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試し読み

ハリウッド映画化記念! 殺し屋たちの狂騒曲【 伊坂幸太郎『マリアビートル』試し読み#9】

殺し屋たちを乗せて、新幹線は疾走する――。
ブラッド・ピット主演でハリウッド映画化!

累計300万部突破、伊坂幸太郎屈指の人気を誇る<殺し屋シリーズ>。その中でもエンタメ度最高のマリアビートルハリウッド映画化が決定! 2022年、全国の映画館で公開されます。主演はブラッド・ピット、監督はデヴィッド・リーチ(『デッドプール2』)と超豪華。
物騒な殺し屋たちを乗せた新幹線。巻き起こる予想外の展開、意外な結末とは――。映画化を記念し、計200ページの大ボリュームの原作小説試し読みをお届け。
読んでから観るか? 観てから読むか? ぜひお楽しみください!

▼映画『ブレット・トレイン』公式サイトはこちら
https://www.bullettrain-movie.jp


マリアビートル
著者 伊坂 幸太郎


『マリアビートル』試し読み#9



「蜜柑、おまえ、トーマス君たちの仲間の名前を言ってみろよ」トランクを捜しに行ったはずの檸檬は手ぶらで帰ってきたと思うと、その説明をするでもなく、よいしょと三人掛けの通路側に腰を下ろし、のんびりとそんなことを言った。
 蜜柑は窓側に座らせてある峰岸のぼんぼんの死体をちらと見やる。檸檬があまりにゆったり構えているので、自分たちの置かれている状況を確認したくなったのだ。死体はある。事態に大きな変化はない。であるのに、この檸檬は関係ない話題を口にしている。「トランクはあったのか?」
「トーマス君の仲間の名前知ってるか? おまえの知っている中で、一番、マイナーっぽい名前を言ってみな」
「それがトランクの報告と関係しているのか」
「するわけねえだろ」檸檬はしたあごを少し突き出し、あきれた表情になる。「トランクなんてもうどうでもいいじゃねえか」
 ようするに見つからなかったんだな。檸檬と組み、仕事をするようになってから、五年以上が経つ。運動能力に優れ、どのような事態に陥ってもパニックになることなく冷静に、というよりも冷酷に行動できるため、物騒な仕事をするのにはこの上なく頼もしい同僚といえたが、一方で、細かい作業が苦手なのか、やることが大雑把で無責任なところもあった。しかも負けず嫌いで、ミスを犯してもあれやこれやと言い訳を並べ、自分の失敗は認めたがらない。認めざるをえない状況になれば今度は、「このことは忘れようぜ」と言い放つ。事実から意識を遠ざけ、実際に忘れようとする。しりぬぐいをするのはいつも俺だ、と蜜柑は知っている。が、そのことに抗議をしたところで蛙の面に小便であることも分かっていた。
 め息をつき、「ゴードン」と蜜柑は言った。「確かいただろ、ゴードンってキャラクターが。機関車トーマスに」
「おまえなあ」檸檬が途端に勝ち誇った顔つきになる。「ゴードンなんてめちゃくちゃ有名な仲間じゃねえか。ほぼ主役だよ、主役。俺が出した課題は、マイナーな名前だっての」
「課題ってのは何だ」蜜柑は首を回す。仕事以上に、檸檬の相手をするほうが重労働に感じられた。「じゃあ、教えてくれ。何てのが、模範解答だ」
 檸檬は少し鼻の穴を膨らませ、得意げな様子を必死に隠そうとしている。「まあ、せいぜいな、サー・ハンデルくらいは言ってほしいもんだよな。旧名、ファルコン」
「そういう名前の仲間がいるのか」
「じゃなかったら、ネッドとかな」
「機関車にもいろいろいるわけだ」当たり障りのないあいづちを打つほかない。
「機関車じゃなくて、車だけどな」
「何が何だか。意味が分からない」
 蜜柑は死体の横の窓を眺める。外の景色が流れていく。巨大なマンションが通り過ぎていった。
「なあ」と蜜柑は、隣の座席で鼻歌まじりに雑誌を読みはじめる檸檬に教え諭すようにする。「おまえが自分の失敗を認めたくないのは分かる。だけど今は、のんきにしていられる状況じゃない。分かるだろ? 峰岸の息子は息をするのをやめて、冷たくなったし、トランクはどこかに消えた。言ってしまえば俺たちは、八百屋での買い物を頼まれたにもかかわらず、野菜は買えないわ、財布はなくすわ、何一つまともにお使いできない、駄目な子供と同じなわけだ」
「蜜柑の言うことは回りくどくて、分かりづらいんだよ」
「要約すれば、俺たちはかなりやばい状態だ、ってことだ」
「知ってるっての。六文字だろ」
「知ってるように見えないから、俺は言ってるんだ。いいか、俺たちはもっと焦らないといけない。いや、俺はすでに焦っているから、おまえだ。おまえはもっと焦るべきだ。もう一度確認するぞ。トランクは見つからなかったんだな」
「まあな」と檸檬はなぜか胸を張るようだったためにそれをさらに批判しようとしたが、それより先に、「でもな、ガキに噓つかれて、俺も散々だったんだって」と弁解してくる。
「ガキが噓? 何だそれは」
「お兄さんの捜しているトランクを持った人があっちに行ったよ、なんてな、いい子ちゃんみたいな感じで言ってくるからよ、俺もそれを信じて、〈はやて〉の先頭までその男を捜しに行ったんだけどな」
「別に、そのガキが噓をついたとは限らないだろ。誰かがトランクを持っていったのは間違いないんだ。ガキがそれを見たのもたぶん、本当だろうな。おまえがそいつを見つけられなかっただけだ」
「でも、おかしいだろ。あのでかいトランクが消えるわけねえんだ」
「トイレは見て回ったのか」
「だいたいな」
「だいたい? だいたい、というのは何だ」蜜柑はさすがに強い語調で聞き返していた。冗談で言っているのではないと分かり、さらにがくぜんとする。「全部、見なくては意味がないだろ。トランクを持った奴がトイレに隠れている可能性はある」
「使用中のところは、中、調べられないだろうが」
 溜め息をつくことすらもったいなく感じた。「全部、捜さないと意味がない。俺が行ってくる」
 蜜柑は腕時計を見る。あと五分もすれば大宮に到着する。「まずいな」
「どうした。何がまずいんだよ」
「大宮駅に着く。峰岸の部下にチェックされる」
 峰岸という男は、長いこと物騒な組織を運営してきたせいか、とにかく疑り深く、人を信用しなかった。「人間は裏切ることができる場面になれば、必ず、裏切る」と信じており、だから他人に仕事を依頼する際も、その裏切りを防ぐために、チェック役や監視装置を準備する。
 今回も、蜜柑たちがどこかのタイミングで、峰岸を裏切るのではないか、金を持ち逃げするのではないか、と恐れていた。もしくは息子を人質代わりに、別の場所へ連れ去るようなことがあってはならない、と考えていた。
「だから、おまえたちが裏切っていないことを、調べるんだ」仕事の打ち合わせの際に面と向かって、宣言までした。
 新幹線の停車駅に自分の部下を待機させ、蜜柑と檸檬が、息子を連れて、盛岡行きの新幹線車両に乗っているかどうか、怪しい素振りを見せていないかどうかを調べる。もちろん、その説明を受けた時には、蜜柑と檸檬も裏切るつもりなどじんもなく、依頼通りに仕事をこなすつもりであったから、「どうぞどうぞ、自由に調べてください」と気軽にうなずいた。


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