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試し読み

ハリウッド映画化記念! 殺し屋たちの狂騒曲【 伊坂幸太郎『マリアビートル』試し読み#6】

殺し屋たちを乗せて、新幹線は疾走する――。
ブラッド・ピット主演でハリウッド映画化!

累計300万部突破、伊坂幸太郎屈指の人気を誇る<殺し屋シリーズ>。その中でもエンタメ度最高のマリアビートルハリウッド映画化が決定! 2022年、全国の映画館で公開されます。主演はブラッド・ピット、監督はデヴィッド・リーチ(『デッドプール2』)と超豪華。
物騒な殺し屋たちを乗せた新幹線。巻き起こる予想外の展開、意外な結末とは――。映画化を記念し、計200ページの大ボリュームの原作小説試し読みをお届け。
読んでから観るか? 観てから読むか? ぜひお楽しみください!

▼映画『ブレット・トレイン』公式サイトはこちら
https://www.bullettrain-movie.jp


マリアビートル
著者 伊坂 幸太郎


『マリアビートル』試し読み#6



 ちょうど通りかかったその乗客は小柄で、ブレザーを着た少年だった。七尾は携帯電話を閉じ、カーゴパンツのしりポケットに入れながら、自分を落ち着かせる。窓側には、狼の身体がある。首が折れ、気を抜きバランスを崩せば、不自然な方向に頭が垂れる可能性があった。
「大丈夫ですか」少年は立ち止まり、七尾に声をかけた。困っている人がいたら声をかけなさい、と学校で教わっているのだろうか。迷惑なことだ。
「大丈夫大丈夫、酒を飲みすぎて、もうろうとしてるんだよ、この人」七尾は早口にならぬようにと気を配り、少し身体をずらし、「おい起きろよ。子供がびびってるぞ」と狼の死体を軽くたたいた。
「席まで運ぶのを手伝いましょうか」
「いや、いいよいいよ。こうしてるのが好きなんだ」誰が? 何を好きだって? 死体と寄り添って車窓を眺めるのが?
「あ、それ」少年が床に目を落とした。
 何かと思えば、新幹線の指定席券だ。狼の持っていたものが落ちたのかもしれない。
「ごめんよ、拾ってもらってもいいかな」と七尾は頼んだ。死体を支えるようにしているため、しゃがみづらかったこともあるが、この少年の中に湧いた、「人に優しく」の欲求を満たしてやったほうが良いように感じたのだ。
 少年はすぐに券を拾い上げてくれる。
「どうもありがとう」と礼を言い、うつむく。
「でもほんとお酒って怖いですよね。今日、僕が一緒に来たおじさんも、お酒がやめられなくて、困っちゃう人なんですよ」少年ははきはきと言い、「じゃあ」と六号車のほうへと歩き出した。が、反対側の扉のあたりで、ぽつんと立つトランクに気づいたらしく、「これも、お兄さんのですか」とたずねた。
 どこの学校だよ、と七尾は顔をしかめそうになった。さっさとこの場からいなくなってほしいが、何が不満なのか、立ち去ろうとしない。いったいどこの学校で教育を受けると、そこまで親切な子供に育つのか、いっそのこと自分に子供ができた暁には、その学校に通わせたい、と嫌味すらぶつけたくなった。
 ついていない。この状況で、たまたま通り過ぎた乗客が、善意の親切に張り切る少年なのだから、巡り合わせが悪い。
「そうなんだけど、トランクは置いたままでいいよ。あとで、片付けるから」心なしか少し語調が強くなり、慌てて抑える。
「でも、ここに置いておいたら誰かに取られてしまうかもしれませんよ」少年が粘る。「隙があったら、みんなつけ込んでくるものですから」
「意外だね」七尾は思わず、そう言っていた。「君の学校ではてっきり、人を信じることを教えているのかと思ったよ。性善説を唱えているのかと」
「どうしてですか」と答える少年はどうやら、「性善説」という言葉の意味については知っている様子だった。俺はつい最近、真莉亜に教わったばかりだというのに、と情けない気持ちになる。
「どうして、と言われても困るけれど」何となく行儀が良い生徒がいそうな学校に思えたからね。
「人は生まれながらに善くも悪くもないと僕は思うんです」
「それはどっちにでも転ぶ、ということ?」
「いえ、善いとか悪いとかって見方によると思いますから」
 しっかりした少年だこと、と七尾はのけぞるような思いだった。中学生がこんなしやべり方するのか。さらに少年は、トランクを運ぶのを手伝ってあげますよ、と言った。
「いやいいよ」これ以上、しつこくされたらさすがに怒ってしまいそうだった。「それくらいはどうにかするから」
「あの、これ、何が入っているんですか?」
「俺もよく分からないんだよ」うっかり正直に言ってしまうが、少年はそれを冗談と受け止めたらしく、笑った。並びの良い歯が白く輝いている。
 少年はまだ何か言いたげだったが、しばらくすると快活なあいさつを残し、六号車のほうへと立ち去った。
 ほっとした七尾は、狼の死体を肩に載せながら足を動かし、トランクに近づく。まずは死体、そしてトランク、二つをどうにかしないとならない。三号車にいるというトランクの持ち主は、まだ、トランクが奪われたことに気づいていないかもしれないが、万が一、気づいていれば、全車両をくまなく捜しまわるはずだ。無防備に持ち歩いていると、発見されてしまう可能性は高い。
 死体を抱え、トランクのハンドルをつかみ、左右に目をやり、七尾はおろおろとする。まずはこの死体をどこかの座席に座らせるべきだろうか。ダストボックスが目に入った。瓶や缶を入れるための穴と、雑誌などを捨てる細長い穴、それから大きく開くふたもある。
 そして、その、ダストボックスの設置された壁の、雑誌用の穴の脇あたりに、小さな出っ張りがあることに気づいた。かぎあなのようだが、穴はない。突起があるだけだ。考えるより先に手を伸ばし、押した。かちりと金具のようなものが飛び出してくる。これは何か、と指でひねる。
 開いた。
 壁だと思っていた部分は、パネルのようになっており、開ければそこは大きなロッカーと呼べるほどの空間があった。棚板が置かれ、上下二段に分かれている。下段には、ダストボックスとして、色のついた業務用とおぼしきゴミ袋がひっかかっていた。乗客が穴から捨てると、ここに落ちてくる構造なのだろう。ゴミ袋を片付ける際には、こうして扉ごと開けて引っ張り出すに違いない。
 七尾が喜んだのは、その棚の上部には何も置かれていないことだった。考える余裕もない。七尾は死体を左腕で抱えるようにした後で、右腕一本でトランクを引っ張り上げた。力を込め、勢いをつけ、棚板の上に置いた。どん、と乱暴な音が鳴る。すぐに扉を閉じた。


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