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試し読み

ハリウッド映画化記念! 殺し屋たちの狂騒曲【 伊坂幸太郎『マリアビートル』試し読み#10】

殺し屋たちを乗せて、新幹線は疾走する――。
ブラッド・ピット主演でハリウッド映画化!

累計300万部突破、伊坂幸太郎屈指の人気を誇る<殺し屋シリーズ>。その中でもエンタメ度最高のマリアビートルハリウッド映画化が決定! 2022年、全国の映画館で公開されます。主演はブラッド・ピット、監督はデヴィッド・リーチ(『デッドプール2』)と超豪華。
物騒な殺し屋たちを乗せた新幹線。巻き起こる予想外の展開、意外な結末とは――。映画化を記念し、計200ページの大ボリュームの原作小説試し読みをお届け。
読んでから観るか? 観てから読むか? ぜひお楽しみください!

▼映画『ブレット・トレイン』公式サイトはこちら
https://www.bullettrain-movie.jp


マリアビートル
著者 伊坂 幸太郎


『マリアビートル』試し読み#10



 マジックテープを外し、木村の手足を自由にしたが、不安はなかった。感情に任せて暴力を振るってしまったら、息子の命に危険が及ぶ。そのことはすでに、木村も理解している。でまかせや、はったりだとは思っていないだろう。王子がそういった噓を安易につくタイプではない、と分かっているはずだ。さらに王子は、木村に、「お願い事がある」と言ってある。つまり、仕事を遂行すれば子供が解放される、と彼は知っているわけだ。ほかに解決する道があるにもかかわらず、息子を危険にさらす覚悟で、自分にたて突く可能性は低い。人は、まだ道があると分かっている限りは、それほどは起こさない。
「で、どうすりゃいいんだ」
 つながれていた足首をでるようにした後で、木村はくされた表情で言ってきた。憎むべき相手に指示をうのは屈辱以外の何ものでもないだろうが、それをこらえている。王子は愉快で仕方がない。
「今から一緒にこの後ろの車両まで行こう。デッキのところにゴミ箱があるでしょ。で、そこにトランクが隠してあるから」
「ゴミ箱に入るくらいの大きさなのか?」
「僕も知らなかったんだけど、ゴミ箱のところの壁が、パネルみたいになっていて開くんだよ」
「黒ぶち眼鏡の男ってのが隠したのか。でも、それを奪ったところで、どうすんだよ。トランクって言うからには、それなりにでかいわけだろ。ここまで運んできて足元に置いていたら、ばれるぞ。座席に載せて、寄りかかって隠すわけにもいかねえしな」
 王子は、その意見はもっともだ、と思った。海外旅行に使うような大きなトランクではなかったものの、座席の近くに置いていたらすぐにばれる。
「二通りのやり方を思いついたんだけど」と言いながらデッキに出る。そして、いったん扉のほうへと寄って、木村と向き合う。「一つは、車掌に預かってもらう方法」
「車掌に?」
「そう。トランクを持っていって、説明をして、預かってもらうんだ。乗務員室とか、その近くに業務用の小部屋があるだろうから、そこに置いてもらえれば、持ち主には見つからないでしょ」
「持ち主不明の荷物があったんですけど、とか言うのか? トランクが落ちてましたよ、か。すぐに、車内アナウンスで呼びかけられて、乗客全員にばれちまうぜ。トランクを欲しい奴らが、乗務員室の前に列を作る」
「もう少しまともな噓をつくよ。たとえば、これは自分のトランクなんだけれど、隣の乗客のおじさんが悪戯いたずらしようとしておっかないので、降りるまで預かってくれませんか、とか」隣の乗客、というところで王子は、木村を指差す。
「余計に怪しまれるのがオチだ」
「僕みたいな中学生が誠実に説明すれば、怪しまれないよ」
 木村が、ふん、と鼻息を荒くする。笑い飛ばしたいのだろうが、彼も内心では、「車掌も、この中学生にはだまされるのではないか」と予想しているのは明らかだった。「でも、車掌に預けたら、トランクはおまえのものにはならねえぞ」
「盛岡で降りる時に返してもらってもいいし、それが難しいようだったら、そのままでいいよ。トランクの中身も知りたいけど、それ以上に、トランクを隠している、ってことが重要なんだ。欲しがっている相手を誘導したり、動揺させたりできる」
「クラスでっていたロボットカードと同じか」
「そう。でも、もう一つ、別のやり方も考えたよ。トランクの中身だけ取っちゃうんだ」あの黒眼鏡の男が大事そうに扱っていたトランクには、四けたの数字錠のダイヤルが並んでいた。「あの鍵、ダイヤルを回していけばいつかは開く」
「全部、試すってのかよ。何通りあると思ってんだ。ご苦労だねえ」木村は、子供の提案を小馬鹿にするようだった。この男は依然として先入観から逃れられていない、と王子は同情する。
「やるのは、おじさんだよ。トイレに入って、ひたすらダイヤルを回すんだ」
「俺がトイレでそんなことするわけねえだろうが」
 冷静さをすぐに失う木村に、王子は笑いそうになる。口の中を奥歯でむようにし、堪えた。
「おじさん、何度も言うのつらいけど、言うことを聞いてもらえないと、おじさんの子供がまずいんだ。トイレで、トランクの鍵をいじることくらい、やったほうがいいよ。そのほうが絶対にいい」
「トイレにずっといたら、車掌に怪しまれる」
「僕がトイレの近くを定期的にチェックするから、人が並ぶようだったら、伝えるよ。そうしたらいったん出てきてもらって、様子を見て、またトイレの中でやればいい。だいたい、トランクの鍵をいじっていること自体は悪いことじゃないんだから、いくらでも言い訳できるよ」
「死ぬまでダイヤル回す羽目になるぞ。トランクの鍵を回しながら歳取るのなんて、ごめんだ」
 王子は再び、歩きはじめる。次の車両に入り、通路を進む。後ろからついてくる木村の思いを想像した。自分の息子を建物から突き飛ばした張本人の、その小さな身体が目の前にあるのだから、すぐにでも飛び掛かりたいに違いない。周囲が許すのであれば、首を絞めるなり、腕を取るなり、暴力を振るいたくて仕方がないだろう。が、今の木村にはそれができない。新幹線の車内、公衆の面前ということもあるがそれ以上に、子供の命に関わるからだ。


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