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レビュー

小説と「はじめて」出会う読者のための 難易度設定は、イージーではなくノーマル。—— 島本理生/辻村深月/宮部みゆき/森 絵都『はじめての』【評者:吉田大助】

物語は。

これから“来る”のはこんな作品。
物語を愛するすべての読者へ
ブレイク必至の要チェック作をご紹介する、
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『はじめての』島本理生/辻村深月/宮部みゆき/森 絵都(水鈴社)

評者:吉田大助



 小説が読みたいけれども、どの本に手を伸ばせばいいか分からない。『はじめての』は、かつてないアプローチでその悩みにアンサーを出している。本書は、直木賞作家四人が「はじめて〇〇したときに読む物語」というテーマで小説を執筆したアンソロジーだ。
 トップバッターである島本理生の小説は、「『私だけの所有者』─はじめて人を好きになったときに読む物語」。アンドロイドの「僕」が、人工人間理論のスペシャリストである「先生」に宛てて書いた手紙からなる書簡体小説だ。元の所有者であるMr.ナルセと暮らした日々の記録は、アンドロイド本来の設計からすれば「よけいな感情」──怒りや憐れみ、孤独を恐れる気持ちが芽生えていくプロセスでもある。その先で、最後に現れる感情の名前は何か。辻村深月の「『ユーレイ』──はじめて家出したときに読む物語」の主人公は、全財産分の切符を買って電車に乗った中学生の「私」。夜の海で、水難事故の死者に手向けられた花束に目をやっていると、白いワンピースの少女が「ねえ、ひとり?」と声をかけてきた。「ひょっとして、ユーレイなの?」という問い返しに対し、否定の言葉がなかったことから、主人公は不思議と心を開くようになる。一風変わったゴースト・ストーリーは、副題として掲げたテーマに、言葉でまっすぐ返答することが試みられた一編でもある。
 最も尖ったテーマ選びを行ったのは、宮部みゆきだ。「『色違いのトランプ』──はじめて容疑者になったときに読む物語」。物語の舞台は、並行世界〈第二鏡界〉が存在する日本。反抗期の一人娘・夏穂に手を焼く安永宗一は、〈第二鏡界〉で起きた爆破テロに「あちらの夏穂」が関わっていると知らされる。入れ替わりによる逃亡が起こらないよう身柄を拘束された夏穂に会うため、宗一は〈第二鏡界〉へと足を踏み入れる。この重厚な物語がわずか五十ページで語られているのは、小説の持つ情報圧縮力のなせるわざ。トリを務める森絵都の「『ヒカリノタネ』──はじめて告白したときに読む物語」は、タイムトラベルのチャンスを手に入れた高校三年生・坂下由舞の七転八倒記だ。椎太への過去三回の告白をなかったことにし、次のトライを重みある「はじめての」告白にするために、過去の自分の言動に妨害を試みる。その旅程で、由舞にそこまで執着させる椎太の魅力とともに、由舞自身の魅力もあらわなものとなる。だからこそ、ラストの展開に極上の快感と納得感が宿る。
 本書は、若者たちに爆発的な人気を誇る「小説を音楽にするユニット」YOASOBIとの、コラボレーション企画でもある。四編の小説を元に楽曲が制作され、順次、配信リリースされるという。YOASOBIをきっかけに、小説に興味を持ったという人は数多い。書誌情報では明示されていないが、本書が小説という表現ジャンルに「はじめて」触れる読者層を視野に入れていることは明らかだ。その前提条件を意識するあまり、離乳食のような小説を書くという選択肢もあっただろう。しかし、四人の作家はまるで違う選択をした。スルッと読んで終わりのイージーな小説ではなく、かみごたえのある物語を、その物語構築に最も適した文章表現で──つまり、いつも通り(ノーマル)に書くこと。それこそが広大な小説世界への良き「入口」になるのだと、確信を持って筆を進めている。
 イージーではなく、ノーマル。本書のこの指針は、今後さまざまなアプローチで小説を広め、届けようと願う人々にとってのスタンダードとなることだろう。

あわせて読みたい

『米澤屋書店』米澤穂信(文藝春秋)

 新・直木賞作家であり、(本人は否定するものの)読書家でもある著者が記した本を巡る冒険の書。読書で得た「はじめての」衝撃を記憶しておくことが、良き小説を書くことに繫がることがよく分かる。本から本へ、のリンクを意識した記事が多く、ブックガイドとしても最高峰。


『米澤屋書店』米澤穂信(文藝春秋)


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