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レビュー

バブル時代の価値観を令和に問い直す骨太のミステリ 『罪と祈り』(実業之日本社)

 今月の太鼓判!

本選びに失敗したくない。そんなあなたに、旬の鉄板小説をドドンとオススメ!

貫井徳郎『罪と祈り』(実業之日本社)

 平成から令和へと元号が変わり、平成を振り返る企画がメディアを賑わした。では、いまから三十年前、昭和から平成に変わった時、この国に何があったのか。貫井ぬくい徳郎とくろうの最新刊『罪と祈り』は、バブルに沸く好景気の日本で、起こってもおかしくなかった犯罪と、その犯罪に翻弄された人々を描いたミステリだ。
 物語は二つの時代が並行して描かれる。
 一つは現代。警察の遺体が隅田すみだ川から上がる。亡くなったのは長年、地元で交番勤務をしていた濱仲はまなか辰司たつじ。遺体の側頭部に鈍器で殴打された痕があることから、警察は殺人事件として捜査に乗り出す。辰司の息子、亮輔りょうすけは勤務していた会社が倒産し、三十をすぎて求職中。親孝行ができなかったことを悔いている。所轄の刑事として捜査にあたる芦原あしはら賢剛けんごうは亮輔の幼なじみ。幼い頃に父を自殺で亡くし、父の親友だった辰司を父親のように慕っていた。亮輔は父の本当の姿を知るために、賢剛は殺人事件を解決するために、それぞれのやり方で辰司の周辺を探っていく。
 もう一つの時代は昭和の終わりだ。辰司はちょうど亮輔と同じ年頃で、交番に勤務する〝お巡りさん〟。古い下町では地上げ屋による嫌がらせが続いていたが、警察ができることは限られており、無力感を抱いていた。賢剛の父、智士さとしの周りには浅草の地上げに憤る人たちがいた。地価がうなぎ登りだったバブル時代、地上げ屋は大手不動産会社と組んで、アメ(お金)とムチ(嫌がらせ)で土地を漁っていた。嫌がらせに耐えかねて亡くなった人もいれば、大金を手に町を去り、郊外に豪邸を建てたものの無残な結末を迎えた家族もあった。混沌とする時代の中で、智士と辰司はやがてある計画に関わることになる。
 二つの時代を舞台にした物語は、世間を騒がせた誘拐事件をめぐってシンクロし始める。人質が亡くなり、身代金を奪われ、犯人も捕まらないという、警視庁の汚点というべき事件だった。三十年前の誘拐事件と、智士の自殺、辰司の死。無関係に見える出来事が徐々に接近し始める。その真相が明らかになった時、読者はパズルのピースがハマる快感と、その完成した「絵」から受ける哀しみに心打たれるだろう。
 バブルとは何だったのか。あの時代の空気を地べたに近い視点で描いた小説が、「いま」書かれたことにこの作品の意味がある。バブルといえば、笑えるバカ話か、あの頃はよかったという回顧になりがちだ。しかし、たしかにそこには濃い影があり、犠牲者がいたのである。そのことを忘れてはいけないと思う。
 作者の貫井徳郎は一九六八年生まれ。バブル世代の最後にあたり、大学生の頃に大人たちの狂乱を冷めた目で見ていたはずだ。同世代の私は、その時に作者が感じたであろう時代の空気をこの小説の底流に感じた。この小説で描かれている事件が「起こってもおかしくなかった」と感じたのはそのせいもあるだろう。しかし、この作品の本当のすごさは、バブル世代に閉じず、現代を交えることで、バブル時代の価値観をもう一度問い直しているところだ。だからこそ「いま」読むべき小説なのである。

あわせて読みたい

貫井徳郎『北天の馬たち』(角川文庫)


横浜馬車道通りから少し奥まった場所にある喫茶店〈ペガサス〉。その店内を通って2階に上がると、皆藤かいどう山南やまなみが営む探偵事務所がある。『罪と祈り』と共通するのは、「地縁」と「友情」。皆藤と山南の秘密が明らかになったとき、さわやかな感動が訪れる。


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