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レビュー

そこは誰にとっての“楽園”か――『二重螺旋の悪魔』の著者が綴る黙示録エンタメ巨編『テュポーンの楽園』

【カドブンレビュー】

 東京都の山あいにある平凡な街に起きた異変。なにかに取り憑かれたように沈黙し街に引きこもる住民たち。
 異変に気づき、街の調査に入った警視庁捜査一課特殊班(SIT)のメンバーと、同行した女性陸上自衛官の織見奈々はそこで不可解な存在に遭遇する。そして、それは自分に近付こうとする特殊班のメンバー達に静かに牙をむき始めた。
 少しずつ、じわりじわりとその姿を露わにする謎の生命体。
 なぜそこにいるのか、どこからやってきたのか。
 多くの謎に包まれたまま「人間VS怪物」の壮絶な闘いの火蓋が切って落とされる。

 スーパーマンが登場するわけでもなく、あくまでも「人間」が怪物の脅威に立ち向かうこの作品、とにかくディテールが凄い。
 七八式戦車回収車やAH・1Sコブラ対戦車ヘリなど、マニアが喜びそうな兵器類の詳細な描写はもちろん、広範囲ネットワーク情報化システムを活用し戦況をバーチャルに再現するターゲット・ロケーターなど、自衛隊のハイテク最新装備が続々登場する。また、SITチームが現場に突入する際の連携や無線でのやりとりで使われる符牒に至るまで、とにかくリアルに描き込まれており作品に厚みを持たせている。
 電磁波を使って一瞬で人間を無力化させるゾンビガン、人工的に「ゾーン体験」を作り出すエムサスと名付けられた科学技術などは、今現在どこかで実用化に向けて研究が進んでいるのではないかと思わせるリアリティだ(いや本当に研究が進んでいるのかもしれないが)。
 そして作者のこだわりは生理的に忌避したくなるような怪物の造形や動きにまで現れる。
 600ページ超えというボリュームはその緻密で臨場感溢れる描写に費やされ、読者の眼前に凄惨な黙示録の情景を出現させることになるのだ。

 人智を超えた存在の前に絶望的な闘いを強いられる自衛隊。立ちはだかる異形のものたちの不可思議な姿や性質。それらは一体何を意味するのか。ギリシア神話の怪物「テュポーン」の名を持つその怪物の正体とは…。

 この作品のタイトルにある「楽園」という言葉。
 終盤、その意味するところを知り主人公に生じるわずかな迷い。それに少なからず共感してしまう読者も多いのではないだろうか。
諦念と受容、畏怖と安堵が入り交じる不思議な感覚を味わいながら物語は終結する。
 それは本当に「楽園」なのか。誰にとっての「楽園」なのか。
 全編を通して壮絶な戦闘描写を描きながら、そこに隠された真のテーマに戦慄する。
 筆者7年ぶりの新作は、圧倒的な説得力をもって読者に迫る壮大なスケールの黙示録エンタメ巨編だ。


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