殺し屋たちを乗せて、新幹線は疾走する――。
ブラッド・ピット主演でハリウッド映画化!
累計300万部突破、伊坂幸太郎屈指の人気を誇る<殺し屋シリーズ>。その中でもエンタメ度最高の『マリアビートル』のハリウッド映画化が決定! 2022年、全国の映画館で公開されます。主演はブラッド・ピット、監督はデヴィッド・リーチ(『デッドプール2』)と超豪華。
物騒な殺し屋たちを乗せた新幹線。巻き起こる予想外の展開、意外な結末とは――。映画化を記念し、計200ページの大ボリュームの原作小説試し読みをお届け。
読んでから観るか? 観てから読むか? ぜひお楽しみください!
▼映画『ブレット・トレイン』公式サイトはこちら
https://www.bullettrain-movie.jp
『マリアビートル』試し読み#1
東京駅は混んでいた。久しぶりに来た
木村は人の流れをやり過ごし、土産物店やキオスクの脇を抜け、早足で進んだ。
短い段差を上り、新幹線の改札を抜ける。自動改札機を通り抜ける際、内ポケットに入れてある
脇を、リュックサックを背負った、小学生と
絶対に許さねえぞ。六歳児をデパートの屋上から突き落とした張本人が、のんきに息をしていること自体が信じがたい。息苦しくなるのは、悲しみではなく、怒りのためだ。力強い足取りでエスカレーターに向かう。酒はやめた。まっすぐに歩ける。手は震えていない。東京土産の文字が入った紙袋を左手に持ち、進む。
ホームにはすでに、〈はやて〉が出発を待っていた。気が
デッキに足を踏み入れる。左手に洗面台が見え、一度、鏡の前に立った。背中の、間仕切りのカーテンを引く。前に映る自分を見た。髪が伸び、目頭には小さな脂の粒のようなものがある。
渉が生まれてから、拳銃は使っていなかった。引越しや荷物整理の際に触れる程度だ。捨てずにいて良かった、と心底、思った。生意気な相手に恐怖を与えるのには、あの世間知らずの
鏡の中の顔面が
黒のブルゾンのポケットから拳銃を出すと、持っていた紙袋から、筒状の器具を取り出す。サプレッサー、減音器だ。銃の先に、回転させながらはめる。銃声が完全に消えるわけではないが、二十二口径のこの、小銃につければ、
鏡に向かい、うなずき、銃を紙袋に入れると、洗面所を出た。
ワゴンサービスの準備をしている女性販売員がいて、危うくぶつかりそうになる。邪魔なんだよ、となじりたかったが、ワゴンに入っているビールの缶が目に入り、逃げ出すようにその場を離れる。
「一口でも飲んだらおしまいだ。覚えておけよ」木村の父が以前、口にした言葉が
四号車に入り、通路を進む。自動扉を入ってすぐの、左側の席の男が足を組み直したところだった。そこに木村の身体がぶつかる。装着したサプレッサーの分だけ長くなった拳銃は紙袋に入れてあったのだが、それが男に引っかかった。揺れた紙袋を大事そうに、木村は引き寄せる。
緊張と高ぶりのせいで木村はその場で、かっとし、乱暴な気持ちが湧いた。振り返ればそこには、黒ぶちの眼鏡をかけた優男がいる。弱々しく頭を下げ、「すみません」と謝ってきた。木村は舌を打ち、先を急ごうとしたが、「あ、紙袋、破けちゃいましたね。大丈夫ですか?」と男が言った。足を止めて見れば、確かに拳銃を入れた袋に穴が空いている。が、目くじらを立てることでもなかった。「うるせえな」と先に進む。
四号車を出ても、歩幅を狭めず、そのままの勢いで五号車、六号車と抜けた。
「ねえ、何で、新幹線って一号車が後ろなの」渉が以前、
「東京に近いほうが一号車なんだよ」と答えたのは、木村の母だった。
「ババ、どういうこと」
「東京に近いところから一号車、二号車ってなってるんだ。だから、ババたちのうちのほうに向かう時は、一号車は一番後ろなんだけど、東京に行く時は、一号車が先頭なんだよ」
「東京に向かう新幹線が、のぼり、だしな。何でも東京中心だ」木村の父も言った。
「ジジとババはいつも、わざわざ、のぼってくるんだね」
「おまえに会いたいからなあ。坂道をえっちらおっちら、のぼってくるんだよ」
「新幹線がのぼってくるんだよ」
ジジは、その後で木村に目をやり、「渉は可愛いなあ。おまえの子とは思えない」とうなずいた。
「俺はよく言われたぜ。親の顔が見たい、ってな」
ジジとババは、木村の発した皮肉など気にかけず、太平楽な様子で、「隔世遺伝とはこのことか」と言い合った。
七号車に入る。通路を挟み、左に二席、右に三席があり、背もたれが同じ方向を向き、並んでいる。紙袋に手を入れ、銃をつかみ、
予想以上に空席が多く、乗客がぽつぽつといる程度だった。五列目の座席の窓際に少年の後頭部が見えた。白い襟付きのシャツを着て、ブレザーのようなものを羽織るその少年は、背筋を伸ばし、見るからに健全な、優等生然としていた。窓のほうに身体を
木村はゆっくりと近づく。一列手前に
目の前で大きな火花が散った。
新幹線の電気系統が故障したのだ、と最初は思った。見当外れだった。木村個人の神経の信号が瞬間的に切れ、視界が暗くなったのだ。窓を向いていた少年が素早く振り返り、手に隠し持っていた小型の器械を、木村の
目を開けた時には窓際の席に座らされていた。体の前で、両手首が縛られている。足首も同様だった。厚い布製のベルトで、マジックテープを使い、固定されている。腕や脚の関節は曲がるが、身動きは取れない。
「おじさん、本当に馬鹿だね。こんなに予定通りに行動してくれるなんて、驚きだよ。パソコンのプログラムだって、ここまで思い通りには動かないのに。ここに来るのだって知っていたし、おじさんが昔、物騒な仕事をしていたのも知っていたし」とすぐ左側に座る少年が淡々と言った。
木村の息子を、デパートの屋上から遊び半分に落としたその少年は、中学生であるにもかかわらず人生を数回こなしてきたかのような自信に満ちた表情で、「前にもおじさんに言ったけれど、どうしてこんなに思い通りになるんだろうね。人生って甘いね」と言った。「ごめんね。大好きなお酒まで我慢して、頑張ったのに」