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レビュー

神の棲む山と人の暮らす地との境界で、「生き物屋」が遭遇した不思議なお話。『里山奇談 あわいの歳時記』

書評家・作家・専門家が《今月の新刊》をご紹介!
本選びにお役立てください。

(解説者:川上洋一 / 生物多様性ライター&デザイナー)


「里山」という言葉は、多くの人々の心を刺激してさまざまなイメージを呼び起こすようだ。かつての農村に普通に見られた、田や畑をめぐる流れや水辺、それを取り囲む雑木林や鎮守の森、ススキなどの草原といった人手の入った自然は、しばしば人間と共生する理想の姿としてとらえられる。はるか昔から受け継がれてきた日本の原風景と評価されることすら珍しくない。
 たしかに生き物のなかでも、急激に数を減らして絶滅危惧種になっているのは、ブナ林や高山帯といった手つかずの自然に棲むものより、里山を生息環境とするメダカやゲンゴロウといった種類の方がはるかに多い。「手を触れないで観察することが自然保護」という考え方も、手入れが欠かせない里山の自然が評価されるのに伴って、軌道修正を余儀なくされたほどである。
 しかし、里山という言葉と概念が広く社会で使われるようになったのはごく新しい。こうした環境を舞台にしたアニメ「となりのトトロ」の中では使われていないし、本格的に辞書に取り上げられるようになったのは1990年代の半ばを過ぎてからだ。
 ありふれたものに過ぎなかった農村の風景は、アニメや美しい写真集をきっかけに急にメディアの注目を浴び、親しみやすい価値あるものとして肯定的に扱われるようになったのだ。かつての農村にあった貧困や重労働、閉鎖的といった暗いイメージを知っていると、この変化には戸惑いすら感じる。 
 最近になって、自然と人間の共生のモデルとする里山観には、見直しの声も上がっている。たとえば植生景観史の研究によって古写真や古文書などから明らかになったのは、高度経済成長期以前には過酷なほどに収奪されていた里山の姿だ。肥料や燃料などの資源として頻繁に刈り取られていたため、痩せた土地に生えるアカマツ林やススキの原が多くを占め、背の低いヒョロヒョロとした雑木林が点在していたという記録からは、これまで語られてきた緑豊かなイメージとの間に大きなギャップを感じさせる。
 手放しの里山礼賛から、ようやくバランスのとれた視点へと向かっているのは健全と言えるが、不思議なことに、同じ時代を農村で過ごした世代にも、こうして明らかになった過去の姿に違和感を覚える人が少なくないらしい。自分の知っている環境はもっと豊かで優しい存在のはずだったという彼らの記憶は、すでに広く一般的になった里山のイメージで上書きされているのかもしれない。
 こうした背景を知ったうえで里山奇談 あわいの歳時記を新刊とする一連のシリーズを読むと、これまで築かれてきた里山観に一石を投じていることがよく分かる。
 ここで語られるのは決して共生などしていない人間と自然が並列して存在する場所だ。人は生活のために自然から収奪して利用する一方で、隙を見せれば牙をむいた自然に容赦なく命を奪い取られてしまう。現在でも野外で遊ぶ子供の死因の第一位は事故であり、交通機関に由来する場合を除けば溺死が最も多いことは、このシリーズの中で繰り返し語られる通りである。
 自然は怖い。それでも遠ざけたり支配するというのではなく、危険について知ったうえでも付き合うべき魅力に溢れた存在だというのが、一流の自然観察者でもある著者たちのスタンスだろう。災害が起きるたびに繰り返される「正しく怖がれ」という教訓とも通じている。そして時には諦め、祈ることしかできない現実も自然と人間との間には存在する。こうした感覚が失われつつあるかに見える現代、このシリーズから得られるものは少なくない。

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