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特集

それでもわたしたちは、ともに歩いてゆく(たぶん)。 初夏のカップル小説4選

初夏の季節におすすめ!
「うっかり恋より大事なものを抱えてしまった」カップル小説をご紹介します

あっという間に散った桜を惜しむ間もなく、世界はすでに新緑。
陸に海に空にもしかして宇宙に、あらゆるところで生命大爆発のこの季節、人間も何やらの気配がないでもない。
だがしかし。
恋って、そんなに大事なものなんだろうか。
我ら直立してでかい脳をもてあます哺乳類のなれのはて、生殖にオブラートをかぶせたキャッキャウフフより優先すべきことがあるのでは? 
ていうか、かの『源氏物語』からすでに1000年越え、人類同士が共存するピーキーなイベントがいつまでも恋一択なのおかしくね?
めんどくさい本読み野郎は考える。
しかし、それでも、誰かと一緒にいたいとしたら。
めんどくさく度し難い何かを抱えたまま、誰かは誰かとともに生きることができるのだろうか――考えたってわかるわけもない。わからないから今日も、本を読む。
そんなわけで今回のお題は、「うっかり恋より大事なものを抱えてしまった」カップル小説傑作選です。ではではー

初夏のカップル小説4選

蝉谷めぐ実『おんなの女房』



時は江戸・文政、頃は皐月。
「どうして燕弥さんは、あなたみたいなお人を女房にしたんでしょうねえ」
間髪入れずに、私もそう思います、と独白する志乃はいま売り出し中の若女形・喜多村燕弥の女房です。燕弥が歌舞伎の姫様役に入り込むため、いわば「取材対象」として金で贖われた武家の娘は、芝居のなんたるかも知らない。むしろどこかで忌避してすらいる。しかしガチガチの武家の規範によって育てられたが故に、妻として完璧であろうとする志乃と、一から十まで役者、もとい役の人物たろうとする燕弥、噛み合うわけがありません。
己が信じるものに関して、ただのひとつも妥協できないふたりが、噛み合わないまま互いを大切に思ってしまったら? そのとき、あなたは、わたしは、相手のために変わることができるのか? 変われたとして、その先に待ち受けているものはなんなのか、そもそも我々は、誰かのために変わるべきなのか? 
この小説は、そんな問いに満ちています。
「いやだ、俺は女形でいたい」と泣きじゃくる燕弥と、横にいながら手を伸ばすこともせず、ただ朝まで彼の嗚咽を聴いている志乃。こんなにも美しい恋のシーンがあるでしょうか。
 燕弥であること、志乃であること、江戸という時代、芝居という空間で生きるふたりであること、に関して、著者蝉谷めぐ実の筆もまた、苛烈なまでに妥協がありません。絵に描いたようなハッピーエンドが用意されているわけもなし。
それでも。
読み終わったとき我々が受け取るのは、ありえないほどの幸福です。
そして、誰かのことに、その人が大切にしているものに思いを馳せたくなる。この気持ちが恋であろうとなかろうと。

詳細はこちら⇒ https://www.kadokawa.co.jp/product/322102000165/

奥田亜希子『求めよ、さらば』



恋愛と結婚は違うって言いますよね。
人生をともにするのならば、好きだけでは難しいのだと。現実生活を生きていくための静かな思いやり、相手の状況に思いをいたす想像力、手と身体を惜しまず動かして日常を回してゆく気働き、などなど。
それらをすべて満たした、いわば理想のパートナー、誠太はある日、志織の前から姿を消してしまいます。「自分は志織にひどいことをした、裏切り者だ」という手紙を残して。
次の章では、どこかわからない場所で、誠太は志織と出会ってから恋に落ちるまでの「過去」を語り始め、 不可解のただ中に突き落とされた「現在」の志織は、自責も怒りも治まらないままに誠太を探し始めます。
二人の時間は、どうしようもなく違うところを流れてしまっている。その分水嶺になったのはなんと「惚れ薬」なのでした。
穏やかに、現実的な人生を送っていたふたりが躓いたおとぎ話のようなアイテム。馬鹿みたい、と笑い飛ばすのは簡単かもしれないけれど、ひとたびそこに心が宿ってしまったら、当事者は金輪際、魔法から抜け出せなくなるのです。こういうおそろしさ、覚えがありませんか?
志織と誠太は自分自身の心を縛る物語から、共に生きる現実に帰還することができるのか、彼らだけの大事なものを獲得することができるのか。
とてもリアルなふたりの恋愛小説にして、それぞれの心の冒険小説でもある1冊。ラスト1行の力強さは恋心だけじゃなく、人生を励ましてくれます。

詳細はこちら⇒ https://www.kadokawa.co.jp/product/322008000195/

榎田ユウリ『武士とジェントルマン』



カップリングというのは、つまるところ、異文化の衝突と受容ではないかと愚考します。
逆もまた真なり、と言えるのか。異文化の衝突と受容の物語すなわちカップル小説……無理がある。我ながらむちゃくちゃ無理がある。
しかし、そうまでして筆者はこの小説の話をしたいのです。
「伊能長左衛門隼人。それがしは武士にございまする」
ロンドンからやってきた研究者・アンソニーを迎えたのは、丁髷姿も凛々しい若侍でした。
前の東京オリンピックを契機に「武士」が復活した日本。最初は防犯の観点から、やがて海外からの客人に対するおもてなしと地域社会への奉仕を意義として根付いた制度を統括するのは公益社団法人武士連盟、隼人はその一員です。
隼人の家でホームステイを始めたアンソニー。初日に五右衛門風呂の洗礼を受け、ショックと湯あたりでフラフラになったりしつつも、少しずつ日本の生活になじんでゆきます。
ワールドワイドな料理の腕を持つスーパー家政婦栄子さんのお菓子やごはんを食べながら続く、アンソニーと隼人の日本談義とか、魂はモノノフなれどどうしょうもなくチャラい頼孝(織田家末裔のパツキン男子)の独特武士道とか、永遠に読んでいたい楽しさですが、実はこの物語にはとても大きく抜き差しならない「裏側」があったのです。
アンソニーと隼人、とりわけ隼人が抱える傷と、そして罪。
武士とジェントルマン、選んだ役割を坦々と演じていればやりすごせると思っていた暗い記憶に、物語の後半で彼らは向き合うことになります。
自分が自分であること、それ自体が赦せない。
そんな風に果てしない自己否定の中で溺れそうなとき、手を差し伸べ合えるのは身内ではなく、遠くて異質であるがゆえに、わかりあいたいと心から希求する他人同士なのかもしれません。
武士のいる現代、一見ファンタジックではありますが、この設定だからこそ出会うべくして出会った主人公たち、この設定だからこそ語りうる「リアル」が胸を打ち抜く小説です。

詳細はこちら⇒ https://www.kadokawa.co.jp/product/322006000163/

佐藤亜紀『喜べ、幸いなる魂よ』



世の中、恋なんかより、もっと大事なものがある。
100%の確信を持ってそう言うであろう、本書の主人公・ヤネケ。
ていうか、恋? そもそもそれ、必要?
くらいのことは言いかねない彼女と、40年にわたって彼女を思い続ける幼なじみのヤン。
18世紀。ベルギーのフランドル地方でふたりは生まれました。
裕福な商家の娘ヤネケは幼いころから、森羅万象の真理を解き明かすのに夢中でした。語学、歴史、数学などはもちろん、血液の循環や生物の発生……犠牲になるのはいつも、もらわれっ子のヤンです。指の付け根を糸で縛られて痛い思いをしているうちはまだ、良かった。そのうちヤネケは、兎の交尾の観察から自分とヤンの肉体を使った探求へと踏み出し、やがて身籠ります。彼女は女性だけの宗教的共同体・ベギン会に身を寄せて子供を産み、ヤンは養親にすべてを打ち明けてヤネケと一緒になろうとします。
が、しかし。
ヤネケにはその気がない。ひとっかけらも、ない。
彼女の関心は学問と探求と、その成果としての著述だけ。
出産するやいなや子供を里子に出し、ベギン会に安住してばりばりと執筆を始めます。女が学問など、まして本を出すなど考えられなかったこの時代、初めは双子の弟の名前を使い、のちにはヤンの名前を使って欧州中が瞠目するような著作を送り出してゆきます。ふたりが育った商家を継ぐ羽目になったヤンに、時折、気まぐれな助言をしたりしながら。
ある事件により商家が危機に瀕したとき、ヤンはヤネケの助言(と言うより、ほぼ命令)にしたがって有力者の娘と結婚さえもする羽目になります。
もうなんというか、本当に、ひどい。
最愛の女に蹂躙され続ける人生。
それでも、ヤンはヤネケを思わずにいられないのです。そして読み進むにつれ、我々にとっても彼の思いが、それに応えもせず、決して縮まらない距離のまま共に生きるヤネケの姿が、とてつもなく美しいものになってゆきます。
そこに愛があるから、美しいわけではない気がする。
では、この美しさは何なのだろうと、何度でも考えてしまいます。

時は流れヤンは市長に、ヤネケは著述の傍ら、若い女性の教育に尽力するようになりました。
物語の終盤、この地方にもフランス革命の大波が押し寄せてきます。
大切に積み上げてきたすべてが蹂躙されるのを食い止めようと、力を尽くすヤンとヤネケ、その思いも虚しく打ち砕かれてしまうのか、と思われたとき――。
40年にわたる二人のつながりの、クライマックスともいえる瞬間。我々はこの素晴らしさに出会うために、彼らの人生を見守り、彼らと生きてきたのです。
タイトルに込められた祝福が静かに降り注ぐラストシーンを、どうぞご一緒に。

詳細はこちら⇒ https://www.kadokawa.co.jp/product/322102001022/

(文:カドブン季節労働者K)

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