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試し読み

ハリウッド映画化記念! 殺し屋たちの狂騒曲【 伊坂幸太郎『マリアビートル』試し読み#3】

殺し屋たちを乗せて、新幹線は疾走する――。
ブラッド・ピット主演でハリウッド映画化!

累計300万部突破、伊坂幸太郎屈指の人気を誇る<殺し屋シリーズ>。その中でもエンタメ度最高のマリアビートルハリウッド映画化が決定! 2022年、全国の映画館で公開されます。主演はブラッド・ピット、監督はデヴィッド・リーチ(『デッドプール2』)と超豪華。
物騒な殺し屋たちを乗せた新幹線。巻き起こる予想外の展開、意外な結末とは――。映画化を記念し、計200ページの大ボリュームの原作小説試し読みをお届け。
読んでから観るか? 観てから読むか? ぜひお楽しみください!

▼映画『ブレット・トレイン』公式サイトはこちら
https://www.bullettrain-movie.jp


マリアビートル
著者 伊坂 幸太郎


『マリアビートル』試し読み#3



 前の座席の背もたれからトレイを引っ張り出し、その上にペットボトルを置く。チョコレート菓子の封を開け、一つ口に入れた。上野駅を出て、地上に戻る。雲がちらちらと浮かんでいるものの、空の大半は澄んだ青色で、これは今の僕の気持ちと同じくらいに快晴だ、と思った。ゴルフの打ちっ放し場が見える。その緑の、巨大なのようなネットが右へ流れ、しばらくすると校舎がやってくる。コンクリートの直方体をいくつかつなげたような形で、その窓に学生服の生徒たちがうろついていた。中学生か高校生か、とおうさとしは少しだけ考えるが、どちらにせよ、とすぐに思う。どちらにせよ、大した違いはない。自分と同じ中学生であろうと、それより年上であろうと、人というのはみな同じだ。誰も彼もが予想通りに行動する。右隣の席にいる木村に目をやった。この男は、その、面白味のない人間の代表格だ。
 テープで自由を奪われているとはいえ、木村ははじめ暴れる気配を見せた。そのため王子は、木村から奪った銃をよそから見えにくい角度で構え、「少しの間だから、大人しくして。話を最後まで聞かないと、おじさん、絶対に後悔するよ」と伝えた。
「おじさんさ、おかしいと思わなかったの? 中学生の僕が一人で新幹線に乗ってるなんて。それに、新幹線のどの座席に僕が座っているとか、そんな情報が手に入るなんて、普通は、わなじゃないか、って疑ったりするんじゃないかな」
「この情報を流したのはおまえかよ」
「だって、おじさんが僕の居場所を捜してる、って知ったから」
「おまえがいないから捜しただけだ。隠れているんじゃねえよ。学校も行かずに」
「隠れていたんじゃない。学級閉鎖なんだからしょうがないよ」噓ではなかった。まだ冬の前ではあったが、突如としてりはじめたウィルス性の風邪の影響で、一週間の登校停止となった。次の週にも流感の猛威は弱まらず、さらにもう一週、閉鎖になった。感染の経路や潜伏期間、発症した場合に重症となる率などを検討することもなく、一定の人数が欠席したら自動的に学級閉鎖とすることを良しとしている大人たちが、王子には理解できなかった。リスクを負うことを恐れ、責任を回避するため、決められたルールに従う。そのこと自体を責めるつもりもないが、何の疑問も持たず、学級閉鎖を行っていく教師たちからは思考停止の愚かさを感じた。検討し、分析し、決断する能力がゼロだ。
「この休みの間、僕が何をしていたか分かる?」王子は言う。
「知るか」
「おじさんのことを調べていたんだ。たぶん、おじさんは、僕のことを怒っているでしょ」
「そんなことはねえよ」
「あ、そうなの?」
「怒ってるなんて言葉じゃ足りねえんだよ」木村の言葉には血がにじむようで、王子は自然と頰が緩む。感情を制御できない人間を転ばすのは、容易だ。
「ほら、だから、僕をこらしめたいと思ったわけでしょ。で、たぶん、おじさん、僕を捜して、攻撃するんじゃないかって思ったんだ。だから、家にいるのも危ないし。それで、せっかくだから、おじさんのことをいろいろ調べたんだよ。あのさ、誰かを攻撃したいとか、誰かを陥れたいとか、誰かを利用したいとか考えた時にまず最初にやるのは情報を収集することなんだよ。その人の家族とか仕事とか性癖とか趣味とか、そういうところから、とっかかりが見つかるんだから。税務署のやり方と一緒だよ」
たとえ話に、税務署を使う中学生ってのは、最悪だな」木村が苦笑する。「それに、ガキに何が調査できるんだよ」
 王子はまゆを傾ける。この男はやはり、甘く見ているのだ、とがっかりした。見た目や年齢に左右され、相手の能力を低く見積もっている。「お金を渡せば、情報を集めてくれる人はいる」
「お年玉でも貯めたのか」
 王子は、幻滅をたっぷり含んだ息を吐き出す。「たとえば、だよ。そうじゃなくても、ほら、中学生の女の子に興味がある男がいるかもしれない。女子中学生の裸を抱けるとなったらその男は、探偵まがいの仕事もして、おじさんのことを調べてくれるかも。たとえば、おじさんが奥さんに愛想を尽かされて、離婚して、可愛い子供を一人で育てることになって、で、お酒に依存して、とかそういうことを調べてくれるかもしれない。そして僕には、僕のために一肌脱いでくれる、女子の友達がいるかも」
「女子中学生を、大人にあてがうのかよ。その女の子の弱みでも握ってるのか?」
「たとえば、だって。むきにならないで。人はね、お金に限らず、いろんな欲望と計算で動いてるんだ。の原理と同じで、そういう欲求のボタンをうまく押せば、中学生でも人間は動かせるんだよ。知らなかった? 性欲は比較的、その梃子が働きやすいんだ」王子はわざと、いらたせるしやべり方をする。相手を感情的にすればするほど、コントロールするのが楽になる。「でも、おじさん、すごいんだね。何年か前まで、物騒なことをやっていたって聞いたよ。ねえ、人も殺したことあるの?」言ってから王子は、自分が構えている銃に視線をやる。「こんなの持ってたんだもんね。凄いなあ。この先っぽについていたのって、銃声を抑える器具でしょ? 本格的だね」と取り外しておいたサプレッサーを見せる。「僕、怖くて、泣きそうだったよ」と棒読みするように、言った。噓だ。泣くどころか、失笑をこらえるのに苦労した。
「おまえ、ここで待ち構えていたのか」
「おじさんが、僕の居場所を捜してるようだったから、この新幹線の情報を流してもらったんだ。おじさん、誰かに依頼したでしょ。僕の居場所を捜してくれって」
「昔、顔見知りだった男だ」
「物騒な仕事をしていた頃の知り合いでしょ。男子中学生の行方を捜している、なんて怪しまれなかった?」
「そんな性癖があったのか、と最初はけいべつされたけどな、俺の話を聞いたら、興奮して、同情してたぜ。うちの渉をそんな風にするなんてな、絶対に許せねえぞ、ってな」
「でも、その人が結局、おじさんを裏切ったんだよ。僕のことを調べているらしいから、こっちから逆に持ちかけたんだ。おじさんにこの情報を流してくれないか、って」
「好きに言ってろ」
「女子中学生のことを好きにできる、と知ったら、鼻の下を伸ばして、鼻息を荒くしていたけど、大人ってみんなああなのかな」王子は言う。相手の人間の、感情の膜のようなものを言葉の爪で引っく感覚が、王子は好きだった。肉体は鍛えられるが、精神の筋力トレーニングは容易ではない。平気を装ったところで、悪意のとげに反応せざるをえないのだ。


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