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レビュー

人生を変えてくれたのは、人間ではない何かでした――越谷オサム『まれびとパレード』文庫巻末解説

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

越谷オサム『まれびとパレード



越谷オサム『まれびとパレード』文庫巻末解説

解説
ふじ をり(書評家)

 二〇一八年、本書の単行本を手にしたとき、「まれびと」という言葉は果たして世の中的にどれくらい知られているのだろう、と考えた。というのも、私自身「まれびと」を、うすぼんやりとしかイメージできなかったからだ。
 人外なるものだっけ? 妖怪とか、幽霊みたいな?
 曖昧極まりなかったので、さくさくっと検索してみた(単行本にも記載されていたけれど)ところ、大正から昭和にかけての民俗学の礎を築いたおりくち信夫しのぶが提示した用語だと知った。なるほどねーと思い、その時はざっくりと「現世ではない異世界からやって来る、人間ではない者たち」みたいな感じ? と受け止めるに留まった。
 それから約三年。今回、この解説を書くにあたって、ざっくりしたままではマズイと思い、ちょっと真面目に調べてみたのだけれど。結果的に、ここを深く語りだすと、とても指定された文字量では収めきれないと理解。「まれびと」の理解はざっくりで無問題だし、なんなら、「『まれびとパレード』って『もろびとこぞりて』に似てない?」くらいの軽い気持ちで読み始めてもらっても全然OKと、まずは断言しておきたい。
 そもそも、越谷オサムの小説は、その気やすさが魅力でもあるのだから。

 収められている四話を、簡単に振り返っておこう。
 冒頭の「Surfin' Of The Dead(邦題:サーフィン・ゾンビ)」の舞台となるのは、極端に第一次産業に偏った港町。しかし、長らくほぼ唯一のメシのタネとしてきたマサバが獲れなくなり、主人公・ミナミの両親が営む活魚料理の食堂のみならず、町全体が活気を失いかけていた。町には、どこか吞気さが漂うネーミングとはうらはらに、たれているのは鼻水ではなく、腐乱した鼻そのものだという恐ろしさがジワる「はなたれはちろう」なる「人にあらぬもの」の伝承があるのだが、ミナミはある日、弁当を食べに向かったロメロヶ浜で、その姿を目にする。秋だというのにウェットスーツも着用せず波乗りに興じるバカサーファーとして巨大な波をくぐり抜け姿を現した男は、ミナミの名前を呼び、気さくに話しかけてきたが、まさに幼い頃から伝え聞いてきた「はなたれ八郎」のごとく、極端に血色が悪く、体中が腐乱していた。ほどなく、男は一年前、台風だというのにサーフィンをしていて行方不明になっていた、ミナミの幼馴染みかつ、その昔、束の間の恋人でもあったコータであることが判明。体は腐りかけているものの普通に話もできるコータは、自分は既に死んでいて、言ってみればゾンビのようなものだ、と説明する。
 信じられないものを目のまえにして、なのにゾンビ化したコータは生前と変わらずお気楽そうで、放ってはおけないと思いながらも腐臭を気にしたり、一緒にバカ笑いしたりしながらも腐敗の進んだ体に触れるたび、ミナミの気持ちは波のように浮き沈みを繰り返す。その緩急が実に越谷オサムらしくて、痛切な物語でもあるのに、自然と頰が緩んでしまう。ゾンビとして戻ってきたコータが姿を消し、「地元に貢献」した結果、町が蘇ったことを受け止めるミナミの気持ちの切り替えも絶妙で、うまいなぁとうならずにはいられない。
 続く「弟のデート」に登場する「まれびと」は、築五十年弱の二階建ての家に住みついている座敷わらしだ。高校二年生の主人公・みやうちは、不登校歴七ヵ月になる中学一年生の弟・けんと社会保険労務士の父親と三人暮らし。自宅は現在改築中で、座敷わらしは、仮住まいとしている借家で、紗良の知らぬ間に弟とすっかり仲良くなっていた。
「気になる存在」の野球部補欠部員のもっちー(いい男だ!)に誘われても〈私はデートだの恋だのと浮かれていられる人間じゃない〉と断ったのは何故なのか。健人はどうして不登校になったのか。宮内家に母親の影がないようだけど……? と、頭に浮かぶ疑問が、座敷わらしちゃんの存在をきっかけに明らかになっていく。
 強く印象に残るのは、紗良がかつては自分の、そして現在は健人の担任でもあるこん先生に、溜め込んでいたやりきれなさをぶつける場面と、座敷わらしちゃんを夏祭りに連れて行きたいと言う健人と言い争いになる場面だ。不登校の弟と多忙な父親を気遣う快活な姉、として振る舞い続けてきた紗良が、ずっと我慢してきたであろう寂しさや辛さや苦しみや悲しみを抑えきれなくなると同時に、読者もまた彼女の心の奥底に渦巻いていた感情を知る。ともすれば、健人のほうが大人のようにも見えてきて、紗良が受けた傷の深さに思い至る、という次第。
 短篇集を読むとき、本文の前に目次を見て、なんとなく話の内容を想像する人も多いと思われるが、初読の際、私は三話目の「泥侍」と、ラストの「ジャッキーズの夜ふかし」が、まったく予想できなかった。泥侍? 侍の形状をした土偶かはに的なものに、魂が宿って動き出す、みたいな? ジャッキーズ? ええとジャンキーズではなく?
 まさか泥侍がはるか昔、一六八六年に死んだ武士が地中から蘇ってくる話だとは思わなかったし、ジャッキーズ=邪鬼とは想像できなかった。「泥侍」に登場する、妖怪「どろぼう」についても、なんとなく名前は聞いたことがあるものの、本書を読むまで概要も知らなかった。
 興味深いのは「泥侍」の主人公・おお青空ふあいんのキャラクター造形だ。絶対に読めないトンチキじみた名前。市役所の「暮らしのあんしん課」課内最年少という絶妙に軽いポジション。天然なのか処世術なのか判断が難しく、泥田坊ならぬ泥侍・大宇巨さくすけとの掛け合いのとぼけた空気が微笑ましい。先祖代々伝わる土地と作助自身を護るため、予定されていたショッピングモールの建設計画を中止に追い込むべく奮闘する展開はシビアなのに、読み終えたときには多幸感さえあるのは、青空と作助の関係性と人的魅力によるところが大きいのではないだろうか。この設定でこの展開! これを思いつくのが越谷オサムなんだよなぁ、と唸らされる。
「ジャッキーズ」の正体は、奈良県の古寺、こうふくとうこんどうの四隅を護る国宝の四天王像に、ざっと千二百年踏みつけられている「邪鬼」だった。「ジャッキーズの夜ふかし」は、約五十年ぶりに解放された四匹が、一夜の冒険に出かけたことから巻き起こした騒動を描いていて、本書のなかで唯一「まれびと」そのものが主人公になっている。まがりなりにも「ヨコシマな鬼」なのに、お調子者で臆病で気は優しい四匹が、たった一匹の鹿を相手に大騒ぎし、挙句「スケールが小さい」だの「美的にもいまいち」だのと好き勝手にあげつらっていた御本尊様に救われる展開は、大いに胸がすく。まったくもって愛すべき邪鬼だ。

 人ではないものたちが、関わった人々にどのような影響を与え変化をもたらしたのか。どの話も、意外にもそれほど深くは追求されていない。マサバはいつまで獲れ続けるのか、ミナミの「プランB」は上手く行くのか。健人は自分の気持ちにどう折り合いをつけたのか、紗良は心の奥にあったものをすっかり吐ききれたのか。作助の水田に稲穂が実る場面も、再び長い長い年月を四天王の足の下で過ごすことになるだろうジャッキーズの姿も、描かれてはいない。
 けれどすべて、「めでたし、めでたし」と言える結末でありながら、その世界にまだ「先」があることを感じさせる。描ききられていないことで、終わらない、続いていく光が見えるのだ。小説も私たちが生きている現実も、世界は今、目に見えているものだけが全てではない。本書にはそんな、分かってはいても実感し難い大切なことが、繰り返し語られているように思われる。
 と同時に、ちょっと手を伸ばして、見える世界を広げていきたいという気持ちも膨らんでくるのではないだろうか。本書を読み終えた後に観る、ゾンビ映画の第一人者、ジョージ・アンドリュー・ロメロ監督の作品は、格別の面白さがあるし、『コータズ・フェイバリッツ・ボリューム・ワン』に詰め込まれていた曲を実際に聴いてみるのも楽しい。個人的には「The J.Geils Band-Centerfold(邦題:堕ちた天使)」の曲名を目にしたとき、そういえば、あのシングル版のジャケ写、ゾンビみたいだったな……と迂闊に納得しかけて確認し、その相違に苦笑してしまった(全然違ったけど似てなくもないのだ。ゾンビと!)。鳥取県境港市の水木しげるロードに設置された泥田坊の妙にグロいブロンズ像も一見の価値があるし、興福寺のジャッキーズと御本尊の薬師如来は、それを見るために奈良へ行ってみたい、とさえ思った。先に触れた「まれびと」も、かなり掘りがある。知れば知るほど気持ちが重くもなるのだが、掘り進んだ先にあるものには、自分の手で見つけた喜びがあり、見たことがないものを見てみたいと思う好奇心と、目にしたものを受け止める柔軟性が大事なんだな、と少し大げさなことを考えたりするほどに。
 振り返ってみると、作者である越谷さん自身もまた、長い間、読者によってまったく違う色に見えるな存在でもあった。
 個人的には、デビューから二作目の『階段途中のビッグ・ノイズ』(幻冬舎→幻冬舎文庫)以来、『空色メモリ』(東京創元社→創元推理文庫)や『金曜のバカ』(角川書店→角川文庫)、『くるくるコンパス』(ポプラ社→ポプラ文庫)などを「地味系青春小説の名手だ!」とはしゃいだ気分で読み継いできたけれど、そもそもデビュー作『ボーナス・トラック』(新潮社→創元推理文庫)は日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞受賞作であり、ミリオンヒットとなった『陽だまりの彼女』(新潮社→新潮文庫)も恋愛ファンタジーといえる。映画化もされ二〇二一年、今年の初夏に公開された『いとみち』シリーズ(同)や『魔法使いと副店長』(徳間書店→徳間文庫)は、ライトノベル好きの読者からも、多くの支持を集めた。けれど、デビューから十七年が経つ今、そんな色分けなど無意味でしかないとつくづく思う。恋愛小説でも家族小説でもミステリーでもファンタジーでも、越谷オサムはいつだって気やすくて、だけど手強い。
 次も、この「先」も、たぶん、ずっと。

作品紹介



まれびとパレード
著者 越谷 オサム
定価: 748円(本体680円+税)
発売日:2021年10月21日

人生を変えてくれたのは、人間ではない何かでした――。
ゾンビ、座敷わらし、泥田坊、邪鬼――。今の生活は悪くない。だけど、彼らに出会って前を向けば、何だか少し、変わるかも!?ちょっぴり不思議でほんのり切ない青春短篇集。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322105000229/
amazonページはこちら


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