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試し読み

ハリウッド映画化記念! 殺し屋たちの狂騒曲【 伊坂幸太郎『マリアビートル』試し読み#8】

殺し屋たちを乗せて、新幹線は疾走する――。
ブラッド・ピット主演でハリウッド映画化!

累計300万部突破、伊坂幸太郎屈指の人気を誇る<殺し屋シリーズ>。その中でもエンタメ度最高のマリアビートルハリウッド映画化が決定! 2022年、全国の映画館で公開されます。主演はブラッド・ピット、監督はデヴィッド・リーチ(『デッドプール2』)と超豪華。
物騒な殺し屋たちを乗せた新幹線。巻き起こる予想外の展開、意外な結末とは――。映画化を記念し、計200ページの大ボリュームの原作小説試し読みをお届け。
読んでから観るか? 観てから読むか? ぜひお楽しみください!

▼映画『ブレット・トレイン』公式サイトはこちら
https://www.bullettrain-movie.jp


マリアビートル
著者 伊坂 幸太郎


『マリアビートル』試し読み#8

 その日、駅でジジとババと別れると、木村は渉と一緒に来た道を戻った。古い商店街を通り抜け、住宅街を歩く。
「あ、誰か泣いてるよ。お父さん」渉が言ったのは、閉店となったガソリンスタンドの横道を通っている時だ。木村は、渉と手をつないでいたものの、父親の言い残した言葉のことを考えていて、ぼんやりとした状態だった。アルコール依存は治らない、とその言葉が頭に引っかかっていたのだ。今は依存症であっても、治療を受ければまた安心して酒を飲めるようになる、と木村はそうとらえていた。たとえば性病の場合、性器がれ、その間は性交ができなくとも、治れば、また、できる。それと同じように考えていた。が、ジジの話が本当であれば、アルコール依存は性病とは異なる。治ることはなく、永遠に、酒は飲めないのだ。
「ねえ、お父さん」ともう一度言われ、渉の顔を見て、その視線の先を追う。閉店し、ロープで囲まれたガソリンスタンドの裏手、塀とビルの間に学生服を着た者たちがいた。
 全部で四人だった。
 二人が、一人の両腕を一本ずつ抱え、身動きが取れないようにしている。さらにもう一人が向き合っていた。取り押さえられている男は深刻な顔つきで、「おい、やめろよ」と泣き顔だった。
「ねえ、お父さん、大丈夫かな」
「まあ大丈夫じゃねえか? お兄ちゃんたちにはお兄ちゃんたちの事情があるんだろ」
 木村はそのまま通り過ぎたかった。自分が中学生の頃を思い出しても、こういった、誰かが誰かをいたり、陰湿にはしゃぐことはあった。木村自身はそれを、「する」側にいたから分かるが、大した動機やきっかけがなくとも起きるものなのだ。人は自分が、他人よりも優位な地位にいることで安心する。相手を虐げることで、自分の安全をみ締める。そういった性質がある。
「ちょっと待てよ。おまえたちだって同罪じゃねえか。何で俺だけなんだよ」少年の一人がわめくのが聞こえた。両腕の自由を奪われた中学生だ。
 木村は足を止め、もう一度、視線を向ける。両腕を押さえられた男は、短めの髪を茶色にし、丈の短い制服を着て、体格も良かった。弱い者いじめ、というよりは仲間割れのようなものかもしれない。興味が少しだけ湧いた。
「だって、しょうがねえだろ。あいつが飛び降りたの、おまえがやりすぎたからなんだし」と右腕を押さえる係とでもいうべき学生服が、口をとがらせる。丸顔で額が広く、岩のような顔立ちだったが、あどけなさもにじんでいる。
 中学生といえば、やはり子供に近い。幼い者たちが、不穏な雰囲気をき散らしているため、現実感が薄かった。
「あいつを狙ったのはみんな一緒だろ。俺がネットに、動画アップする前から、あいつ、死にたいって言ってたじゃん」
「死ぬ一歩手前で寸止めさせなきゃ駄目だって、言われてただろ。王子、激怒してるぜ」左腕係の学生服が言っている。
 王子、という言葉に聞き覚えがあり、木村は、おや、と思ったがそれ以上に、「死にたい」であるとか、「死ぬ一歩手前」であるとか、そういった言葉が引っかかった。
「おまえが通電されれば、それで済むんだから、我慢しろよ」
「嫌に決まってんだろうが」
「よく考えろよ」と言った学生服の男は、四人の中では一番、長身だった。「おまえがここで嫌がったらどうなる? 俺たち全員が通電だ。おまえもどうせやられる。で、俺たちもやられる。そうなったら、俺たちは、おまえを恨むぞ。でも、ここでおまえが、一人で我慢してくれれば、俺たちは、おまえに感謝するだろ。どうせやられるなら、どっちがいいんだよ。俺たちに恨まれるのと感謝されるのと」
「じゃあ、通電したことにすればいいじゃねえか。王子には、やった、って言い張れば」
「ばれないと思ってるのかよ」長身の中学生が苦笑しつつ、言う。「王子にばれない自信があるのかよ」
「ちょっと、中学生諸君」木村はわざとかしこまった言い方で塀とビルの間に入っていった。手を繫いだまま、渉もついてくる。「君たち、苛めで同級生を殺したのか?」と近づいた。「感心感心」と茶化すように、うなずいてみせた。
 中学生たちが顔を見合わせた。三対一の構図が崩れ、彼らはきゆうきよ、四人の仲間同士に戻り、木村を警戒するようになった。
「あの、何すか」長身の学生服がむすっと言う。顔が赤いのは、緊張と不安のためなのか、単に怒っているのか、判然としなかったが、虚勢を張って大変だな、とは木村も思った。「何か用すか」
「何か用すか、っておまえ、それは明らかに普通の状態ではないだろ」と自由を奪われていた中学生を指差す。「通電って何だよ。電気ショックか。何の遊びだよ」
「何すかそれ」
「おまえたちが騒々しいから全部、聞こえるんだよ。おまえたち、苛めで同級生を自殺させたんだな。ひでえな。でもって、反省会か?」木村が言う一方、渉が心配そうに手を引っ張ってくる。やっぱり帰ろう、と不安そうにささやく。
「うるせえな、子供連れて、どっか行けよ」
「王子ってのは誰だよ」
 その瞬間、四人の中学生たちがいっせいにあおめた。恐ろしい呪文を聞いたかのようで、その様子に木村はさらに興味を抱いた。が、同時に、ようやくと言うべきかもしれないが、以前、デパートで会った中学生のことを思い出した。
「ああ、そうか、王子ってあいつか。というか、おまえたち、あのトイレにいた奴らか。あの時も秘密の相談してたよな。このままじゃ王子に怒られちゃう、どうしよう、ってな」木村はからかいながらも、以前に会った王子のことを思い出し、「あんなおぼっちゃんみたいな奴のどこがこええんだよ」と口に出した。
 四人は黙っている。
 長身の男の手に、コンビニエンスストアのビニール袋がある。木村は足を踏み出すと、それをひったくるようにした。とっさのことで反応が遅れた長身の中学生は泡を食い、必死の形相で、取り返そうと手を伸ばしてきた。木村は素早く、身体を動かす。左手で、中学生の手をつかみ、小指をぎゅっと握ると捻る。悲鳴が聞こえる。


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