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レビュー

【『ヒストリア』カドブンレビュー②】伊奈利「だからこそ煉の魂の叫びや願いは多くの人々の胸を揺さぶる」

池上永一さん『ヒストリア』の第8回山田風太郎賞受賞を記念して、カドブンでは「5人のカドブンレビュアーによる5日間連続レビュー」企画を行います。5人のカドブンレビュアーは『ヒストリア』という巨大な作品をどのように読み解いたのか? ぜひ連続レビュー企画をお楽しみください。
>>①鶴岡エイジ「知花煉、彼女は一体何人分の人生を生きたのだろうか」

1945年3月23日。沖縄本島は朝から夕方まで激しい空襲を受ける。その日こそが米軍による沖縄攻略戦の始まりだった。
村を焼かれ、家族を失い、ひとり生き残った少女・知花煉。マブイ(魂)を落としたために安らかに死ぬことも、満たされて生きることもできなくなった彼女にとって、「長い死に際」の始まりの日であった。

ありったけの地獄を集めた。そう例えられるほど凄惨を極めた沖縄の地上戦で始まる煉の物語は、常に悲しみと怒りと絶望に満ちている。
戦後故郷を追われ、船で南米までやってきても、そこに楽園はなかった。
煉は抜群の頭の良さと容姿の美しさ、手先の器用さを資本として、資産を増やす敏腕家だが、脇が甘い。利用しているつもりが利用され、裏切るつもりが裏切られ、時流を抜け目なく読んでいるつもりで肝心な時に読み誤って何度も痛い目をみる。
彼女は他人を傷つけたり裏切ったりすることを厭わない。絶対に善人ではなく、悪女的ですらある。でもこの七転八倒ぶりを見ていると、憎めない。大切な友人や生活を守るためなら、相手がどんなに強くとも自ら戦うことを厭わない、真っ直ぐで可愛いところもある。
そして煉が本当に欲しいものは、何も起きない日常。安住の地。ただ側で見守ってくれる人。それだけなのだ。

一方、第二次世界大戦後の世界は、否応なく米国とソ連の東西冷戦構造に巻き込まれ、南米の国々には冷戦とは異なるイデオロギーで革命の炎が燻っている。
1959年にカストロ兄弟らと共にキューバ革命を成功に導き、ボリビアとその周辺国にも革命をもたらそうとする青年、ゲバラの存在がある。1962年にはキューバでのソ連のミサイル基地建設をめぐり米国とソ連が激しく対立したキューバ危機が訪れる。
後半はこの史実と虚構が入り混じっての冒険活劇である。あわや核戦争勃発、というところであったキューバ危機を、どう回避するか。知っているはずのその顛末が、米国もソ連も翻弄し、ナチスの残党にさえ挑む煉の不屈のバイタリティによって痛快に書き換えられてゆく。

そんな活劇調の展開の末に迎えるラストシーンは、だからこそ衝撃的だ。荒唐無稽な冒険の終わりに、無情に紡がれる歴史が圧し掛かる。
600ページを超える長大な、二十数年を語りつくす物語のなかで、実は煉の明確な年齢を示す場面はどこにもない。「少女」として登場した彼女は、後には「女」「移民」という存在になる。彼女が刻む歳月は、世界情勢とファッションの変遷から推し量るしかない。
「煉」とは、沖縄戦で死んでいった「少女」たちであり、生き残って戦後を歩んだ「女」たちであり、歴史から黙殺された「移民」たちであり、それらすべての象徴だ。
だからこそ煉の魂の叫びや願いは、多くの人々の胸を揺さぶるに違いない。

未だ終わらない戦争を生きる人々の声が、平和という幻想のなかに生きる人々に届くように。この先も語られることなく、忘れられていくはずだった沖縄の痛苦の歴史を、激しくも鮮やかな煉の「物語」に託した。それがこの『ヒストリア』なのだろう。


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