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レビュー

世界初の推理小説「モルグ街の殺人」! 既訳では訳されてこなかったデュパンと主人公の二人の関係【ポーの謎に迫る解説 連載第4回】

新訳『ポー傑作選』2ヶ月連続刊行記念!
エドガー・アラン・ポーの謎に迫る解説 第4回【全5回連載】

河合祥一郎による、エドガー・アラン・ポー新訳ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫が先月に発売され、その続刊ポー傑作選2 怪奇ミステリー編 モルグ街の殺人も今月発売されました。
これを記念して、文庫巻末に収録されている「作品解題」や人物伝、そして、研究者やファンの間で長年にわたり解明されてこなかった、ポーの奇怪な死の謎に迫る解説を一部抜粋して、全5回の連載でご紹介します。

第4回は世界初の推理小説「モルグ街の殺人」について。デュパンが語り手の思考を辿った際、既存の翻訳では訳されてこなかったデュパンと主人公の二人の関係が描かれます。
ぜひ本選びにお役立て下さい。

▼第1回はこちら
https://kadobun.jp/reviews/entry-45425.html
▼第2回はこちら
https://kadobun.jp/reviews/entry-45426.html
▼第3回はこちら
https://kadobun.jp/reviews/entry-45432.html


エドガー・アラン・ポー新訳 ポー傑作選2 怪奇ミステリー編 モルグ街の殺人

ポー傑作選2 怪奇ミステリー編 モルグ街の殺人
著 エドガー・アラン・ポー 
訳 河合 祥一郎


「モルグ街の殺人」

(『ポー傑作選2 怪奇ミステリー編 モルグ街の殺人』文庫巻末「作品解題」)

解説
河合祥一郎

 ポーの初期傑作の一つであり、史上初の推理小説と呼ばれることもある。初出は、一八四一年四月発行の『グレイアムズ・マガジン』誌。デュパンは、シャーロック・ホームズやポワロの原型とされる。当時はまだ警察捜査官以外を「探偵デテクテイブ」と呼ぶ習慣はなかった。
 冒頭のエピグラフは、著述家トマス・ブラウン(一六〇五~八二)の『ハイドリオタフィア、屍灰甕埋葬』(一六五八)第五章第三段落冒頭より。海の怪物セイレーンは、ホメーロスの『オデュッセイア』では、上半身が人間の女性で下半身が鳥の怪物として描かれ、その美しい歌声で船に乗った人たちを魅惑して遭難させる(中世以降は人魚のイメージへと変化していく)。その歌声を聞いた者は死ぬ運命にあるので、生きている者は誰もその歌を知らないはず(歌を聞いて生き残ったオデッセウスという例外もいるが、彼は教えてくれない)。アキレウスの話は、母テティスが息子アキレウスを守ろうとしてアキレウスに女の子のかつこうをさせて、女たちのなかに紛れ込ませていたという、ホメーロスが『イーリアス』で語る逸話への言及。女たちに紛れ込んだアキレウスとは、レスパネー母娘のなかに紛れ込んだオランウータンのことを指し、その名前を知ることは不可能でないこと、オランウータンが足に怪我をしていたのはアキレウスの弱点が足にあることに呼応するのではないかという穿うがった解釈もある(Martin Priestman, Detective Fiction and Literature: The Figure in the Carpet, London: Macmillan, 1990, p.45)。
 網膜の外縁部についての記述は当時の科学者たちが述べていた見解に基づくものであり、ポーは詩「アル・アアラーフ」、「──氏への手紙」、「アーサー・ゴードン・ピムの冒険」第三章、「ハンス・プファールの無類の冒険」の削除部分でも同様の言及をしている。
 この翻訳の新味の一つとして、デュパンが語り手の思考を辿たどった際、オリオン座がシャンティイと結びつく点について、既存の翻訳ではされてこなかった道筋を明確にしたことが挙げられるだろう。すなわち、「オリオン座がもともとウリオン座と書かれていたこと」に関して、「この説明はいささか鼻につくという笑い話もした」(20ページ)と訳したところだが、ここの原文は「この説明に関するある種の鼻につく刺激〔臭〕からして(from certain pungencies connected with this explanation)」である。ここをあえて「笑い話」と訳したのには、次のような背景がある。
 直前に引用されているラテン語Perdidit antiquum litera prima sonum──すなわちオウィディウス『祭暦』第五巻五三六行──を参照すると、引用部の直前(五三〇~六行)に以下のような記述がある。ピオーティアの王ヒュリエウスは、子供がいなかったため、来訪したゼウスとヘルメスに子供を願った。神々はいけにえの牛の皮を尿(urina)で満たし、それを埋めるように指示した。十か月後に王は皮のなかに男児をいだし、その出生に基づき、Urion(ウリオン)と名付けた。この「ウリオン」が「オリオン」となったがために、引用された文が来る──「最初の文字はもともとの音を失った」。
 ヘイズは『注釈版ポー』にいて、「当時の医学文献では尿の臭いは鼻につくとしている」と断ったうえで、「デュパンが次の文で『鼻につく』と言っているのは、彼と語り手が確かに以前、尿の話をしていたことを物語る。この逸話全体が、デュパンと語り手がラテン語の授業に出てきた下ネタをくすくす笑い合う生徒にも似た関係にあるという、二人の関係の別の側面を示している」と注記している。つまり、この直後、「語り手の唇に浮かんだ微笑」は、哀れな俳優シャンティイを思い浮かべてのものではなく、ヘイズが指摘しているような下ネタ由来の「にやつき」であって、だからこそポーはデュパンに「君の唇に浮かんだ微笑の質(character)によってわかった」という言いまわしをさせているのだろう(この一文も翻訳では直訳を避け、「君の唇に浮かんだ微笑が、にやついたものだったことからわかった」とした)。
 最後のフランス語は、ポーの原注にもあるが、ジャン゠ジャック・ルソーの書簡体小説『新エロイーズ』(一七六一)第六部書簡十一の脚注2よりの引用。原典ではプラトンの幻影の説明について述べられた文であるが、本作では、警察がオランウータンの存在(あるもの)を「ない」と思い込み、動機という「ないもの」を説明しようとしていたことを示している。前述のヘイズの『注釈版ポー』は、ポーがこの引用文をエドワード・ブルワー゠リットンきようの『ペラム──紳士の冒険』(一八二八)第一巻で引用されているのを読んだ可能性が高いと示唆している。リットン卿による該当箇所にはこうある──「彼〔ルソー〕は人間一般を知っているが、人間の詳細を知らない。だから、彼が警句を吐いたり思索したりするときは、なるほどそのとおりだと思うのだが、彼がその思索を分析し証明しようとして論じ、理屈をこねると、納得がいかなくなり、まちがっていると反論したくなる。そんなとき、ルソーは、あのよくある悪癖〈あるものをないと言い、ないものを説明する〉を自分でも犯しているんじゃないか。ルソーは他の哲学者の悪癖だと言っているがね」

▼第5回「長年未解明だった、ポーの奇怪な死の謎に迫る!」はこちら
https://kadobun.jp/reviews/entry-45485.html

作品紹介



ポー傑作選2 怪奇ミステリー編 モルグ街の殺人
著 エドガー・アラン・ポー訳 河合 祥一郎
定価: 836円(本体760円+税)
発売日:2022年03月23日

ミステリーの原点!世紀の天才のメジャー作から知られざる名作まで全11編
ミステリーの原点がここに。――ポー新訳2冊連続刊行!
世界初の推理小説「モルグ街の殺人」、史上初の暗号解読小説「黄金虫」など全11編! 解説「ポーの死の謎に迫る」
彼がいなければ、ホームズもポワロも金田一も生まれなかった――世界初の推理小説「モルグ街の殺人」。パリで起きた母娘惨殺事件の謎を名探偵デュパンが華麗に解き明かす。同じく初の暗号解読小説「黄金虫」や、最高傑作と名高い「盗まれた手紙」、死の直前に書かれた詩「アナベル・リー」など傑作を全11編収録。ポーの死の謎に迫る解説や用語集も。世紀の天才の推理と分析に圧倒される、新訳第2弾!


【ポーの傑作ミステリー+詩】
世紀の天才のメジャー作から知られざる名作まで全11編

モルグ街の殺人 "The Murders in the Rue Morgue" (1841)
ベレニス "Berenice" (1835)
告げ口心臓 "The Tell-Tale Heart" (1843)
鐘の音(詩) "The Bells" (1849)
おまえが犯人だ "Thou Art the Man" (1844)
黄金郷(エルドラド)(詩) "Eldorado" (1849)
黄金虫 "The Gold Bug" (1843)
詐欺(ディドリング)――精密科学としての考察 "Diddling" (1843)
楕円形の肖像画 "The Oval Portrait" (1842)
アナベル・リー(詩) "Annabel Lee" (1849)
盗まれた手紙 "The Purloined Letter" (1844)
 作品解題
 ポーの用語
 ポーの死の謎に迫る

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000044/
amazonページはこちら


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