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特集

【『江夏の21球』対談 福田裕昭 後編】“最後の弟子”が見つめた、山際淳司と犬塚星司

山際淳司さんの子息・犬塚星司さんと、テレビ東京報道局統括プロデューサー・福田裕昭さんによる対談。“最後の弟子”と言っても過言ではないほど、山際さんと親交の深かった福田さん。山際さんの亡くなる前後には、どのような思いを抱いていたのでしょうか。最終回となる今回は、福田さんがモデルになったという山際さんの遺作『タッチ、タッチ、ダウン』についても掘り下げる後編です。

<<【前編】「池上無双」の源流にある山際イズム

暴走族の走る音に思いを馳せられる

犬塚: 池上さんと山際の違いについてさらに考えていたんですけど、山際は池上さんと違って、取材対象のインコースには投げない気がするんですよね。インコースじゃなくて、アウトコースにズバッと投げる感じ。伝わりますか?

福田: わかりますよ。山際先生のインタビューというのは、聞き役に徹してしゃべらせることで、言葉を引き出す。池上さんも、小泉進次郎さんなどにはそういうスタイルをとっている。ただ一方で、安倍首相や小池百合子都知事のように権力的な地位にある人に対しては、がんがんインハイを投げる。

犬塚: はい。

福田: おそらく……スポーツジャーナリストとしての山際先生は、スポーツに悪はないと思っていたんじゃないかな?

犬塚: そうでしょうね。今はアスリートという存在そのものがかなり変わってきてしまったから、山際のやり方だと厳しいのかもしれないなとは思っています。

福田: ただそれでもアジャストしていたとは思いますよ。山際先生は時代と寝ていたんだけど、それは独自の寝方だったんですよね。決して何歳になっても、埃を被るようなタイプではなかった。もし85歳で亡くなったとしても、おしゃれな85歳だったに違いないんです。山際先生は、今生きていたらおいくつですか?

犬塚: 今年の7月29日で、69歳になりましたね。

福田: あれ、池上さんと同い年? いや、池上さんが二つ年下だ。

犬塚: あ、そうなんですね。

福田: あと山際先生で覚えているのが「真夜中に暴走族が走る音が聞こえてきて、それが案外好きだった」って話で。昔横須賀に住んでいたでしょう。「迷惑な音なんだけど、意外とあれが好きなんだよね」って。

犬塚: それ、意外と重要な気がします。世界とつながっている感じがするとか、たぶんそういうことですよね。

福田: 興味を持つ方向が、人と少し違っている。

犬塚: それは作家の特性ですよね。山際が暴走族の走る音が好きだっていうのは、わかる気がします。作品の中でも、ヘッドライトがどうしたこうしたとか、ライトがきれいだったとか、そういう描写が多いじゃないですか。

「真夜中のスポーツライター」が、早起きになった理由

福田: 僕も、山際先生に対して「真夜中のスポーツライター」というイメージがあるんですよね。まさにそういうタイトルの本も出されていますけど。あれも本当にいい本で。この業界の人たちって、昼夜がひっくりかえっているじゃないですか。夜中に突然むっくり起きて、仕事を始めたりするでしょ。山際作品を読んでいると「ああ、夜中にスッと起きて、水割りなんか飲んで原稿書いているのかな」と、そういうことが感じられる。たぶん実際に、ある年齢まではそうだったでしょうね。でも、あるとき、大きな生活の転換期を迎えるんですよ。

犬塚: というと?

福田: 星司さんが生まれて、4歳か5歳くらいになったころですよ。彼、突然早起きになるんです。覚えていませんか?

犬塚: ああ、そうかもしれないですね。僕が物心ついてからは、朝ちゃんと起きてジムに通って仕事して……というイメージでした。たしか、どこかで書いていました。子どもがコミュニケーションを取れる相手になり始めてから、生活スタイルを変えたと。

福田: 「真夜中のスポーツライター」が一転して、早起き健康型のスポーツライターになったんですよ。しかも、それによって山際さんの作品も変わるんですよ。ヨットの話とか、アルピニストの話とか出てくるようになる。

犬塚: なるほど。

福田: プロ野球の取材っていうのは、非常に不健康なんです。昼間にむっくり起きて、酒飲んで、帰るのは明け方というようなスタイルになってしまう。だけど早起きになって、マイナースポーツにも手を伸ばしていく。山際先生ご自身がスカッシュをやっている姿なんかも、かっこよかったですね。山際先生は、なんでもまず自分でやってみようと思う人で。ゴルフも、突然始めていましたね。

犬塚: 腕はどうでしたか?

福田: うまいわけじゃなかったかな。ただ道具へのこだわりが強かった記憶がありますね。当時「PING EYE2」というアイアンが流行り始めていたんですけど、誰よりも先に持っていましたね。  とりわけ新しい技術や機材は好きでしたね。野球の試合が始まる少し前、取材陣は清原とか秋山とか、バッティングの練習を見ているじゃないですか。そのときに山際先生だけは、カメラマンたちに話しかけてカメラいじりながら「これってどういう風になっているの? ちょっと開けてもいい?」とかってやるわけですよ。

犬塚: ガジェットの性能も山際作品中の欠かせないディテールになっていますよね。

福田: 単に野球というスポーツだけじゃなくて、社会現象としての見せ方、というのは感じるんですよ。そもそも野球から作家人生に入ってないから、それがそうさせているのかなとも思うんですけど。  加えて作風でいうと、ふわっとした明るさが印象的ですよね。話の出だしもそう。放送ジャーナリストになったときもキャスターとして出演していたときも、基本は明るい世界をつくる方。

犬塚: もともと、読者として作品を読んでいたわけじゃないですか。実際に実物に会ってみて、印象は変わりましたか? ギャップがあったとか。

福田: 実物もかっこいいなと思いましたよ。一言で言えば、乾いた……ドライっていうのとはちょっと違うけど、乾いた感じなんですよ。決して日本的なウェットな関係性ではないんですね。  それと外国人がよく言うニュアンスの「クール」。クールなんだけど、あったかいんですよね。自動車はサーブに乗って、白金台のマンションに住んで、スッと取材に行って。理想的なマスコミ人でしたね。いつまでもスタイリッシュなところを失わなかった。  あとライフスタイルがかっこよかったですよね。新聞も出版もテレビも映画もそうですけど、ライフスタイルに憧れてこの業界に入る人もいるじゃないですか。先生は六本木のちょっとした店なんかに入るときでも、スマート。いつだったか、キャンベルのスープのことを先生が書いた記事があって。キャンベルのスープというのは、アンディ・ウォーホルが題材にするくらい、当時はおしゃれなものだったんですよ。銀座の女性かだれかとちょっとデートしているときに、百貨店でさりげなくキャンベルのスープを買って飲むというそれだけの話なんですが、なぜかとても印象に残っています。

最後の最後で、バブルを背負っていた

福田: アサヒスーパードライのCMにも出ていましたけど、その頃の先生には、太陽の日差しを浴びて暮らしている雰囲気がありました。あれも、生活を変えたからかな。

犬塚: あのCM、何パターンかあるんですよ。バスケの試合を取材しているのとか、なぜか飛行機を飛ばしているのとか(笑)。

福田: バブルのいい面を山際先生は背負っていた気がしますね。僕も当事者だったわけだけれど、バブルが弾けて本当に日本が下降線をたどっていることに気づいたのは、恥ずかしいことに96年ですよ。株のバブルは89年で終わっていたのに、いつかかならず上がると思っていた。

犬塚: みんなの頭の中でだけ、バブルが続いていたと。

福田: 右肩上がりの社会というのがこびりついていましたね。みんな錯覚の中で生きていたんですよ。スーパードライのCMだって、あんなにパターンを作る贅沢なつくりは今では考えられないですし。

犬塚: テレビをまだおおらかに作れていた、最後の時代という感じですね。

福田: うちの局は金がなかったけど、人と暇はあったから、やっぱりおおらかだったなあ。 他の局はすぐに海外に行くでしょ。こっちは箱根どまりですよ(笑)。

犬塚: 箱根に行って温泉泊まって清原の取材を……(笑)。

福田: 日帰りだよ!(笑)

犬塚: 山際は、テレビの仕事でも、そんなに苦労している感じじゃなかったですか?

福田: なかったですね。山際先生って、緊張しないんですよ。自然に振る舞っていました。ただ、がんの手術後復帰してからはかなり痩せてしまって、首回りが小さくなっていたので、そこを綺麗に見せようという気配りはあったように思います。つねに、みすぼらしい格好を見せない矜持がありましたね。

勝手に書かれて「電話しよう」と思っても

犬塚: 福田さんはお葬式にも参列してくださっていますけれど、当時のことは覚えていますか?

福田: 山際先生が亡くなって、お葬式まで少し間があったでしょう。僕はその3日間ずっと、山際家で本を読んでいたんですよ、先生の亡骸の横でね。

犬塚: そうだったんですか。すみません、覚えていません。

福田: 星司さんは弔辞を読むのに必死だったから(編注・当時11歳の星司さんが山際先生の弔辞を読み、後に文藝春秋にも掲載された)。寝ずの番を僕がやっていたんですよね。お線香を絶やしちゃいけないから、ずっと起きてないといけなくて、置いてある本をずっと読んでいました。意外とね、「あっ、こんな本も書いていたんだ」というものがあって。そこでさっき話した作風の変化にも気づきましたね。その後お葬式が終わり、四十九日も過ぎて、一段落したころに家に本が送られてきた。

犬塚: それが『タッチ、タッチ、ダウン』?

福田: そう。著者が「山際淳司」って書いてあってさ。「えっ!」ってびっくりするでしょう。しかも読んでいたら、俺のことが書いてある。あるとき、自分の人生についてちょっと悩んでいて。生前に、「会社やめようと思っているんですよね」なんて、先生に話していたんですよ。

犬塚: それは先ほどうかがった「スポーツ記者をこのままやるか、政治に行くか」というようなタイミングですか?

福田: そうそう。ずっとスポーツ記者をやっていたけど、ちょっとちがうような気がすると思い始めていた。営業もやってみたんだけど、よくよく考えると、自分は政治が好きなのかな……というときです。  山際先生は、とにかく聞き上手なんですよ。自分はあまりしゃべらない。よく話を聞いて話を回していくんだけど、そのときもまさにそうで。「あっ、いいんじゃないの?」「スポーツからちょっと離れてもいいんじゃないの?」「やってみたら?」という感じで僕の気持ちを引き出してくれた。その言葉に背中を押されたのが、僕の今のキャリアの原点なんですよ。

犬塚: その話をしたのは、93年くらいのことですよね?

福田: そうですね。亡くなったのは95年?

犬塚: はい。

福田: じゃあ本当に遺作だったんですね、『タッチ、タッチ、ダウン』が。

犬塚: 本人が書き下したものとしては、『タッチ、タッチ、ダウン』が最後ですね。その前に書いたものをまとめた本などが後からいろいろ出ましたが。

福田: なるほどね。あの夜はお酒を飲んでいたから、本当にいろんなことをしゃべったんですよ。「会社辞めたらどうするの?」と聞かれて、「タクシーの運転手もいいな」なんて答えていた。当時のタクシー運転手って、バブルだからすごく儲かっていて、1日で10万円稼いだりしていたんですよ。「それで探偵ドラマみたいに事件に出くわしちゃったらおもしろいかもな」とかテキトーなことを話していたら、そのまんま盛り込まれていて(笑)。

犬塚: (笑)

福田: 読みながら、思わずこみ上げてくるものもあって……これは山際先生に電話して一言言わなきゃ!ってなったんだけど、ああ、死んじゃっていると。切なかったですね。

犬塚: モデルにするよというような話はなかったんですか?

福田: なかったですね。もちろん信頼関係があるから、僕としてはうれしい話ですよ。

「ゲームスマンシップ」に美学を感じていた山際

犬塚: 昨日、『タッチ、タッチ、ダウン』を読み返していたんです。その中に「ゲームスマンシップ」という話が出てきて。

福田: ああ。

犬塚: 「スポーツマンシップ」という言葉は一般的にも使われているじゃないですか。フェアに、紳士として、どうスポーツをするかという。でも「ゲームスマンシップ」という考えは、「見えていないところで何をしても、勝ちゃいい」という精神が入っている。駆け引きとして成り立つなら何でもアリで、ギリギリを攻めて勝ちにこだわる考え方。山際自身の美学にもちょっと通じるところがあるなと思いました。ルールがあるゲームだという信頼関係のうえで、真剣勝負の最後の最後の場面ではなりふりかまわない、というような覚悟がある。

福田: うん。「裏では結構ずるいこともしている」みたいなのは、山際先生は嫌いではなかった。

犬塚: そういったことが、勝負の瞬間が終わると当事者同士の笑い話になることも含めて描かれているのが『タッチ、タッチ、ダウン』の魅力ですよね。

福田: 僕もアメフトやっていたとき、相手の選手の靴下をつかんでいましたからね(笑)。アメフトって審判の多いスポーツだから、ふと顔を上げるとそこに審判がいるわけですよ。すると「こいつひでーよ、靴下つかんでいたよ」と相手に言われたりする。あちらこちらでそういうことが展開されていた(笑)。1試合で半分くらいは、相手とののしりあっているわけですよ。そういう裏の話は今でこそ一般的になったかもしれないですけど、『タッチ、タッチ、ダウン』の頃は新鮮でしたね。晩年になってもさらに新しいことにチャレンジしようとしていた。

日本の家族を結びつける「野球」というスポーツ

犬塚: 福田さんは社会人になってからもアメフトを?

福田: やっていましたね、少し。

犬塚: 『タッチ、タッチ、ダウン』にはそうした福田さんの経験も入っているわけですね。

福田: そうですね。この歳になってから、よく大学の体育会のアメフト部の同窓会やっているんです。全国から集まってきます。

犬塚: みなさん、今はどこでどういう活躍をされているんですか?

福田: やはり東大のアメフト出身者は、東レとかキャノンとかに入っていますね。

犬塚: みんな部長になられているとか?

福田: この間の同窓会では、僕らが1 年のときの4年生が隣に座っていたんですけど、もう上場企業で社長やっている人も多いと言っていました。我々の時代はベンチャーとかないし、終身雇用が基本ですからね。でも、当時の一流企業だったカネボウとか山一証券に行った人は別の会社に行かざるを得なくなっていて、当時にしてみたら二流だった企業に行った人間のほうが、活躍できている。時代って変わるんだなと思います。

犬塚: 本当にそうですね。

福田: 考えてみると、企業の寿命って30年くらいなんですよ。東京海上日動火災保険やトヨタ自動車のようなお化け企業も、例外的にありますけど。特に、スポーツに一生懸命お金を使う企業って、上場企業ではあまりない。大きくなって業態を変えていく中で、スポーツから離れていくケースが多いんです。   都市対抗野球だけは根強いですけどね。野球は、家族みんなが応援にきますから。高卒から大卒まで関係なく一気にまとまる。野球や運動会は、時代遅れだと批判されることもあるんですけど、企業にとって大事な行事であることには違いないんですよね。

犬塚: 今『タッチ、タッチ、ダウン』が再刊されるとしたら、そういう話があとがきに書かれたかもしれないと思いました。そして、お話を聞いていて、やはり福田さんこそ“山際淳司の最後の弟子”だと、ますます思いました。

福田: 師匠に何かプラスのものを差し出さないと弟子になれないというか。そこの部分では自信がないですね。

犬塚: いやいや、『タッチ、タッチ、ダウン』が生まれましたから(笑)。

福田: あれも愚痴聞いてもらっただけですからね(笑)。でも、先生に少しでも何か渡せていたのならと思うと本望です。

犬塚: 山際も喜んでいると思います。今日は本当にありがとうございました。

(終わり)


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