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レビュー

業界のリアルが生々しく暴かれていく、本読み垂涎の「読む本棚」――松岡圭祐『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 II』文庫巻末解説

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

松岡圭祐『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 II



松岡圭祐『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 II』文庫巻末解説

解説
内田 剛(ブックジャーナリスト)  

 会心の物語だ。しかしなんと油断も隙もない一冊なのだろう。絶好の「本よみに与ふる書」だ。語り口はユニークにしてシャープ。大胆な設定と繊細な描写が実に見事で、著者の細やかで鋭い観察眼は研ぎ澄まされたナイフのようでもある。名だたる出版社が実名で続々と登場し、業界の内実がさり気なくしかし生々しく暴かれていく。本書の発行元であるKADOKAWAはもちろん、講談社、集英社、新潮社、文藝春秋、小学館など、出版業界人が読めば胸がざわめき緊張が走り肝を冷やし、一般の本好きな読者が読めば小説が世に出されるまでの舞台裏を知ることができて興味津々となることは間違いない。満足度満点。まさに2度読み3度読み必至のストーリーなのである。
 個人的な話題で大変恐縮であるが、この文章を書いている僕は2020年の1月まで約30年間書店員として勤務していた。退職後も文芸出版社と仕事をする機会も多いのだが、本書に描かれている描写とそっくりそのままの景色をしばしば見かけている。なんと言ってもそのリアリティには驚かされるのだ。作中の書店まわりのシーンで古巣の書店(記憶も新しい最後の勤務場所)がそのものズバリ登場してきて他人ひとごととは思えなかった。狭苦しいバックヤードで著者と編集、営業を迎えてのサイン本とPOPづくり。超大物作家に新人作家。いったい何度経験したことだろう。小説家としての業務のひとつは書店員の日常風景でもある。これもまた紛れもなく本を読者に届ける現場のリアルなのだ。
 ただ単に著者と編集者、書店員など人物の関係性とその素顔がつまびらかになり、出版社の社屋や業界のパーティー会場、書店店頭の再現力が迫真なばかりではない。例えば著者の直筆サイン本は返品ができず売れ残れば書店在庫になる、映画化前提の小説執筆依頼はその後はめるのでまずない、ミステリを書けば売れて当然という文壇の空気、作家自らがセールスポイントをアピールする講談社の新刊書籍説明会のプレッシャー、あまり相性のよくないユーチューブなどの動画と本の宣伝、校閲校正スタッフの存在など気になるエピソードや本音がふんだんに現れる。「ニヤリ」と「ヒヤリ」の連続で長きにわたり培われた「業界の常識」があふれんばかりに伝わってくる。予算を削るための編集工程簡略化の実態や出版契約の仕組みなども分かり、ここまで明かして大丈夫なのかと思ってしまうほど。手厳しいセリフも多いがそれも本に対する愛の裏返しでもあるだろう。ともあれ偽らざる業界のリアルを知るだけでも刺激的な存在意義のある一冊だ。
 主人公であるすぎうら(23)は貧乏ひとり暮らしで駆け出しのライトノベル作家である。前作ではとある有名作家の盗作疑惑の謎を解き明かすことがテーマであったが、今回は血生臭い事件に巻き込まれる。流行作家・ばしらとうぞうの最新刊『告白・女児失踪』の内容はわずか2ヶ月前に発生した事件そのままであった。これは本当に汰柱本人が書いたものなのか。あえて問題作を世に出して話題づくりを狙ったのか。被害者にしか知り得ない情報が書かれているスキャンダラスな物語は世間や警察も巻き込んで大騒動となる。そして行方不明となる汰柱桃蔵。李奈にとっても他人事でなくなった。事件を取材しつつノンフィクション作品として世に問いかけるというミッションまで背負ってしまうのだ。何を書き、何を伝えるべきなのか。そのためにはどんなアプローチが必要なのか。小説としての虚構、ノンフィクションとしての真実。しんがん狭間はざまで揺れ動く李奈のかつとうが切実に迫ってくる。
 追いかけるほど謎が深まるミステリアスな展開が魅力的だが、読み終えてヒロインの成長ぶりがうかがえるところもうれしい。既得権に守られた出版業界は古い常識や凝り固まった先入観が根強く蔓延はびこり、新しいムーブメントを受け入れる土壌が希薄である。文学にもさまざまなジャンルがあるがいかに読者からの熱い応援があったとしても、ライトノベルというだけで純文学や正統派のエンターテインメント作品よりも下に見られてしまいがちである。しかし彼女は決してめげることはない。『トウモロコシの粒は偶数』というタイトルの一般文芸のミステリに挑むなど、どうしたら自分の書く物語を読んでもらえるか、読者にストレートに届けることができるのか、決してあきらめずに真剣に悩み考え続ける。ただ売れる本を書けば良いのかという小説家としてのきようを自問する。書き手としてしんに現実と向き合いながら常に前向きにチャレンジする姿が激しく胸を打つのだ。上質なミステリであると同時にひとりの人間の成長たんでもある。これがまた大きな共感ポイントであることは間違いない。誰もがいつしか杉浦李奈ファンとなることだろう。さらに読後感の良さも特筆ものだ。ラストには高まる鼓動を抑えきれないような感動が待ち受けていることも付け加えておこう。
 シリーズ一作目である前作の帯には「本好きのための文学ミステリ!」という宣伝文句が躍っていたが、事件をひも解くかぎがある小説に隠されておりまさにその通り。これはもう本読みすいぜんの「読む本棚」である。物語の随所に作家・作品が散りばめられており文学ファンにはたまらない構成となっているのだ。しかも登場するのは古典的名作あれば知られざる逸品もあり、その絶妙なセレクトにうならされ心にくいばかり。もりおうがい『花子』、とくとみ『不如帰』、ざいおさむ『酒ぎらい』、いしかわたくぼく『一握の砂』、がわらん『同性愛文学史』、よこみぞせい悪霊島』、まつもとせいちよう『疑惑』、たかあきみつ『白昼の死角』、ながしまゆう『佐渡の三人』など、本書から始まる読書の輪はまったく尽きることがない。楽しみ方は無限にあるのだ。
 およそ読みどころしか見当たらないこの作品の著者・松岡圭祐についても述べておかなければならないだろう。1997年にデビュー作『催眠』がミリオンセラーとなって以降、1999年の『千里眼』など映像化にも恵まれ、『万能鑑定士Q』、『探偵の探偵』、『高校事変』などシリーズ作品も数多い。十代の若者たちに圧倒的に支持をされているロングセラー『ミッキーマウスの憂鬱』もある。実に長きにわたって最前線で日本の文学界をけんいんしてきた人気作家として揺るぎない存在感を放っている。
 しかも本作の発売で今年(2021年)9作目(!)の小説作品というからその筆力のみなぎりは尋常ではなく、とても人間業とは思えない。「松岡圭佑」はもはやひとつのジャンルであり、その突き抜けた書きっぷりは松岡マジックと呼ぶべきであろう。しかも作品数だけでなく質の高さ、筆の確かさはこれを読んでいる読者であれば実感しているはずである。ちなみに本年は小説以外に『小説家になって億を稼ごう』(新潮新書)というノンフィクション作品があって、作家という職業を赤裸々にさらけ出し、業界でも大いに話題となった。本書とあわせて読めば「小説家」の生業なりわいへの理解がより一層クリアになるはずだ。
 紙の本の売上や書店の数は2000年前後のピーク時から比べると半減しており、出版業界はがけっぷちと言われて久しい。しかし本書のように高密度のエンタメの面白さがありながら、奥深い文学の魅力を存分に味わえる作品がシリーズ化されるのは嬉しい限りだ。文芸界もまだまだ捨てたものではないと切に感じる。不況をものともしないこの作品は、書くことと読むことの意味を問いかけ、物語に親しむ喜びが全編から溢れだしてくる。グイグイと読む者を引きつける雄弁さがすごい。読めば読むほど本が好きになり、読書のきっかけとしてもまた最高である。文学通でもビギナーでも楽しめ、至福の読書体験を約束できるこの物語は世代を超えて読まれる価値があるのだ。ヒロイン・杉浦李奈が今後どのような作品を描いて成長を遂げるのか、行く先にいかなる難事件が待ち受けているのか、さらにどんな文学作品に出合えるか、楽しみで仕方がない。2022年2月刊行予定で準備中の第三弾を心待ちにしよう。

作品紹介



ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 II
著者 松岡 圭祐
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2021年12月21日

事件の鍵は本の中にあり――。出版界を巡る文学ミステリ!
推理作家協会の懇親会に参加したラノベ作家・杉浦李奈は、会場で売れっ子の汰柱桃蔵と知り合う。後日、打ち合わせでKADOKAWAを訪れた李奈は、その汰柱が行方不明になっていることを知る。手掛かりとなるのは、1週間後に発売されるという汰柱の書いた単行本。その内容は、実際に起こった女児失踪事件の当事者しか知り得ないものだった。偶然の一致か、それとも……。本を頼りに真相に迫る、ビブリオミステリ!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322110000167/
amazonページはこちら


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