怠惰な俺が謎のJCと出会って副業を株式上場させちゃった話

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第七章 ごこたいちゃんの嘘、あさみの物語
1 業績の向上に支えられて
N−2期には、こんなふうにいろいろなことが起きて、わが社はまがりなりにも上場への道を歩んでいった。いや、〝歩む〟というと、何か着実に進んだというイメージだが、そうじゃない。まして〝順風満帆〟の船なんかでもない。50人足らずの人間がえっちらおっちら引いたり押したりしてようやく動く大きな車輪のようなものが、おれの中の会社のイメージだ。あちらこちらで軋みの音を立てようやく動く車輪のようなもの。社員もこの経験から自分を変えなければならない局面に何度も遭遇したはずだ。その経験がプラスになったと信じたい。
みんなが上場のための体制の整備などに四苦八苦しながらも、この時期を耐えられたのは、業績の向上のおかげだった、と思う。それがなかったら、経費も人も増えたこの会社を支えきれずに、車輪は逆に、一緒になる前の小さな出版社と名もない小説投稿サイトのほうに逆戻りすることになっただろう。
出版業界は──おっさんからの受け売りだが──戦後一貫して成長してきたものの1990年代の終わりから2010年代まで、市場が縮小し続けた。これは日本社会の人口減のせいだと最初は思われたが、ゲームやアニメという隣接した業界がその間も成長し続けたことと比較すれば、絶えざる技術革新によってデジタル化社会に対応できた業界とそうでない業界の差、さらにその結果、市場のグローバル化に乗れたか乗れなかったかの差、ということが2010年代にははっきりしてきた。
2019年になってようやく出版業界の反転攻勢が始まったが、牽引役は電子書籍の著しい成長で、その中身のほとんどが〝マンガ〟だ。背景にはスマホの爆発的な普及がある。スマホの中で、マンガとアニメの映像配信とゲームがエンタメの主流として多くのユーザーの時間と金を奪い合う時代となった。しかもそれは世界同時発生的な出来事だった。そういう潮流の中で、出版業界、とりわけマンガとその電子化に取り組んできた一部出版社が再び成長を取り戻すことができた、というのがおっさんの解説だ。
長く楽園舎の先代社長と苦楽をともにしてきたおっさんからしてみれば、90年代半ばまで楽園舎はハイカルチャーな出版社として、小なりと言えども固有な地位を占めることができていた。それが業界の長い低迷の中で、世紀をまたぐ頃には窮迫しつぶれかけたが、先代社長(文枝さんの兄)は、サブカルチャー出版に転換して楽園舎の生き残りをかけた。その遺志を継いだ者たちが、ノベルビレッジと合併することで、事業を電子に転換して、成長に導いた。楽園舎はブランドを守ることができた。合併後のノベルビレッジは、ライトノベルブームが去ると一時急激な返品増に苦しんだが、この会社はマンガを手掛け、電子書籍への進出により危機を脱した。そしていま、おれが開発したマンガアプリ『マンガ R!』がこの会社を再び飛躍させようとしている。
マンガアプリはスマホの申し子だ。その証拠に親指一本で縦スクロールさせて読ませる〝ウェブトゥーン〟という新しいマンガが、2010年代に韓国で生まれ、日本と中国を巻き込んで、台風みたいにアジアを席巻した。これによりマンガは日本のサブカルチャーからゲーム同様のグローバルなデジタルコンテンツとなった。われわれの『マンガ R!』はこういう動きを予期していなかったが、わが社が危機に瀕した2014年の末頃から試作し、2017年に市場投入したこのアプリは、期せずしてその波に乗ってしまった。世界的なIT系大資本が運営するマンガアプリが林立する中で、ささやかながら業界の一角を占めることができたのだ。上場によってこの『マンガ R!』に資金投入し、作品の蓄積と宣伝により会社を急成長させるというエクイティ・ストーリーは、時代の潮流に乗ったものとなった。
業績に関連して、少し先走った話をすれば、上場年の2020年以降世界は「コロナ禍」というパンデミックに見舞われた。コロナは図らずも「巣ごもり需要」という新たな消費を喚起し、スマホ、ゲーム、電子書籍といった事業者の業績を押し上げることになり、そうした会社の株価の上昇にも貢献した。わがノベルビレッジのような弱小企業もその恩恵を受け、上場前の評判や上場後の株価に弾みをつけるという、幸運に恵まれたのだった。
さて、そろそろ、ごこたいちゃんのことにまともに向き合わなければならない頃合いかな。
この物語の冒頭で、中2のごこたいちゃんから殴り込みを掛けられた話をしたね。それ以来だから、長い付き合いとも言えるが、しかしともに時間を過ごしたのはじつは短い。ごこたいちゃんは、おれの人生の転換期に現れては、ガツンと一発食らわせてくれる不思議な少女であり続けた。中2のごこたいちゃんに殴り込みを掛けられ、2日にわたって行動をともにしたが、そのインパクトは半端なかった。おれはこの2日の体験から、投稿サイトを続ける勇気とノベルビレッジを法人化するチャンスをもらったと思う。その2年後、再びおれの前に姿を現したごこたいちゃんは、おれたちのノベルビレッジと楽園舎との一円合併という奇策を携えてやってきた。こんなの、女子高生の考えることだろうか?
そして合併後のノベルビレッジではマンガ編集のバイトとして働いてくれた。この頃がおれにとってはごこたいちゃんとの最も幸福な時代だったと思う。しかし大学受験を理由に2年でフェイドアウト。このとき小川麗子とのいきさつがあった。このまま縁も切れるかと思ったが、大沢が誘ってくれて大学の経営学部に入ったごこたいちゃんが、再びバイトとしてフェイドイン。大沢とともに会社のIPO化に向け一役買ってくれた。自分の勉強にもなると上場準備室の一員として、真理子さんの下で働いてくれた。
しかし大学も4年生になると、会社に来るのも間遠になっていった。大学を卒業したらバイトを辞めると言っていると大沢からは聞いていた。
そんなある日(2019年2月、N−1期に入っていた)、おれは一大決心をして久々に出社したごこたいちゃんを、昼食に誘おうと5階に上がった。5階の事務室のドアを開けると真理子さんの島には笠原しかいなかった。笠原は「あっちにいますよ」という表情で会議室に目線を送った。
おれは会議室のドアをノックし「ごこたいちゃん、おれだよ、いいかい」と言いながらドアを開けた。真理子さんとごこたいちゃんが同時に振り返ってぎこちない笑顔を向けた。2人は何やら額を寄せ合い話し込んでいたようだ。
「ああ、ごめんよ、驚かしたかい? 一緒に昼飯でもと思って。真理子さんもいかが? 志満屋の鰻、奢りますよ?」
ごこたいちゃんは「わー、うれしい」と言ってくれたし、真理子さんはいつもの柔らかい笑顔でうなずいてくれた。3人は連れ立って志満屋に行って、おいしい鰻重をいただいた。おれは監査法人の厳しい追及を嘆いてみせて、それをごこたいちゃんがたしなめた。真理子さんは、なんとかなるわよと、おれを慰めた。春まだきと思える寒い日で、窓の外の街路樹のポプラはまだ芽ぶかず、青空に小枝をさらしていた。会話はぎこちなく、心が弾まない。食事も終わり、食後のお抹茶をいただいているときにおれは、
「ごこたいちゃん、卒業したらうちに来てくれよ、会社で勉強すればいいじゃないか」
と言ってみた。ほかにもいろいろ言ったような気もするが覚えていない。案の定ごこたいちゃんには断られて、それから何かぎくしゃくした時間だけが流れた。ああこれでお別れかな、とおれは思った。実際ごこたいちゃんはそのあと出社することはなかった。おっさんや大沢から、無事卒業した、一生懸命会計士試験の勉強をしている、といった便りは聞こえてきたが、きっともう会うことはないんだろうなと、おれはただ悲しかった。