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レビュー

現代を生きるあなたにも勇気を与える時代人情小説——藤原緋沙子『菜の花の道』レビュー【評者:末國善己】

時代小説の名手が贈る痛快ストーリー
藤原緋沙子『菜の花の道』

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菜の花の道 千成屋お吟』藤原緋沙子



現代を生きるあなたにも勇気を与える時代人情小説

評者:末國善己

 藤沢周平『よろずや平四郎活人剣』など、市中のトラブルを解決するプロを主人公にした時代小説は少なくない。幾つもの人気シリーズを手掛ける藤原緋沙子が、この激戦区に挑んだのが『ほたる茶屋 千成屋お吟』だった。
 物語の舞台となるのは、日本橋に店を構える「よろず御用承り所」の千成屋。女将のお吟は、五年前に夫の清兵衛が伊勢参りへ出たまま行方不明になったものの、懸命に困りごとを抱えるお客に寄り添っている。そんなお吟を支えるのが、岡っ引だったお吟の亡父・丹兵衛の手下をしていた千次郎と與之助、今は隠居しているが丹兵衛に十手を預けた北町奉行所の同心だった青山平右衛門である。
 〈千成屋お吟〉シリーズの第二弾『菜の花の道』は、前作から約二年ぶりの新作なので、まさにファン待望の一作といえるだろう。
 巻頭の「うば桜」は、平右衛門が、襲われている老女おとらを救う場面から始まる。千成屋で事情を聞くと、おとらは帳屋(帳面、筆、墨などを売る店)を息子夫婦に譲ったが、ライバル店の出現で経営が悪化していた。おとらは嫁と折り合いが悪く、さらに蠟燭問屋の手代を殺し大金を奪った犯人とおとらを襲った犯人が、同じだった可能性が浮上する。複雑に入り組んだ事件が解き明かされるにつれ、過去に囚われ明るい未来が信じられなくなっていたおとらの心も解きほぐされていく。平右衛門が苦難の人生を送ったおとらにかける「姥桜を咲かせればいいんだよ」の一言は、現代を生きる高齢者も勇気と希望がもらえるように思えてならない。
 表題作の「菜の花の道」は、かつてお吟が手を貸した呉服太物商の天野屋が、再び救いを求めてくる。四年前、ならず者の時蔵に襲われ顔に傷を負った手代の佐之助が、「世間に禍々しい印象」を与えるとして天野屋を去った。佐之助と恋仲だった天野屋の娘おはつは、叔母おたねの勧めで多七を婿にした。だが多七は、賭場と岡場所の女・萩野のところに入り浸り多額の借金を抱え、重追放になった時蔵が密かに江戸に戻った事実も判明する。やがて周到に計算された犯罪計画が浮かび上がり、お吟たちも苦戦を強いられるダークな展開になるが、欲望にまみれた者がその欲望に足をすくわれ、真っ当に生きた者が救われるので痛快に思えるのではないか。
 「葛の裏風」では、お吟たちが武家のトラブルに巻き込まれる。
 岡野藩に女中として紹介したおそでが千成屋を訪れ、お吟に赤楽茶碗を預け、誰が茶碗のことを聞いても自分か岡野藩士の成瀬友之助にしか渡さないで欲しいという。岡野藩で何かが起きていると感じるお吟は、やり手だという串田直次郎を連れた岡野藩の用人・竹邑源内から、藩の金を横領して仮牢から逃げた成瀬を捜して欲しいと頼まれる。成瀬の探索を通して、出世のためなら手段を選ばない人間と、世のため人のため誠実に生きる人間が対比されるだけに、どのように生きるのが美しいかを考えることになるはずだ。
 三つの事件の背後には、生まれた境遇でその後の人生が思い通りにならなかった者たちの怒りと憎悪が置かれている。これは自分で選べない親のステータスで人生が決まるという意味のネットスラング“親ガチャ”が、二〇二一年の「新語・流行語大賞」のトップ一〇に選ばれたことを思えば、身につまされる読者も多いだろう。ただお吟は不幸な生まれ育ちをした人たちを思いやる優しさを忘れない一方で、恵まれない境遇を悪事に走る言い訳にするような者は許さない。心温まる人情と間違いをただす厳しさの絶妙のバランスが、本書の物語をより奥深く、感動をより大きくしているのは間違いない。

作品紹介・あらすじ
『菜の花の道』



菜の花の道 千成屋お吟
著者 藤原 緋沙子
定価: 1,980円(本体1,800円+税)
発売日:2022年03月30日

時代小説の名手が贈る江戸人情譚。シリーズ第2弾
「隅田川御用帳」シリーズの著者が贈る、人情時代小説。書き下ろし2篇を含む3篇掲載!

よろず御用承り所『千成屋』の女将お吟は、悩みを抱える人々に今日も寄り添う。
日本橋でよろず相談を受ける千成屋のお吟のもとに、京橋の呉服問屋・天野屋から依頼が舞い込んだ。四年前、娘のおはつの婚約者だった佐之助が何者かに襲われ顔に傷を負ったことから江戸を去っていたが、事件の犯人を捕まえたのが千成屋だった。今度はあそび惚けるおはつの今の亭主・多七を更生させてほしいという。おはつのため、多七について調べ始めるお吟だったが、やがて江戸を去ったはずの佐之助や、佐之助を切った犯人も江戸にいることがわかり……。
(「菜の花の道」より)
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