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試し読み

ハリウッド映画化記念! 殺し屋たちの狂騒曲【 伊坂幸太郎『マリアビートル』試し読み#4】

殺し屋たちを乗せて、新幹線は疾走する――。
ブラッド・ピット主演でハリウッド映画化!

累計300万部突破、伊坂幸太郎屈指の人気を誇る<殺し屋シリーズ>。その中でもエンタメ度最高のマリアビートルハリウッド映画化が決定! 2022年、全国の映画館で公開されます。主演はブラッド・ピット、監督はデヴィッド・リーチ(『デッドプール2』)と超豪華。
物騒な殺し屋たちを乗せた新幹線。巻き起こる予想外の展開、意外な結末とは――。映画化を記念し、計200ページの大ボリュームの原作小説試し読みをお届け。
読んでから観るか? 観てから読むか? ぜひお楽しみください!

▼映画『ブレット・トレイン』公式サイトはこちら
https://www.bullettrain-movie.jp


マリアビートル
著者 伊坂 幸太郎


『マリアビートル』試し読み#4



「どうする、蜜柑」檸檬は言う。顎の先には、目を閉じ、動かなくなった峰岸のぼんぼんがいる。口をぽかんと開け、自分たちをからかうかのようなその表情が気に入らなかった。
「どうするも何も」蜜柑が口の周りを忙しくでる。蜜柑も珍しく、浮き足立っているようで、檸檬はそれを愉快に感じた。
「おまえがだいたい、目を離すからだ。何で、このぼんぼんを一人にしたんだ」蜜柑がたずねてくる。
「しょうがねえだろ。おまえがトランクのことを言うから気になったんじゃねえか。あんな風に脅されたら、確かめに行きたくなるだろ」
「実際、トランクは奪われた」蜜柑が溜め息を吐く。「どうしておまえは、行動や発言、思考が大雑把なんだ。だから、B型は」
 檸檬はすぐに鼻息を荒くした。「血液型で決め付けるなよ。科学的根拠はねえんだ。そんなことを本気で言ってると、馬鹿にされるぞ。そんなこと言うならA型のおまえはちようめんで、れい好きってことになる」
「そうだとも、俺は几帳面で綺麗好きで、仕事が丁寧なんだよ」
「何、勝ち誇ってんだよ。いいか、俺の失敗は俺の血液型とは無関係だ」
「そうだな」蜜柑があっさり言う。「おまえの失敗は、あくまでも、おまえ自身の性格や判断力のせいだ」
 そして蜜柑は、立ったままでは怪しまれる、と腰を低くし、真ん中の席で死んでいる峰岸のぼんぼんを引っ張り上げると窓側の席へとずらした。窓に寄りかからせ、少しうつむき加減にする。「このまま、寝たふりでもしていてもらうしかないな」
 その隣、三人掛けの真ん中に蜜柑が座り、檸檬はさらに隣の、通路側に腰を下ろした。「いったい誰がやりやがったんだ。死因は何だよ」檸檬はつぶやく。
 蜜柑が死体のあちらこちらを手で触れはじめた。刺し傷のようなものはなく、血も出ていない。うわあごと下顎をつかみ、大きく開け、中を見る。毒物を口にしたのだとすれば、口の中にそれが残っている可能性もあるため、あまり顔を近づけることはできなかった。「外傷はなさそうだが」
「毒か」
「かもしれない。アレルギーによるショックということもある」
「こんな時に、何のアレルギーだよ」
「知らない。俺はアレルギーを創造していないからな。まあ、もしかすると誘拐の緊張から急に解放されて、しかも寝不足で疲労がまっていたものだから、心臓が弱って、止まったんじゃないのか」
「医学的にそういうことがあるのか?」檸檬は訊ねる。
「檸檬、おまえ、俺が医学書を読んでるところを見たことがあるのか」
「いつも本を読んでるじゃねえか」檸檬は言う。蜜柑はいつだって本を持ち歩き、仕事の最中でも時間があればそれをめくった。
「俺は小説は好きだが、医学書には興味がない。医学的に、心臓が止まるケースを知っているわけがない」
 檸檬は髪をくしゃくしゃとやる。「でも、どうするんだよ。このまま盛岡に行って、峰岸に、『息子さんを助け出したんですけど、新幹線の中で死んじゃいました』と言うか」
「しかも、身代金の入ったトランクも盗まれちゃいました、とな」
「俺が峰岸だったら、怒るだろうな」
「俺が峰岸でも、怒るよ。激怒だな」
「でもよ、峰岸の奴、別荘地でのんびりしているんだろうが」
 直接聞いたわけではなかったが、内縁の妻とその娘、つまり、「嫡出でない子」と家族旅行に出ていると噂で聞いた。
「実の息子がさらわれて、えらいことになっているのに、自分は愛人と家族旅行っておかしいだろ」
「そっちの娘はまだ小学生でやたら可愛いらしい。一方、肝心のぼんぼんは、ほら、こいつだ。軽くて、単純な男だ。どっちに愛情があるかって言ったら、そりゃあ分かりやすい」蜜柑は冗談を言うようでもなかった。
「まあ、ぼんぼんは軽くて、単純で、しかも死んじまってるしな。でも、それならいっそのこと、この程度のことは大目に見てくれねえかな」
「無理だろ。いくら、愛着のない車だって、他人に壊されたらかちんと来る。メンもあるしな」
 じゃあどうすんだよ、と檸檬は大声を出しそうになる。蜜柑が指を口に当て、静かに、とささやいた。「考えるしかないだろ」
「考えるのはおまえの役だ」
「馬鹿な」
 檸檬は身体を動かしはじめる。峰岸のぼんぼんの横の窓であるとか、前の座席の背もたれについたトレイを確認し、網に差し込まれた広報誌のようなものをめくる。
「何をしているんだ」と蜜柑が訊ねてきた。
「何か、手がかりが残ってないかと思ってな。まったくなしだ。ぼんぼんは気が利かねえ」
「手がかり?」
「犯人の名前を血で書き残すとか、そういうやつだ。あるだろ、よく」
「あるのは、推理小説の中だ。現実にはない」
「そういうものか」檸檬は広報誌をしまうが、未練がましく、峰岸のぼんぼんの周辺をがさごそといじくる。
「死ぬ前に、証拠を残す余裕なんてなかっただろう。だいたい出血してないんだ。血文字を残そうとしても無理だったはずだ」


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