだ。
「こちらです。どうぞ」
 エレベーターの扉が開くとスーツ姿の佐野が待っていた。ビル入り口の看板写真は昔のもので、実際の佐野は若干ふくよかさを増していた。写真よりもソフトな印象だ。
「右側が党本部で、左側が会社の社長室です。どちらの部屋でお話をしましょうか?」
 先に右の党本部の部屋を覗くと、壁一面が「支持政党なし」と書かれたバックパネルになっていた。そしてシンプルな事務用机と椅子。ホワイトボードに貼られたポスターには「この選択肢が欲しくありませんか」とある。
「社長室も見せてもらっていいですか」
 そう断ってから左の社長室を覗くと、黒い革張りのソファーセットが見えた。それとは別に立派なテーブルと椅子もある。壁際のスタンドには、情報通信ネットワークのグループ会社のパンフレットが整然と差し込まれ、部屋の中央奥には佐野の執務机があった。
「政治活動の取材ですから、党本部のほうがいいかもしれませんね」
 佐野と二人で党本部の部屋に入ると、佐野が三つ折りの名刺を差し出した。私はそこに「実用新案登録済み」の文字を見つけた。
「この三つ折りの名刺は、開くとハガキになるんですよ。これが実用新案。私はこういう初めてのことを考えるのが好きなんです」
 言われた通りに名刺を広げると、たしかにハガキになった。ハガキ面には「直接民主主義への挑戦!」とのコピーが躍る。宛名部分には党本部の住所。「ご意見をお聞かせ下さい」と書かれた空欄の下には差出人の住所を書く欄もある。ハガキを送りたい人が自分で切手を貼れば、そのまま党本部に届く仕組みだ。
「これで意見が届くことは多いんですか」
「いや、それほどは来ません。ご意見はメールで寄せられることが多いですね」
 実際にハガキが利用されるかどうかには、それほど興味がない様子だった。


(このつづきは「小説 野性時代」2019年1月号でお楽しみください)
※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。

畠山 理仁(はたけやま・みちよし)
1973年愛知県生まれ。2017年『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』で開高健ノンフィクション賞を受賞。いわゆる泡沫候補たちの選挙活動を、優しくユーモア溢れる筆致で描き話題に。

●新鋭ノンフィクション作家試し読み
>>北野新太「最終局」
>>斉藤弘江「平成は鈍色の空からはじまった」
>>岩下明日香「参道」


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