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試し読み

『ようこそ、自衛隊地方協力本部へ 航空自衛隊篇』数多久遠著 刊行記念、特別試し読み公開!!

『ようこそ、自衛隊地方協力本部へ 航空自衛隊篇』12/22発売!期間限定試し読み

働く自衛官を活写した書き下ろし小説『ようこそ、自衛隊地方協力本部へ 航空自衛隊篇』が12月22日(木)に発売されます。刊行に先駆けて、収録作品の中から「ラインとドック」を2023年1月31日までの期間限定で公開します。この機会に是非お読みください。

著者・数多久遠さんからのメッセージ

地本ちほんは、自衛官になるための入口であり退職時の出口でもあります。
これからの自衛官とこれまで自衛官だった人々を、その地本からの視点で描きました。
一人一人の人間としての自衛官の姿を見て頂けたらと思います。


ラインとドック

   新規開拓

 自衛隊に入隊した後に行われる新兵教育は、基本的に人間を型にはめるものだ。自衛官という鋳型の中に人間を溶かして流し込む鋳造のようなものではなく、プレスの型に強引に押し込むプレス加工のようなものだ。
 それでも、人間は鉄と違って柔軟だ。大抵の人間は、三ヶ月も教育を受ければ、その型にしっかりとはまる。
 江戸えと三等空曹のように、空士から空曹に昇任し、それなりの期間、自衛隊のメシを食ってきた者にとって、もうその型は替え難いものになっている。だから、異動して来て間もないこの職場は、違和感しかなかった。
「課長に対し、敬礼!」
 敬礼する相手の課長が着ているのは、まだ見慣れない真っ白な海自の制服だった。その課長、所三等海佐は自分の机の前に立っている。それぞれの机の脇に立つ者の出で立ちは、文字通りの三者三様だった。陸海空、三自衛隊の制服だけでなく、迷彩柄の作業服の者もいる。かと思えば、スーツ姿の事務官もいた。
「直れ!」
 号令を受け、江戸は一〇度の浅く折った腰を伸ばした。
 自衛隊の朝は朝礼で始まる。それは、三自衛隊から人が集まっている地方協力本部でも同じだった。
 地方協力本部、略して地本ちほんは、地方自治体を含む外部に開かれた自衛隊の窓口だ。三自衛隊の共同機関として各都道府県に置かれている。北海道だけは広すぎるため四つの地本がある。
 部屋はさほど広くない。所は声を張り上げることもなく話し始めた。
「今更なことだが、世間一般であればまだまだ働ける年齢にもかかわらず、自衛官は若くして定年となる」
 自衛隊が若年定年制を採っているためだ。ウクライナでの戦争を見るまでもなく、戦場ではどうしても体力がモノを言う。人員不足から、近年では定年を延長せざるを得なくなっているものの、基本的に若い力が必要なのだ。
「そのため、地本の前身だった地連では、隊員募集が主な任務だった」
 地方協力本部は、地方連絡部、略して地連が組織改編して設置された。その理由は、任務の拡大だった。
「しかし、定年後の再就職がままならなければ、若者が就職先として自衛隊を選ぶことに及び腰になってしまう。年金受給年齢が引き上げられるなど、自衛隊を定年となっても、まだまだ働かなくてはならない社会になっているためだ。そのため、再就職の援護が重要となった。我々援護課の存在意義は、隊員募集のためでもある。全員、重々承知のことだと思うが、身を入れて励んでもらいたい」
 所は、そう訓示した上で、細部の指導事項を話して朝礼が終わった。

 朝礼が終了すると、直ぐさま外に出かけて行く者もいる。さわやか笑顔をトレードマークとする江戸三等空曹も、その一人だった。アポイントをとってある企業に向かうため、カバンをもって立ち上がる。そこを、所に呼び止められた。
「江戸三曹、ちょっといいか?」
「はい」
 着任当初は緊張させられた見慣れない制服にも、やっと慣れた。それでも、呼び止められれば話は別だ。江戸は、心の中で身構えながら所の正面に立つ。顔立ちは穏やかなのだが、外見とは裏腹に、なかなか厳しい上官だった。
「新規の件は、どんな調子だ?」
 江戸は新規開拓を命じられていた。と言っても仕事は物品販売業の営業ではない。ただし、援護課の業務は、退職する自衛官の就職斡旋。だから、人材紹介業の営業と言えなくもない。
 過去に退職自衛官を採用してくれた企業にリピートを打診するだけでなく、新たに採用してくれる企業を新規に探すことも必要だった。
 もちろん、他の課員も新規開拓を命じられている。ただ江戸は、特に力を入れて新規開拓を行うように命じられていた。理由は簡単。他の課員がやりたがらないのだ。

「どうして私なんでしょうか。ベテランの方の方が向いていると思います」
 地本への着任後、新規開拓を命じられた時にそう返答したら所に驚かれた。空自では普通でも、陸や海では、NGな言い方だったのかもしれない。部隊を出る時にも気をつけるように言われていたものの、何がNGになるのかなんて分からなかった。
 それでも、所は渋い顔をしながら教えてくれた。
「援護というと、定年退官者の援護が主だと思っているかもしれないが、近年は任期制隊員の満期退職後援護にも力を入れている。満期退職しても就職の口がないとなれば、任期制自衛官、採用区分としては自衛官候補生の募集が厳しくなる……というのは本音でもあるのだが建前でもある」
 妙な言い回しに面食らう。建前でもあるが本音でもある、というならまだ分かる。所の言葉は逆だった。やはり満期退職者の援護は建前であって、この理由の他に、もっと言いにくい別の本音があるに違いなかった。
「実は、新規開拓を積極的にやってくれる者が少なくてな。それが、江戸三曹にうちに来てもらった理由でもあるんだ」
 江戸は、心の内で『あぁぁ』と叫んだ。江戸は、高校卒業後、一旦U県内の企業に就職している。もともと飛行機が好きだったこともあるが、そこでの仕事が嫌になって自衛隊に入った。その嫌になった仕事こそ、飛び込みがメインの営業職だったのだ。
 営業、それも飛び込み営業が嫌で自衛隊に入ったのに、その経験を買われて援護課に引っ張られたようだった。思わず歪んでしまう表情筋を必死で抑えた。

 とは言え、せっかく三曹にも昇任した。地本で三年頑張れば、部隊に戻してもらえる話になっている。やれるだけはやってみた。が、なかなか芳しくはなかった。目の前で神妙な顔をしている所に告げる。
「話を聞いてくれる企業はありました。今のところ可能性がゼロではないって言えるのが三社くらいでしょうか」
「三社見つけてきただけでも大したもんだ。これからも期待している」
 江戸は、これで話は終わりかとホッとした。
「でだ、先日報告にあった、ゼンダ工業というのは、その三社に入っているのか?」
 どうやら、続きがあるようだ。
「はい。人事の担当者だけでなく、社長も話を聞いてくれました。先方の希望に合いそうな人を紹介できれば、乗り気になってくれるかもしれません」
「そうか」
 江戸が答えると、所はおもむろに援護希望者の資料を差し出してきた。
「職種の先輩になるんだろうが、直接は知らないかもしれないな。基地が違う。それでも、どんなスキルを持っているかは想像できるだろう。ゼンダ工業さんに紹介してみてくれ」
 そのファイルの氏名欄には、蓮沼一曹とあった。確かに知らない名前だった。千歳基地の第二航空団。異動前の江戸と同じく、整備補給群の検査隊所属だった。ベテランの航空機整備員だろう。故障原因の探求や機器異常が発生する前にその兆候を見つけることに関しては、高い技量があるはずだ。
「分かりました。ゼンダ工業さんが使っている特殊プラントの維持管理には向いているかもしれません」
 ゼンダ工業は、特殊な化学薬品を作っている企業だ。需要が少なく、大手が手を出さない、いわゆるニッチ製品を作っていると聞いていた。説明してくれた社長の伊豆山によると、製造用のプラントは特注で、他に同種の生産設備は国内にないということだった。その維持管理には手探りの部分も多いらしい。
 江戸は、出かける前に自分の席に戻り、受話器を手にした。


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