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レビュー

本多孝好『dele』残したくないものと遺される者への思い、すべて引き受けます!

「終活」という言葉が世の中に浸透していく様子を、まぁそうは言ってもねぇ、と他人事として見ていた人は少なくないだろう。遺言で記しておくほどの資産もないし、信仰している宗教もない。なによりまだそんな準備が必要な歳でもないしね、と。
 しかし、どうだろう。例えば今日この後、事故に遭ったとしたら。あるいは予兆すらなかった病の急な発作に倒れたら。薄れゆく意識のなかで、「しまった!」と思うことはないだろうか。
 私はある。きっと大いにある。こんなことになるとわかっていたら、ちゃんとしておくべきだったと間違いなく悔やむであろう事柄は数え切れない。特に目の前のパソコンと、いつも手のなかにあるスマートフォンには、できることなら遺される家族に見せたくないものがごっそりと詰まっている。
 本書『deleディーリー』は、〈死後、誰にも見られたくないデータを、その人に代わってデジタルデバイスから削除する〉ことを業務としている事務所「dele.LIFE」を舞台にした物語である。業務の仕組みはこうだ。サイトを通じ依頼した契約者が、所長である坂上圭司が作ったアプリを自分のPCやスマホにダウンロードし、予め四十八時間、五日間など一定の時間を設定。その時間を過ぎても端末が操作された形跡が見られなかった場合、事務所のPC「モグラ」が感知し、遠隔操作で圭司が指定されたデータを削除する。
 ただし、端末の操作形跡が途切れたからといって、必ずしも依頼人が死んだとは限らない。確認もせずデータを消去してしまえば取り返しはつかないし、削除しようにも、電源が入っていなければ遠隔操作は不可能になる。圭司は職務を忠実に全うすべく、三ヶ月前、自分の足となる人間を雇った。それが、「フリーランスのガキの使い」を自称していた真柴祐太郎である。
 冷静沈着な圭司と、好奇心旺盛で人好きのする祐太郎は、本書のなかで五つの依頼を遂行しようと努める。第一話「ファースト・ハグ」の依頼人・新村拓海は、体に二ヶ所の刺し傷がある遺体となって発見された。指定されたパソコンのデータは問題なく消去できそうなものの、スマホは電源が入っていない。圭司は祐太郎に遺体が本当に依頼人であるかどうかの確認と、警察に先んじてスマホを捜し出し、充電するよう命じるが、新村の自宅でも見つからなかった。祐太郎は消去を指定されたパソコンのデータに、スマホの行方のヒントがあるかもしれない、と圭司に迫る。
 職務に忠実な圭司は、これまで消去を依頼されたデータを覗き見ることもなく事務的に処理してきた。ところが祐太郎は、遺された恋人や家族、死んだ依頼人の名誉のためになるかもしれないと、事あるごとに内容を確認しようと圭司に働きかける。「誰にも見られたくない」と望んだものだけに、依頼人たちが残したデータは、一見、やはりどこか不穏なものに映る。犯罪絡みらしき名簿、異性との親密そうな写真、違法行為によって入手したと思われる個人情報など、限りなく黒に近い記録だ。しかし、その印象が、ふたりの行動によって塗り替えられていく——。
 今や日々の生活に欠かせないデジタル端末には、その持ち主の姿が投影されていると言っても過言ではないだろう。死後に残したくないデータは、きっと誰にでもある。遺された者にとっても知りたくなかった、と思うこともあるだろう。でも、だけど。知らずに消し去られてしまうはずだった「記録」が、今日を生きる者の救いになることも確かにあるのだと、読み終えたとき柔らかな感慨が胸に残る。
 エンターテインメント力抜群の『ストレイヤーズ・クロニクル』や、胸アツな家族小説『Good old boys』など近著の読み心地とはひと味異なり、死生観を問い直されるような『MISSING』から連なるデビュー当時の作品を想起させられるが、より味わい深さが増した。否定でも肯定でもなく死を見つめて生きる覚悟を促される物語だ。


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