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試し読み

感染症で休校がつづく街。こいのぼりの「仕事」とは? 重松清『かぞえきれない星の、その次の星』試し読み#2

さみしさは消えない。でも、希望は、ある。11の小さな星たちの物語
重松清『かぞえきれない星の、その次の星』試し読み#2

9月17日に発売された、重松清さんの『かぞえきれない星の、その次の星』。
11の小さな物語が収録された短篇集です。
感染症で休校がつづく春の夜の奇跡、オンラインで会話するパパと娘、母と二人暮らしのミックスルーツの少女――。
今の時代を生きる読者に響く物語が詰まった、「さみしさと希望」の作品集です。

本書から、冒頭の1作「こいのぼりのナイショの仕事」をカドブンで全文公開!
全3回に分けてお届けします。

こいのぼりのナイショの仕事

前回はこちら 
#1 https://kadobun.jp/trial/kazoekirenaihoshino/9lp7b1w5ct8g.html

「よけいなこと?」
「夜中に夢を見る」
「はあ……」
「夢を見るからこそ、真夜中に起きた不思議なできごとを、なんだ、いまのは夢だったのか、と切り捨ててしまう。子どもが話したことなら、なおさらだ。夢でも見たんだろう、で終わる。そのおかげで、私たちの秘密の仕事は、ずっと知られずにすんだわけだ」
「でも、子どもたち本人は……」
「人間はもう一つ、とても大切だけど、ちょっと残念な力を持ってしまった」
「なんですか?」
「幼い頃の思い出を、永遠に記憶に残しておくことはできない。たいがいのことは、おとなになるまでに忘れてしまう」
 忘れることは大切だ。すべてをいつまでも覚えていたら、頭の中がパンクしてしまうだろう。
「でも、なにを記憶に残し、なにを棄て去るか……私から見ると、どうも、人間はその選び方がうまくない。よけいなことをしつこく覚えていてしまうし、忘れずにいたほうがいいことにかぎって、思いだすための鍵をなくしてしまう」
 こいのぼりとの真夜中の思い出も、そう。
「ほとんどの子どもたちの記憶には残らない。子どもたちの親も、本気にはしてくれない」
「なんだか……ちょっと残念ですね」
「私たちとしても、せっかくの仕事をなかったことにされるのは寂しいから、ふだんの年は、限られた子どもたちだけを相手にするんだ。その子たちは、ちゃんと覚えててくれる。両親やまわりのおとなたちも、それを笑わずに聞いてくれて、よかったね、と涙ぐんで喜んでくれる。だから私たちも、来年もがんばろう、と思えるんだ」
「その子どもたちって……」
 ツバメの質問を、校長先生は笑って受け流し、答えてはくれなかった。
「悪いが、少しぐらいは秘密のままにしておきたい」
「……はい」
「どっちにしても、今年は、特別だ。希望ヶ丘の子どもたち全員に、夢としか思えないようなひとときを味わわせてやりたい」
 百人以上いる。希望ヶ丘のこいのぼりを総動員しなくてはならない。
 そのうち何人の子どもが「こんなことがあったんだよ」という話を親に信じてもらえて、何人の子どもがいつまでも覚えていてくれるかは、わからない。
「わからなくても、いいんだ。私たちは私たちにしかできないことを、やるだけだ」
 校長先生は、自分自身を励ますように言った。
 質問が宙ぶらりんになってしまったツバメも、気を取り直して「よーし、じゃあ、さっそく行くか」と翼を広げた。二股になった尾の先で、竿のてっぺんの風車をつつき、景気づけにカラカラと回す。
「悪いけど、頼むぞ」
「お任せください。まずは一丁目から向かいます」
 ツバメは地面に向かって勢いよく滑空して、ぎりぎりのところで身をひるがえして上昇に転じた。
「これは伝え甲斐のある仕事だぞーっ」
 張り切るツバメに、おいおい、と校長先生はやんわりと釘を刺す。
「さっきも言ったけど、こいのぼり以外のみんなにはナイショだぞ」
 特に人間にはな、と付け加えて、口から尾びれまで風を送り込んだ。体を「く」の字に折って、伸ばして、バサバサッと音をたてる。それが、校長先生の上機嫌なときの癖だった。

 ツバメが風を切って飛び去ると、校長先生は保健室の先生と男子と女子に「いま聞いたとおりだ」と声をかけた。「まあ、そういうことだよ」
「今年は、病院に行かないんですか?」
 男子と女子が声を合わせて訊いた。少し心配そうな口調だった。
 その気持ちは校長先生にもわかる。だから、「まさか」と笑って言った。「希望ヶ丘の子どもたち全員なんだから、病院の子も、もちろんいるさ」
「そうよ」と保健室の先生も言った。「ほんとうは寂しいことだけど、毎年楽しみにしてる子だって、いるんだから」
 希望ヶ丘には大学の附属病院がある。その小児病棟には、他の病院では治せないような重い病気の子がたくさん入院している。
 いつもの年は、校長先生が選んだ何匹かのこいのぼりが病院を訪ねて、仕事をする。おじいさんやおばあさんのこいのぼりが多い。こういうことには、やはり、経験が必要なのだ。
 狙いどおり、子どもたちはみんな、こいのぼりからのプレゼントを喜んでくれる。お父さんやお母さんも、朝になってその話を聞くと、決して「寝ぼけてたんだな」「夢でも見たんでしょ?」などとは言わずに、「よかったなあ」「よかったね」と喜んで、泣き笑いの顔になって子どもたちの頭を撫でてくれるのだ。そんな家族の光景を思い浮かべるのがこいのぼりにとっても励みで、それがあるからこそ、次の年まで、真っ暗で湿っぽい押入や物置で過ごす長い日々にも耐えられる。
「でも、今年は、とにかく、希望ヶ丘の子どもたち全員だからな。町じゅうのこいのぼりを総動員しなくちゃ追いつかない」
 ツバメは、いまごろ希望ヶ丘の町を細かく回っているだろう。お屋敷の庭で泳ぐ大きなこいのぼりから、マンションやアパートのベランダに飾られた小さなこいのぼりまで、一匹ずつに校長先生のメッセージを伝える。
 今夜だぞ――。
 日付の変わる頃に、尾びれを思いきり振れば、こいのぼりを竿につなぎとめている紐が、するりとはずれる。
 こいのぼりは夜空を自由に泳げるようになる。
「みんな手伝ってくれるといいけどなあ」
 女子が心配そうに言う。
「だいじょうぶよ」
 保健室の先生が優しく言った。「わたしたちは、子どもの幸せのためにいるんだから」

(つづく)

つづき、ほかの短篇は、『かぞえきれない星の、その次の星』書籍でお楽しみください。

『かぞえきれない星の、その次の星』
重松 清

かぞえきれないものを、ときどき見たほうがいい。
ぼくたちは皆、また間違えてしまうかもしれないから――




【収録作品】
●「こいのぼりのナイショの仕事」
感染症がひろがり休校になってしまった春、子どもたちのためにこいのぼりが企んだのは……。

●「ともしび」
昔むかし、いくさに敗れた人たちを迎えた村は、今は「きみたち」――自分の居場所をなくした子どもたちを、迎える村になった。

●「天の川の両岸」
感染症流行で、大切な相手であればあるほど会えない日々。パパは毎日、画面越しの娘と会話する。

●「送り火のあとで」
亡くなった母を迎えるお盆、今年は新しい「ママ」がいる。ぼくと姉の揺らぐ気持ちは……。

●「コスモス」
ミックスルーツのリナはお母さんと二人暮らし。友達からは、「日本人っぽい」とも「日本人離れ」とも言われて――。

●「原っぱに汽車が停まる夜」
原っぱで遊ぶ、大勢の子どもたち。夜だけ現れるこの不思議な場所に来る子たちには、「影」がない。

●「かえる神社の年越し」
なかったことにしたいこの一年の切ない願いを託されて、神社の「かえる」たちは年を越す。

●「花一輪」
鬼退治のため村に逗留中の桃太郎の一行。なかなか動かない彼の狙いとは……。

●「ウメさんの初恋」
もう先が長くないというひいおばあちゃんのウメさん。彼女のおひなさまと戦争の話を聞いた私は……。

●「こいのぼりのサイショの仕事」
新しい春もウイルスは猛威をふるっている。おとなだけの「ナイショの仕事」ができない僕たちだって、できることをしたいんだ。

●「かぞえきれない星の、その次の星」
気がつくと、「ぼく」は夜の砂漠にいた。星空の下、出会った「おじさん」と話したのは……。物語と世界の真実を示す、最後の一篇。

雑誌「小説 野性時代」掲載作に書き下ろしを加えた、全11篇


詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000446/
amazonページはこちら



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